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二章第15話 『紫』の最終兵器




 ――それは『紫』色の(もや)だった。

 艶やかに、それでいて魔性を孕んだその光は少女の身体を通して、世界を彩っていく。


「お前も……『最終兵器(アルマフィネイル)』なのか……!?」


「ふふ、さあどうしたの? かかってこないのなら、この子、殺しちゃうわよ?」


 挑発的に、ヴィオレが子供の首を絞める力を強める。

 ヴィオレの目的が何なのかは分からない。

 加えて『最終兵器(アルマフィネイル)』なら、聞きたいことが沢山ある。

 だがしかし、彼女にはモノと対話する意思が無いようで。

 モノは思考を切り替え、子供を助けることを優先する。


「っ……! システム・アンロック――『無重力(グラビティゼロ)』!」


 ふわり、と浮くような感覚。

 モノの身体を押さえつけていた重力が弱まる。


「そぉおおいっ!」


 暗かった筈の空間は、見事にモノの『白』とヴィオレの『紫』で照らされ輝いていた。

 靄による光が揺れるその地面を、モノは足の裏で押す。

 すると、モノの軽くなった身体は、その僅かな力だけで、莫大な推進力を産み、弾丸となって駆け、

 

「……あら、危ないわ」


 ひらりと、ヴィオレがその常人では追いつけない速度の攻撃を躱す。

 

「躱された――!?」


「ふふ、貴女の『それ』、速すぎて見えないから勘だけれど。正解だったわ」


「くそ、けどこの子は貰うぞ!」


「あらあら?」


 突っ込んだモノと、半身で避けたヴィオレ。モノはすれ違い様に、ヴィオレが抱いていた女の子の服の端を掴み、思いっきり引っ張る。

 少々強引だが、手段は選んでいられない。

 そのモノの勢いに負け、ヴィオレの腕からすぽんと抜ける女の子。

 ヴィオレは、予想外だったのか少し驚いた表情を見せた。

 それからまんまとその手から人質(?)を奪われた彼女は、顎に手を当て、呟く。


「……出力は弱いけれど、無意識に使い方を理解してはいるみたいね? ただ……まだまだ足りないわね」


「お前、独り言多いな。私も結構多い方なんだけど、その私に言われるくらいだから相当な『レベル』だと思うぞ」


 ブツブツと下を向くヴィオレに、モノは敢えて軽口を叩く。が、依然としてヴィオレはそれを意に介さず――、


「システム・アンロック――『妖毒(ヴェノム)』」


 モノが『白』の能力を行使する時と、同じ文言。

 魔法の発動の時には、詠唱というのが必要になるのだが、それと似たような物だとモノは認識している。

 

 まあつまりは、これから『紫』の能力の一つが顕現する訳だ。

 モノは気を失っている女の子を巻き込むといけないと、部屋の壁にそっと凭れさせ、臨戦態勢を取る。

 モノの『白』も常識外の力だ。

 なら、ヴィオレの『紫』も何が起こっても不思議ではない。

 故に、集中。

 如何なる些細な変化も見逃してたまるものか。


「――――」


 モノが己の戦意を高めたのも、束の間、その変化は、彼女が差し出した、傘を持たない方の掌の上で起こった。


 そこに生成されるは、『紫』のブヨブヨとしたスライムのような何か。

 浮かび上がり、固体と液体の中間を行き来する形状は、最初は豆粒程度の大きさだったが、徐々に膨らみ、最終的には林檎と同じくらい位の大きさになっていた。


 蠢く不定形の『それ』が成長を止めると、ヴィオレはまた表情から張り付いた笑みの一切を消し――、


「……喰らえ」


「ッ!?」

 

 何処までも冷たく、ナイフの切っ先のように鋭い一言。

 併せて、掌の『それ』から放たれるのは、無数の『紫』の人の拳くらいの飛沫。

 不気味な物質は、水風船が弾けるように、蜘蛛の子が散るように、縦横無尽に勢いよく射出される。


「システム・アンロック――『拒絶(リジェクト)』!」

 

