表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/104

二章第12話 白、穿つ




「あなたたち如きが私を? ……ふふ。――つけあがるなよ人間。お前達みたいな劣等種が、この血の怪物に勝てるとでも?」


 楽しい茶会を邪魔されたからか、込み上げる怒りを抑えきれず、ピリピリと肌を刺すような殺気を爆発させるエリュテイア。

 そんな彼女の態度も意に介さない様子の、『アゼルダ騎士団』と名乗り憎たらしい笑みを浮かべる無精髭の生えた代表格の男。


「もうすぐ執り行われる儀式のためだ」


「……儀式? 何を言っているのかは分からないけれど、私はお前達人間に、関わるつもりは毛頭ないわよ」


「いいや、お前が敵か味方かは重要じゃない。重要なのは、お前が『吸血鬼』という化け物だという事実だ」


「話の分からない奴らね」


 胸が苦しくなるような一触即発の緊張感。

 男は言葉を続ける。


「それに、お前を殺せば、我々の名声は上がるだろう?」


「……それが本音でしょうに。結局は私欲ってことね」


「何とでも言え、お前が何を言ったところで我々が手に入れる『吸血鬼』狩りの功績の素晴らしさは変わらん」


 男が剣を振りかぶる。鋭い切っ先が、朝の眩い光を反射し、煌めく。

 次の瞬間に、騎士団の男は雄叫びをあげ――、


「うおおおおっ! 覚悟しろ『吸血――――」


「……おいおい、ちょっと待て、ちょっと待て!」


「誰だ!?」


 エリュテイアに斬りかかろうと、足を踏み込んだ時だった。それまで黙って、家の中から一連の様子を覗いていたモノが飛び出し、待ったをかける。

 エリュテイアには大人しくしていろと言われたが、こんなものを見せられて、じっとしていられる訳がない。


「モノ!? 中で大人しくしておいてって言った筈よ!?」


「ああ、言われたな。けど、流石にこれは見逃せねえだろ。だって友達が斬られそうになってるんだぞ? 黙ってみてられっかよ」


 思いがけないモノの登場に、激しく狼狽えた模様のエリュテイア。そんな彼女に頷いたモノは、エリュテイアを家ごと包囲した男達に向き直り、煽るように笑ってみせる。


「……で、お前らはいたいけな少女一人を囲んで、寄って集って何をするつもりだ? 『騎士団』ってのは変態の集まりか何かなのか?」


「なんだ貴様は。『吸血鬼』の家から出てきたように見えたが……さては『吸血鬼』の仲間か」


「質問の答えになってねえし、まあ、仲間っつうか、友人だな」


「……!」


 吸血鬼の仲間かと言われると、吸血鬼でもないし出会ったのも今日なので違う気がする。なので、友人と訂正しておく。

 そのモノの『友人』という言葉に反応して、視界の淵でエリュテイアの身体がピクっと跳ねるが、気にしないフリをして、騎士団の男にもう一度問う。


「……『吸血鬼』討伐って言ってたか? 聞くけど、なんかエリュテイアが悪いことしたのかよ」


 その答えをもうモノは確信しているのだが、一応。


「悪いこと? ああしてるとも、存在してるだけで街の人間を怖がらせてるなぁ?」


 いやらしく舌舐めずりをしながら答える男に、周りの騎士達が「くっくっくっ」と笑いを漏らす。

 予想通り、見下げたゲス野郎どもだ。間違いない、エリュテイアは何もしていない。


「憎むんなら、この街の言い伝えを憎むんだな。街の人間はその言い伝えを信じているし、信じているからこそ『吸血鬼』を殺せば、我々の名は上がる」


「……っ! モノ、聞かないで、お願いだから下がっていて」


 男の発言に顔を顰めるのはエリュテイアだ。

 巫山戯た言い分に、モノの心には、ふつふつと怒りの感情が込み上げてくる。

 エリュテイアがモノに再度、身を引くように願うが、そんなのは願い下げだ。

 このままだと、モノの中のドロドロとした何かが消えてくれない。

 それに――、


「――くっだらねえな」


「…………え」


 漏れた呟きに、エリュテイアの目が点になる。

 モノは赴くままに、激情を言葉に乗せていく。


「そんな言い伝え、くだらねえ」


「――――」


「実体のない物ばかりを信じて、周りと一つだけ違うからって、それだけで決めつけて、勝手に嫌って」


「――――」


「目の前の少女を見てみろよ。こんな可愛いやつが、そんな恐ろしい奴に見えるか? 挙句の果てには、殺して名誉だと? 笑わせるな」


 エリュテイアの境遇が、『誰か』の過去と重なる。

 一体『吸血鬼』がなんだって言うんだ。

 こいつらは何も知らない。いや、モノだってまだ何も知らない。でも、それでも。

 何か一つ自分と違うところを知って、それだけでその人間性を決めつけて、罵声を暴力を浴びせる。

 そんなやり方をモノは許さない。

 

 力が湧く。

 感情と世界が見えない管で繋がる。

 対応する色素を汲み上げ、モノの身体を『フィルター』に空間へと、溢れ、具現化する。


「ハァ? 笑わせるなはこっちのセリフだ。お前みたいなガキがどれだけ吠えたところで、状況は何も変わらん!」


 一度は使えなかった力。

 今度は大丈夫。モノの意思の通りに動いてくれる。

 その証拠に、男の笑い声に混じって、あの感情の無い声が――、


『特定感情の増幅に伴う、色彩係数の上昇を確認。コード:ffffff、【最終兵器(アルマフィネイル)】――起動』


  脳裏に響くと同時に、『純白』に光るインキが靄となって周囲に漂い始める。


「こいつが『吸血鬼』で、血を吸う化け物である以上、街の人に恐れられる以上! 我々騎士団の討伐対象であることは変わりはしない。……さあ、大人しく、みっともなくのたうち回って死んで、我々の糧にな――」


