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二章第11話 人間嫌い




「……何も無いけれど、座って」


「いや、こんだけのお菓子用意して、何も無いはないだろ」


 森の奥深く、こじんまりとした赤い屋根の家。

 依頼の期限も明日までなので、エリュテイアの誘いに乗り、モノはその家に上がった。

 そして、言われるがままに、丸いテーブルを囲んだ木製の椅子の一つに座る。

 やがて、そのテーブルの上には紅茶と沢山の小洒落た焼き菓子が盛られていって、


「こ、これはその……普段からお菓子作りが趣味なのよ。だから余り物よ」


「それにしてはこのクッキー温かいけどな。エリス、お前実はうっきうきだろ。準備してる時鼻歌までしてたし」


「うそ、聞こえてたの……!? こ、こほん。なんの事かしら、さっぱりだわ」


「全く誤魔化せてない件」


 エリュテイアがシラを切ろうと顔を背けるが、その直前のリアクションのせいで全くの無駄である。

 モノが苦笑しながらそれを指摘すると、対するエリュテイアは、目を吊り上げて、


「うっ……しょうがないじゃない、人間を家に招くなんて初めてなんだから……なんか文句あるかしら!?」


「ん、全然? 文句どころか、初の客人になれたみたいで嬉しい」


「え、あ、そう? 逆にここまで警戒心が無いと調子狂うわね……」


 顔を赤くして人差し指で頬をかいて、もじもじと照れ臭そうにするエリュテイア。

 この少女、仏頂面がデフォルト気味ではあるが、意外と色んな表情を見せてくれる。

 『吸血鬼』という、人の血を喰らう化け物だと、恐れられる存在だと自分を評していたが、こう接していると、モノには年頃の人間の少女とまるで変わらないように思える。


「んじゃま早速、いただきます」


 モノは、ヒョイっと皿の上に盛られた、一口サイズのクッキーの一つを口に運ぶ。

 そんなモノを見て、あからさまに不安そうな表情を浮かべるエリュテイア。

 恐らく、自分の焼いたクッキーが他人の舌に合うかを、心配しているのだろうが、その点は大丈夫。


「おお、美味しい。さすが、お菓子作りが趣味なだけあるな」


「そう!? よかった……じゃなくて、当たり前じゃない。この私を誰だと思っているのかしら」


「…………お前、可愛いな」


「かわっ!? な、ななな、何を急に!?」


 そうやって明らかに照れる所とかがそうなのだが、本人は気づいていない様子だ。あとは、他人と話すことに慣れていない感じとか。

 まあ他人と話すことに慣れていないといったら、生前引きこもっていたモノもそうなのだが。

 モノの場合美少女として生まれ変わってからは、結構、人と話しているのでその分の経験値の差があるのだろう。


 でもってこの少女、話せば話すほど、やはり、全く恐れるような要素が見当たらない。

 ちょっと素直になれない、可愛らしい子である。


「そ、そんなことより! ……こういう時ってどんな話をすればいいのかしら?」


「え……」


「どうしたの……? もしかして、やっぱり口に合わなかったのかしら……」


「ああいや、別にそういう事じゃない! けど、そうだな、こういう時ってどんな話すれば良いんだろうな……」


 エリュテイアの疑問にポカンとして硬直したモノ。

 それを見て、また不安になるエリュテイアに、モノはすぐ様首を横に振る。

 クッキーが不味かったとかそういうことでは無いのだが。

 残念ながら、こういう、他人の家に上がり込んでお茶をする時の、話題のレパートリーをモノは持ち合わせていない。

 当たり前だ、引きこもり万歳だった生前にそんな経験は無い。

 美少女として目覚めてからも、大体話題は他人任せでやって来ている。

 なので、そう聞かれても上手く答えることが出来るわけがない。


「これもしかして、茶会経験値底辺の二人で茶会開くとかいう末期みたいなことしてるんじゃ……」

 

 聞こえないように呟いてから、エリュテイアを見やる。するとそこには、わくわくと肩を揺らしながら目を光らす少女の姿。

 思いっきり期待されている。

 期待されているところ申し訳ないが、その期待は的外れだ。


「えっと……期待されてるところ申し訳ないんだけど、私もこういうの初めてだから、正直どうしたらいいか……」


 手をプラプラと振って、手詰まりだという意思をジェスチャーするモノ。

 非常に言いづらそうにしたそんなモノに、何故か、エリュテイアはぱあっと明るい顔をして、


「あなたもそうなのね……! 私だけじゃないなら、気が楽だわ!」


「あ、確かにそれはそうかも」


 エリュテイアの言葉に、それもそうかと納得する。

 確かに、二人で茶会して、一人が経験豊富でもう一人が未経験よりは、どっちとも未経験の方が断然気が楽である。

 片方が変な話題を振ったとしても、もう片方も経験値が低いためそれに気づかない。

 その点では、無理に気を遣わなくて済む。


「というか、茶会がどうとかって話に限らず、そもそも人と話すことって割とレベル高くね?」


「それすっごく分かるわ。別に話したくないわけではない無いのだけれど、いざ話しかけるとなると、最初どういう感じでいけばいいのか分からないのよね」


「そうそう、それなんだよ! 仲良くしたいんだけど、周りが全部敵に見えてくるのな」

 