 その得体の知れない攻撃に、咄嗟の判断で声を張り上げるモノ。

 突き出した両手。そこから身体を包み込むように、半透明の障壁(バリア)を展開。飛沫を迎え撃つ。

 穢れを知らぬ、無垢な純白の壁。例え同じ『色』であっても汚すことは出来ない。

 文字通りありとあらゆる存在を拒絶する『白』に、モノは力を込める。


 そこに響いたのは、


 ――――ジュワ。


「じゅわ?」


 障壁で身を守っていたモノの鼓膜を、異様な音が刺激した。即座に、モノは障壁の飛沫のぶつかった部分を注視する。

 しかし、障壁には何の変化も無い。

 その音の発生源は、障壁ではなく、障壁を展開したモノの周囲――否、部屋全体の壁や床だった。

 モノは障壁を張ったまま、恐る恐る傍らの地面へと、視線を移し、


「な……!!」

 

 『紫』の能力の凄まじい威力に、目を見張った。


 ――溶けている。

 なんの材質かは分からないが、この施設の硬く冷たかった床と壁が、溶けている。

 『紫』――『妖毒(ヴェノム)』と言ったか。それが飛び散り、触れた場所の悉くが、ジュワジュワと音と煙を立てながら溶解していた。

 瞬く間に、平らだった地面が、ボコボコとした荒野のような歩きづらい地形へと変えられていく。

 泡を吐きながら、『妖毒』に喰われ、蝕まれた部屋。


 痛々しい景色。

 金属が悲鳴を上げる。


「――流石は全てを拒む壁。彩度が低いとはいえ簡単には抜けないわね」


「はあっ……! はあっ……!」


 全て撃ち切ったのか、一先ずは落ち着きを見せる『妖毒』。それから、ヴィオレはどこか嬉しそうに唇の端を少し上げた。

 第一波を防ぎきったモノは肩を上下に揺らしながら、自分の後ろの女の子へと一瞬だけ振り向き、その無事を確認する。

 前に立ったモノの障壁が、結果的に女の子へと当たっていたかもしれない『妖毒』を、遮断した感じだ。


「なんつう、やべえ力だよ……」


「私の『紫』は毒を産む。貴女の『白』の力とは勿論、全くの別物よ」


「毒……?」


「今のは、腐食性の猛毒。一粒でも当たったらその部分は跡形も残らないわ」


 毒、と聞いて蘇るのは、誕生日に殺された出来事。

 あの時の毒は、身体の機能を狂わせるような毒だったが、今回のは随分と違う。

 ずっとわかり易くて、ずっとおぞましい。

 手当り次第に、ある限りを融解する無慈悲な攻撃性。

 モノはヴィオレという存在への捉え方を改める。

 味方じゃないとかそういう次元じゃない、油断したら殺される。


「さあ、今度は狙い撃ちよ」


 ヴィオレの言葉従って、再び蠢き出す『妖毒』。

 モノもまた軽い身体で移動を開始し、右へ。

 