「システム・アンロック――『無重力(グラビティ・ゼロ)』!」


 男が言い切る――その前に、モノの身体が白の閃光となって爆ぜた。


 蹴った地面が捲れ返る。

 震える大気、弾けた激しい爆音。目標(ターゲット)へと向かって一直線にモノは駆ける。

 目にも止まらぬ速さ。勢いのまま、男の胴体へと怒りの拳を突き出し――、


「――そおいっ!!」


「なごはぁっ!!!」


 一瞬のうちに吹き飛んだ騎士団の代表格の男。

 その飛距離は凄まじく、吹き飛んだ方向の木々を派手に薙ぎ倒し、写る視界で点となる。

 常識外の力。その場の全員が目を盛大に見開き、驚愕する。


「隊長!?」「一体何が起きたんだ!?」


 それから、慌てふためく騎士達。それに、モノは小気味いい物を感じながら、手をパンパンと払う。


「モノ……あなたは――」


「さて、どうした? かかってこいよ、お前らの相手はこの俺だ」


「お、俺……?」


 たじろいだ騎士達に、手をクイっと上げて挑発するモノ。

 そんなモノに、飛びかかってくるのは、その中の二人。


「くそ、何をしたか知らんが、隊長の仇だ」


 一人の騎士によって真上から振り下ろされる剣。

 弧を描く鋭い軌道。モノは素早く最低限の動作で左に避ける。それから、その刀身を右手で撃ち落とす。

 ――友人を馬鹿にされた腹いせだ。

 がら空きになった騎士の胴体に、打ち込む拳。

 視界が、世界が遅い。まるで『スローモーション』になったかの如く。


「ぐっ!」


「隙ありだ、斬る!」


「モノ、伏せなさい!」


 そこに、間髪入れず後方からやってくるモノの首を狙った斬撃。

 モノが気付かないその攻撃。

 しかし、そこに突如、甲高い音を鳴らしながら何やら赤い突起物がぶつかる。

 予想だにしなかった衝突。弾かれた剣は間一髪の所でモノの頭の上辺りを掠めていく。

 頭上で鳴った音に、反射的に振り返ったモノ。

 その半回転の遠心力をモノは利用。

 刹那の隙を見逃さない。後方に立った騎士に回し蹴りを食らわせ、これまた森の奥深くへと、溜まりに溜まったフラストレーションと共に吹き飛ばした。


「がぁっ!」


 吹き飛ばして、それから奥の赤い屋根の家の玄関の前へと視線を移すと――。

 そこには赤い槍のような物を宙に浮かばせたエリュテイアの姿。

 その右手からは血が流れていて、


「エリュテイア、ナイス! だけど、その怪我は!?」


「大丈夫、これは自分で切ったのよ。吸血鬼は自分の血を使って戦うから」


「なるほど!」

 

 短いやり取り、素早い情報伝達の後、モノは残りの騎士達を鋭く睨みつける。

 すると、その騎士達の顔はとても青褪めていて、


「隊長と……この隊の精鋭の二人が、こんな簡単に……!?」


「うーん、丁寧な心境説明ありがとう。そこで提案なんだけど、もうくたばってるそいつら連れて帰ってくんねえ?」


「く、くそっ、撤退、撤退だ!! この化け物どもめ……覚えてろよ!」


 何とも小物感溢れる捨て台詞を吐いて、やられた仲間を背負いながら、恐怖に急き立てられるように、逃げ去っていく『アゼルダ騎士団』。

 好き勝手に叫んだ言葉を聞き流しながら、森は静寂を取り戻していくのだった。



※※※※※※※※※※



 慌てふためいた背中を見送り、森から完全に人の気配が消えた後、モノが真上に登った太陽の光を浴びながら、達成感に伸びをすると、そこにエリュテイアが声をかけてくる。


「あなた、その力は……ううん、今はそうじゃないわね」


「うん?」


「……ありがとう、私、あなたが怒ってくれたの、嬉しかったわ。急に割り込んだ時はどうなるか気が気でなかったけれど」


「うっ、ごめん。でも、友達があんな扱い受けて、怒らない方が無理だと思う」


 目の前で、化け物と罵られ、実害も無いのに『吸血鬼』であるということだけで、殺されそうになっている友人を、放っておけるほどモノの心は広くない。

 いや、違うな、むしろそれで放っておけるのは、狂人の類か。


「なあ、今みたいなのって、今までにもあったのか?」


「いいえ、そもそも森に近づこうともしないわね。あなたみたいに食材を採りに来るとかじゃなければ」


「そうか……」


 何故、今になって急にあいつら騎士団はやってきたのか。

 様々な疑問点は残るが、まあ恐らく答えの出ない類の問いである為、その思考は諦める。

 しかしまあ、


「まあでも、こりゃ茶会の続きをする『メンタル』でもねえな」


「そうね、水を差されてしまったし。今日のところはお開きにして、また日を改めましょうか」


「おう、じゃあ私は依頼の報告にでも行くかな」


 そう言ってモノは、玄関の前に置いていた食材の入った籠を持ち上げ、エリュテイアに一旦の別れの挨拶をする。


「んじゃ、またな」


「ええ、気をつけて……ま、また来なさい」


 人との付き合いに慣れていないエリュテイアが、照れ臭そうに「また」と手を振る。

 そんな新たに出来た可愛らしい友人の姿に、こちらも手を振り、モノはその場を離れていくのだった。



 どう考えても小者です、本当にありがとうございました。

 次回からどんどんと二章進んでいきます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