二章第12話 白、穿つ
「あなたたち如きが私を? ……ふふ。――つけあがるなよ人間。お前達みたいな劣等種が、この血の怪物に勝てるとでも?」
楽しい茶会を邪魔されたからか、込み上げる怒りを抑えきれず、ピリピリと肌を刺すような殺気を爆発させるエリュテイア。
そんな彼女の態度も意に介さない様子の、『アゼルダ騎士団』と名乗り憎たらしい笑みを浮かべる無精髭の生えた代表格の男。
「もうすぐ執り行われる儀式のためだ」
「……儀式? 何を言っているのかは分からないけれど、私はお前達人間に、関わるつもりは毛頭ないわよ」
「いいや、お前が敵か味方かは重要じゃない。重要なのは、お前が『吸血鬼』という化け物だという事実だ」
「話の分からない奴らね」
胸が苦しくなるような一触即発の緊張感。
男は言葉を続ける。
「それに、お前を殺せば、我々の名声は上がるだろう?」
「……それが本音でしょうに。結局は私欲ってことね」
「何とでも言え、お前が何を言ったところで我々が手に入れる『吸血鬼』狩りの功績の素晴らしさは変わらん」
男が剣を振りかぶる。鋭い切っ先が、朝の眩い光を反射し、煌めく。
次の瞬間に、騎士団の男は雄叫びをあげ――、
「うおおおおっ! 覚悟しろ『吸血――――」
「……おいおい、ちょっと待て、ちょっと待て!」
「誰だ!?」
エリュテイアに斬りかかろうと、足を踏み込んだ時だった。それまで黙って、家の中から一連の様子を覗いていたモノが飛び出し、待ったをかける。
エリュテイアには大人しくしていろと言われたが、こんなものを見せられて、じっとしていられる訳がない。
「モノ!? 中で大人しくしておいてって言った筈よ!?」
「ああ、言われたな。けど、流石にこれは見逃せねえだろ。だって友達が斬られそうになってるんだぞ? 黙ってみてられっかよ」
思いがけないモノの登場に、激しく狼狽えた模様のエリュテイア。そんな彼女に頷いたモノは、エリュテイアを家ごと包囲した男達に向き直り、煽るように笑ってみせる。
「……で、お前らはいたいけな少女一人を囲んで、寄って集って何をするつもりだ? 『騎士団』ってのは変態の集まりか何かなのか?」
「なんだ貴様は。『吸血鬼』の家から出てきたように見えたが……さては『吸血鬼』の仲間か」
「質問の答えになってねえし、まあ、仲間っつうか、友人だな」
「……!」
吸血鬼の仲間かと言われると、吸血鬼でもないし出会ったのも今日なので違う気がする。なので、友人と訂正しておく。
そのモノの『友人』という言葉に反応して、視界の淵でエリュテイアの身体がピクっと跳ねるが、気にしないフリをして、騎士団の男にもう一度問う。
「……『吸血鬼』討伐って言ってたか? 聞くけど、なんかエリュテイアが悪いことしたのかよ」
その答えをもうモノは確信しているのだが、一応。
「悪いこと? ああしてるとも、存在してるだけで街の人間を怖がらせてるなぁ?」
いやらしく舌舐めずりをしながら答える男に、周りの騎士達が「くっくっくっ」と笑いを漏らす。
予想通り、見下げたゲス野郎どもだ。間違いない、エリュテイアは何もしていない。
「憎むんなら、この街の言い伝えを憎むんだな。街の人間はその言い伝えを信じているし、信じているからこそ『吸血鬼』を殺せば、我々の名は上がる」
「……っ! モノ、聞かないで、お願いだから下がっていて」
男の発言に顔を顰めるのはエリュテイアだ。
巫山戯た言い分に、モノの心には、ふつふつと怒りの感情が込み上げてくる。
エリュテイアがモノに再度、身を引くように願うが、そんなのは願い下げだ。
このままだと、モノの中のドロドロとした何かが消えてくれない。
それに――、
「――くっだらねえな」
「…………え」
漏れた呟きに、エリュテイアの目が点になる。
モノは赴くままに、激情を言葉に乗せていく。
「そんな言い伝え、くだらねえ」
「――――」
「実体のない物ばかりを信じて、周りと一つだけ違うからって、それだけで決めつけて、勝手に嫌って」
「――――」
「目の前の少女を見てみろよ。こんな可愛いやつが、そんな恐ろしい奴に見えるか? 挙句の果てには、殺して名誉だと? 笑わせるな」
エリュテイアの境遇が、『誰か』の過去と重なる。
一体『吸血鬼』がなんだって言うんだ。
こいつらは何も知らない。いや、モノだってまだ何も知らない。でも、それでも。
何か一つ自分と違うところを知って、それだけでその人間性を決めつけて、罵声を暴力を浴びせる。
そんなやり方をモノは許さない。
力が湧く。
感情と世界が見えない管で繋がる。
対応する色素を汲み上げ、モノの身体を『フィルター』に空間へと、溢れ、具現化する。
「ハァ? 笑わせるなはこっちのセリフだ。お前みたいなガキがどれだけ吠えたところで、状況は何も変わらん!」
一度は使えなかった力。
今度は大丈夫。モノの意思の通りに動いてくれる。
その証拠に、男の笑い声に混じって、あの感情の無い声が――、
『特定感情の増幅に伴う、色彩係数の上昇を確認。コード:ffffff、【最終兵器】――起動』
脳裏に響くと同時に、『純白』に光るインキが靄となって周囲に漂い始める。