「当たってやんねえぞ……!」


 その進行方向へと、やってくるのは先の無作為な放出とは違う、一直線に連射された毒の飛沫。

 対するモノは、毒が身体に当たるよりも速く、地面を抉り、身を翻して逆方向へと飛び、回避。

 震え、刻む大気の音。


「次はそこね」


 ジグザグに稲妻の如く、左へ、右へ、左へ、右へ。

 その度に、モノの身体に命中しなかった『紫』の弾が、地と壁に、深く深く穴を空けていく。

 大きな反復横跳びをしながら、ジリジリと距離を詰めていくモノは遂に、ヴィオレの目の前へと飛び出し、


「そおいっ!」


 空中で身を右へと回転させながら、容赦なくヴィオレの横顔へと踵を薙ぎ払う。

 だが、モノの攻撃をヴィオレは素早く仰け反って、免れる。

 モノの常軌を逸した速度に、ヴィオレの驚異的な反射速度。


「捕まえたわ」


「んな……!」


 それからモノは空を切った右足の首の部分に何やら、がしっと掴まれた感覚を抱く。


「吹き飛びなさいな」


「うがぁっ……!」


 次にモノの身体を襲うのは、内蔵が持ち上がるような遠心力と共に勢いよく吹き飛ぶ衝撃。

 ハンマー投げの如く、部屋の扉の方へと投げ飛ばされ、視界がぐるりと回り、その直後、扉をぶち破り、通路へ投げ出されたモノは鈍い痛みに呻き声をあげる。


「ぐ……ぁ……」


 転がった先には、赤黒い血の水溜まり。

 誰の物か分からないその血の中で、モノは真っ赤に濡れる。

 そこに近づいてくる足音と、声。


「目覚めたばかりでしょうし、こんな程度ね。私は貴女には、頑張って欲しいのよ」


「何、を言って……?」


「いい? もう一つだけヒントをあげるわ」


 這いつくばるモノを見下ろした『紫』の少女。

 その少女は、徐に通路の壁を三回、別々の位置で殴りつけた。

 細い腕からは考えられないほどの威力で、壁がひび割れ、盛大な破壊音と共に通路が揺れる。

 そして――――、


「…………!!」


 ひび割れた壁から、少しだけ漏れでるのは透明な液体。ちょろちょろと力弱く流れ、段々とモノの低い視線の目の前に、やってくるそれは、


 ――――薄らと色が付いていた。

 三回殴った全ての箇所から、一つ一つ違う色の液体が漏れ出ている。いずれも薄い色だ。

 