「そうなのよ。人間達も、私を恐れて近づいてこないし……少しくらい、話を聞いてくれたっていいのに」


 二人ともコミュ障という低レベルな話題から、弾み始める話題。しかし、その途中で寂しそうに目を伏せるエリュテイア。

 その悲哀に満ちた表情を見ていられなくなったモノは、軽口で応じて、


「はは、私みたいにか?」


「あなたは逆に怖がらなさ過ぎよ……でも、そうね、人間も全員があなたみたいだったら、私にも、友と呼べる存在が出来たのかもしれないわね……」


 そう言ってエリュテイアは、どこか諦めたかのように遠い目をする。

 だが、それは違う。どうして、そんな叶わない夢の様に語るのか。

 だって、


「……? 私たちもう友達だろ?」


「――――!」


「家に招かれて、菓子食べながら、だべって……うん、もうそれ友達じゃん?」


 出会って間も無いかもしれない。

 会話だって、少し弾んだだけかもしれない。

 お互いの事もまだ全然知らないかもしれない。

 けど、モノの中ではもうエリュテイアは友人の一人だった。


「引きこもりで、碌に人と関わらなかった私の求める友人のハードルの低さ舐めんな。もうお前は、立派な友達だぜ。なんなら、私との共通点の多さで言ったら多分お前トップだし」


 モノは『魔力無し』として、蔑まれ、暴力を振るわれ、周りに嫌われてきた。

 エリュテイアは、聞くところによると、『吸血鬼』として、街の住民に恐れられ、嫌われているらしい。

 加えて、引きこもりで、人と話すことが苦手。

 この短期間でシンパシー感じまくりだ。


「…………あなた、いや、モノってほんとに変わってるわよね」


「少しくらい変わってなきゃ人生つまんねえだろ」


 唖然とした後、可憐な笑みを浮かべたエリュテイアに、つられてにやけるモノ。


「それもそうね。ふふっ、私、『人間は嫌い』だけど、モノの事は気に入ったわ」


「おう、それは良かった。けど、人間が嫌い? 嘘つくなよ、どう考えてもお前人間大好きだろ」


 エリュテイアは何を言っているのだろうか。

 人間が嫌いな奴が、人間に怖がられるからと、あんな寂しそうな顔をするものか。

 人間が嫌いな奴が、見ず知らずの人間に、それは毒キノコだから正しいのはこっち、とわざわざ教えるものか。

 

「人間嫌いだったら、私を家まで招待するか? 普通」


「いいえ、あなたをこの家に招いたのは、あなたが他の人間とは違うと感じたから、ただそれだけよ。私は人間が大嫌いなの」


「…………」


「――この話は終わり。他に何か楽しい話をしましょう」


「エリュテイア……ああ、わかった、これ以上何も言わない」


「聞き分けが良くて助かるわ」


 やめやめ、という風に話を打ち切るエリュテイア。

 浮かべていた何かの痛みに耐えるような表情は、気にかかったが、楽しい筈の茶会の場を濁してもいけないと思い、モノはそれ以上この話題に踏み込むことを止める。

 

「ところで、あなた多分街の人間じゃないわよね? この街に何しに来たのかしら」


「あぁ、ウェルトっていう村の情報を調べに来てたんだけど……その村二年前に滅んでたらしいから、今は、観光かな」


「な、なんか大変そうね……でも、だとしたら観光なんかしてる場合じゃなくて、急いでその村に行くべきなんじゃないかしら?」


「ああいや、別に村に行きたいわけじゃないからな。どっちかって言うと、その村に住んでる人に用事があったんだけど……滅んでたら意味ないだろ」


 元々、モノが村に行きたがっていた理由は、そこに居るであろう妹に自分を殺した理由を確かめる為だった。

 しかしまあ、図書館で、ウェルトが滅んで生存者もゼロだということは嫌な程に、沢山の文献に記されていたので、ウェルトに行く理由が今のモノには無い。

 なら、傷心を癒すために、観光というのも悪くないだろう。

 とか言いながら、『突発的テレポーテーション』によって心は更に傷ついた訳だが。


 と、思考していると、エリュテイアはそんなモノの言動に何を思ったか、気を咎めた様子で口を開き、


「ごめんなさい。私も嫌な事聞いたかもしれないわ」


「地雷なんて埋まってるもんだから普通は気付かないし、気にすんなよ。これでおあいこだな」


「なんだか不思議な言い回しをするものね」


「そうか?」


 はて、と小首を傾げるモノに、エリュテイアは不敵に笑う。

 それから、ふと、その笑みを消し、険しい表情になったエリュテイア。


「――――ッ!」


「……?」


 突然のエリュテイアの態度の変容に、ますます、首を傾げたモノ。

 暫くして、エリュテイアは椅子から立ち上がり、何やら辺りを見渡した。そして、


「森が五月蝿い……モノ、あなたはここでじっとしていなさい」


「は、え? なんだ、どうしたんだ?」


「いいから!」


「……!」


 毒キノコを触ろうとした時と同じような、その強制力を持った力強い口調に、モノは口を噤み、身を強ばらせる。

 立ち上がったエリュテイアは、そんなモノを横目に、家の玄関へと近づき、扉の取っ手に手をかける。


 苛立った雰囲気を漂わせ、鋭い覇気のようなものを放つエリュテイアに、モノが初めて、人間とは違う何かを感じ取り、息を飲んだ。

 と同時に、エリュテイアはその扉を開け――、


「……私、今ちょうど気分が良かった所なのだけれど――最悪、あなたたちのせいで台無しだわ」


 溢れんばかりの怒気。

 鋭く睨みつけ、吐き捨てるようにそう言ったエリュテイアの視線の先には、複数の人影。

 その人影の一つは、ゆっくりと一歩、前に出て、腰に掲げた剣を取り出し、自分の前に構える。

 それに続いて、周りの人影も同様に、一斉に剣を構えた。

 最初に前に出た人物は、その周りの奴らを従える代表格なのだろう。

 代表格と思われる男は、持った剣で天をつき、


「安心しろ、お前がどんな気分だろうと関係ない」


 決意の表情で宣言する。


「人々を脅かす『吸血鬼』め、覚悟しろ。今ここで、我々『アゼルダ騎士団』がお前を――討つ!!」


 

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