「こいつが『吸血鬼』で、血を吸う化け物である以上、街の人に恐れられる以上! 我々騎士団の討伐対象であることは変わりはしない。……さあ、大人しく、みっともなくのたうち回って死んで、我々の糧にな――」
「システム・アンロック――『無重力』!」
男が言い切る――その前に、モノの身体が白の閃光となって爆ぜた。
蹴った地面が捲れ返る。
震える大気、弾けた激しい爆音。目標へと向かって一直線にモノは駆ける。
目にも止まらぬ速さ。勢いのまま、男の胴体へと怒りの拳を突き出し――、
「――そおいっ!!」
「なごはぁっ!!!」
一瞬のうちに吹き飛んだ騎士団の代表格の男。
その飛距離は凄まじく、吹き飛んだ方向の木々を派手に薙ぎ倒し、写る視界で点となる。
常識外の力。その場の全員が目を盛大に見開き、驚愕する。
「隊長!?」「一体何が起きたんだ!?」
それから、慌てふためく騎士達。それに、モノは小気味いい物を感じながら、手をパンパンと払う。
「モノ……あなたは――」
「さて、どうした? かかってこいよ、お前らの相手はこの俺だ」
「お、俺……?」
たじろいだ騎士達に、手をクイっと上げて挑発するモノ。
そんなモノに、飛びかかってくるのは、その中の二人。
「くそ、何をしたか知らんが、隊長の仇だ」
一人の騎士によって真上から振り下ろされる剣。
弧を描く鋭い軌道。モノは素早く最低限の動作で左に避ける。それから、その刀身を右手で撃ち落とす。
――友人を馬鹿にされた腹いせだ。
がら空きになった騎士の胴体に、打ち込む拳。
視界が、世界が遅い。まるで『スローモーション』になったかの如く。
「ぐっ!」
「隙ありだ、斬る!」
「モノ、伏せなさい!」
そこに、間髪入れず後方からやってくるモノの首を狙った斬撃。
モノが気付かないその攻撃。
しかし、そこに突如、甲高い音を鳴らしながら何やら赤い突起物がぶつかる。
予想だにしなかった衝突。弾かれた剣は間一髪の所でモノの頭の上辺りを掠めていく。
頭上で鳴った音に、反射的に振り返ったモノ。
その半回転の遠心力をモノは利用。
刹那の隙を見逃さない。後方に立った騎士に回し蹴りを食らわせ、これまた森の奥深くへと、溜まりに溜まったフラストレーションと共に吹き飛ばした。
「がぁっ!」
吹き飛ばして、それから奥の赤い屋根の家の玄関の前へと視線を移すと――。
そこには赤い槍のような物を宙に浮かばせたエリュテイアの姿。
その右手からは血が流れていて、
「エリュテイア、ナイス! だけど、その怪我は!?」
「大丈夫、これは自分で切ったのよ。吸血鬼は自分の血を使って戦うから」
「なるほど!」
短いやり取り、素早い情報伝達の後、モノは残りの騎士達を鋭く睨みつける。
すると、その騎士達の顔はとても青褪めていて、
「隊長と……この隊の精鋭の二人が、こんな簡単に……!?」
「うーん、丁寧な心境説明ありがとう。そこで提案なんだけど、もうくたばってるそいつら連れて帰ってくんねえ?」
「く、くそっ、撤退、撤退だ!! この化け物どもめ……覚えてろよ!」
何とも小物感溢れる捨て台詞を吐いて、やられた仲間を背負いながら、恐怖に急き立てられるように、逃げ去っていく『アゼルダ騎士団』。
好き勝手に叫んだ言葉を聞き流しながら、森は静寂を取り戻していくのだった。
※※※※※※※※※※
慌てふためいた背中を見送り、森から完全に人の気配が消えた後、モノが真上に登った太陽の光を浴びながら、達成感に伸びをすると、そこにエリュテイアが声をかけてくる。
「あなた、その力は……ううん、今はそうじゃないわね」
「うん?」
「……ありがとう、私、あなたが怒ってくれたの、嬉しかったわ。急に割り込んだ時はどうなるか気が気でなかったけれど」
「うっ、ごめん。でも、友達があんな扱い受けて、怒らない方が無理だと思う」
目の前で、化け物と罵られ、実害も無いのに『吸血鬼』であるということだけで、殺されそうになっている友人を、放っておけるほどモノの心は広くない。
いや、違うな、むしろそれで放っておけるのは、狂人の類か。
「なあ、今みたいなのって、今までにもあったのか?」
「いいえ、そもそも森に近づこうともしないわね。あなたみたいに食材を採りに来るとかじゃなければ」
「そうか……」
何故、今になって急にあいつら騎士団はやってきたのか。
様々な疑問点は残るが、まあ恐らく答えの出ない類の問いである為、その思考は諦める。
しかしまあ、
「まあでも、こりゃ茶会の続きをする『メンタル』でもねえな」
「そうね、水を差されてしまったし。今日のところはお開きにして、また日を改めましょうか」
「おう、じゃあ私は依頼の報告にでも行くかな」
そう言ってモノは、玄関の前に置いていた食材の入った籠を持ち上げ、エリュテイアに一旦の別れの挨拶をする。
「んじゃ、またな」
「ええ、気をつけて……ま、また来なさい」
人との付き合いに慣れていないエリュテイアが、照れ臭そうに「また」と手を振る。
そんな新たに出来た可愛らしい友人の姿に、こちらも手を振り、モノはその場を離れていくのだった。
どう考えても小者です、本当にありがとうございました。
次回からどんどんと二章進んでいきます!