「これがなんだって言うんだ……?」


「まだ分からない? よく見なさい」


「……? ……っ!!」 


 言われるがままに、その液体を見つめるモノ。

 見つめて、その表情を驚愕へと変える。モノのその表情の変化に、ヴィオレは淡々とした声調で、


「気づいたようね」


 ――そんな筈が無い。

 だって、モノはこの施設は自分には関係ないからと、知らない場所だから、とそう言い聞かせて、精神を保ってきた。

 でも、これはダメだ。

 気づいてはダメだ。

 崩れる、全部崩れてしまう、逃げるようにそっぽを向いた心が壊れてしまう。


「――――『湯気』」


 だが、認知は止められない、止まってくれない。

 見た事のある色の液体だ。半透明の緑や黄、白く濁った熱湯。

 記憶が繋がる。知りたくなかった。

 知ってしまったら、モノは向き合わなければいけなくなるから。

 でも、もう遅い。理解してしまった。


「『温泉』ッ……!?」


 それは、『アゼルダ』の街で入った温泉のそれと酷似していた。

 蘇るのは、ナナリンとの会話。


『―― ここがナナリンのお気に入り、『アゼルダ温泉』です!!』


『なんでこんな街の中に、温泉が湧いてるんだ? 周りに山とか別に無いよな?』


『きゃはっ★ ほんとにモノたんってば田舎っ子だよね〜っ、これは遠くの山から、なんか特別な魔法で、なんか温度とか質を保ったまま……』



『――()()()()()()()、なんか引っ張ってきてるんだよ!』


 ゾワリと全身が粟立つ。

 まさか――、


「ここは『アゼルダ』なのか……!? 『アゼルダ』の街の何処かの地下……!?」


 衝撃の事実に息を詰まらせた、その瞬間。

 モノが()()()()()()()が、あの恐怖を連れてやってくる。


「貴女、まだ心が弱いのね。無意識に気づかないフリをしていたでしょう? 見えないフリ、聞こえないフリをしていたでしょう?」


「やめろ……」


「脆い心が、勝手に思い込んで、私には関係ないと、自己防衛をしていたのでしょう?」


「やめろお!」


「でも聞きなさい、見なさい。これがここの現実よ」


「やめてくれぇッ!!」


 聞こえてくるのは、否、聞こえていた筈だったのは、鼓膜を劈く悲鳴、怒号、助けを求める声。

 見えてくるのは、否、見えていた筈だったのは、血溜まりに転がる死体の数々。


 これが、何の血か? 分かっていたはずだ本当は。

 けど、一回目の『突発的テレポーテーション』の時、逃げ込んだ先のあの『扉』を閉めた時。

 叫喚を聞き、転がる死体を見て、同時に心が認識を『シャットアウト』した。

 モノの壊れやすい心が、壊れないように、違う、あの時にもう壊れたのだろう。

 本当は聞こえている悲鳴が聞こえなくなったと自分に嘘をついて、本当は見えている屍をそもそもそんなものは無かったと自分に嘘をついて。


 あれ程までに五月蝿かった絶叫が、扉一つで聞こえなくなるわけ無いじゃないか。

 あれ程までに血が溜まっていて、その死体が無いわけ無いじゃないか。


 ()()()()()()()()()()()()()()()声が、死体が、世界が、ヴィオレによって、突きつけられる。

 そしてそれらは、一気にモノの感覚に流れ込み、


「嫌だぁ! 嫌だァァァ!!」「痛い……痛いよ……!」「助けてくれ、助けてくれぇ!!」「ぐぎぎぎぎがぁあああああああああ!!」「死にたくないよぉ……」「身体が言うことを効かないんだ!」「イヤアアァァァッ!!」「う、ちゆわ、みみ、みみみみみみみみみみみみ」「うわぁああああああ!!」



 一回目の時から、絶えることなく響き続ける呪いの声。


「ふふ、文字通りここは地獄。でも、分かったでしょう、貴女にとっても無関係じゃない。もうすぐこの街は酷い有様になるわ」


 足場が悪いなんて言って避けていた、死体の数々。

 

「貴女は特別なの。こんなことで立ち止まって貰っても困るのよ、だからこれが私からの精一杯の『エール』」


 無関係じゃなかった。

 知らない場所なんかじゃなかった。

 だとしたらモノは――、


「精々、気張りなさい。貴女が街の皆を、世界を、救うのよ」


 ――放っておけない。

 放っておけなくなる。折角、自分とは関係ない出来事だからと、楽な方へと逃げたのに。

 こんな、手の届く距離の出来事だと知ってしまったら、逃げられなくなってしまうじゃないか。


 別の世界だとすら思っていた。

 モノにとって何の影響もない、何処か遠く知らない世界での光景だと。

 しかし違った。ならば、


「全ての『色』を繋ぐのは貴女なの。だから、強くなりなさい、諦めなければ道は開けるわ」


 このまま逃げるだけでいいのだろうか。


「俺がやらないといけないのか……?」


「そうよ。このままでは犠牲は増えるばかり、貴女が止めるの。私はこれ以上干渉できないから」


「……?」


 やはり、ヴィオレの言っていることはあまり理解できない。

 が、モノはゆっくりと立ち上がる。

 全然覚悟とか、そういうのは無い。

 けど、ここでずっと逃げているのも少し違う気がして。

 それだけだ。

 救ってやるとか、助けてやるとか、そういう気概も無い。ただ、ちょっとだけ、遅すぎる正義感が湧いただけ。


 ――そして、その遅すぎる正義感を嘲笑いながらやってくるのは、あの感覚だ。

 世界が離れていくあの感覚。


「……これはヒントじゃなくて、忠告よ。貴女はまだ弱い。おそらく、一人じゃ太刀打ちできない。だから、それを痛みとして刻んでおくわ」


 予兆を感じとったモノの身体に、ヴィオレは何やら近づいて耳打ちする。

 直後、右腕に、焼けるような沸騰するような痛みが生じる。


「うがああぁっ!?」


 右腕を見やると、そこには『紫』のブヨブヨとしたものがまとわりついていた。

 『妖毒(ヴェノム)』だ。

 

「やはり溶けない、丈夫ね。……じゃあ、頑張って。成長を楽しみにしておくわ」

 

 その言葉を最後に、全てが消え去る。

 悲鳴も、血溜まりも、()()()()()()()()()()()()()『紫()』の()()も、遠ざかって。

 抗いたいのに、モノは現象に鋭い痛みのせいで、藻掻く事すら許されない。



 ――四度目の『突発的テレポーテーション』。

 世界はモノに試練を与えた。



※※※※※※※※



 戻ってきた人々の活気で満ちた喧騒。

 戻ってきたあの街並み。明るい、太陽の光。


 モノはジクジクと赤く傷んだ右腕を掴み、


「――――最悪だ」

 

 悪意あるテレポーテーションのタイミングと、脳裏に焼き付いた地獄のような光景と、逃げていた自分の愚かさに。

 今度は、確かな実感を持って、そう呟いたのだった。




 皆さんお分かりかと思いますが、モノちゃんは自分の手の届く範囲では悪事を許さず、届かない範囲では自分には関係ないというスタンスです。

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