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二章第10話 吸血鬼の少女




「――おっはようございます! 今日も一日張り切っていこう!」


「ふぇ……モノたん……? どしたのん……?」


 飛び起きたモノを、ナナリンが目を擦りながらウトウトとした表情で見つめる。

 あの後、結局ナナリンと同じ部屋で寝泊まりすることになって、二つのベッドでそれぞれ夜を過ごした訳だが。


「いや、なんていうか、一緒の空間で友人と寝泊まりしたこと無かったから、どういうテンションが良いのかわからん」


「きゃは。自然体でいいと思うよっ?」


 窓から差し込んだ暖かな日光。その日差しを浴びて、気持ちよく伸びをして、身体の眠気を飛ばしていくモノ。

 横に目をやると、寝起きで無防備な格好をしたナナリンという美少女。刺激的な朝である。

 まあ温泉に一緒に入ったりしてるので、今更だが。


「ふわあぁ……寝起きのモノたん、ちょっと髪ボサついてて可愛いっ★ 後でとかしてあげるね」


 小鳥の鳴き声と羽ばたく音をバックに、朝の身支度を整えていくモノと、それに続くナナリン。

 洗浄魔法? とか、乾燥魔法? かなんかで宿の人に洗ってもらった服に袖を通したり、顔を洗ったり、宣言通りナナリンに髪をとかしてもらったり。



「――で、ナナリン今日は依頼のことで色々あるから、一緒には居られないんだけど、モノたんは今日どうするの?」


 その後、宿の食堂で朝食を取り始めたところで、ナナリンが聞いてくる。


「あー、依頼って盗賊のやつだっけ? ……私も観光がてら簡単に出来そうな仕事でも探そうかな」


 そういえばナナリンは『良い盗賊』を自称していたか、と完全に忘れていた事項を思い出し、手を叩くモノ。


 それはさておき、集落での事件の後に、長から渡された資金があるにはあるのだが、勿論それも永遠ではない。ので、この街で簡単な日雇いの仕事でもやろうかと、思いついた訳だ。

 

「きゃはっ★ なら、掲示板見てみるといいかもね〜」


「掲示板?」


「いえすっ! ちょっとした仕事から、法に触れちゃうかもしれない仕事まで、街の至る所に設置されてる掲示板!」


「法に触れちゃうかもしれないのは止めとけよ」


 目玉焼きを頬張りながら、親指を立てたナナリンに、なんとも言えない表情を向けるモノ。

 何故その法に触れちゃうかもしれない奴まで、掲示板という公の場に貼ってしまうのか。

 せめて隠れてやって欲しいものだ、いや、そもそもやらないのが正解か。


「ナナリンのおすすめは荷物運び系かな〜。割と範囲も街の付近だけだし、安全だよ! ……もしかしたら、魔物にパクッとされちゃうかもだけど」


「もしかしてが怖すぎて、安全だとは思えないんだが!? パクッとかそんな可愛らしい感じじゃないだろ、絶対!!」


 安全という言葉に、付け加えられた情報が全くイコールになっていない。物騒なことをけろっとした表情で呟いたナナリンにモノが抗議すると、そのナナリンは面白可笑しく笑い、


「きゃははっ★ 冗談冗談っ! あとは、採取系の依頼もおすすめ! まあ、こっちも運が悪かったら魔物にペロリとされちゃうかもだけど」


「何が冗談だったの!? ねえっ! 何が!?」


「まあまあ! 取り敢えず、掲示板覗いて見たらいい感じの仕事見つかるかもね!」


「誰かさんのせいで不安しかないんだが!?」



※※※※※※※※※※



 騒がしくも楽しい朝食の時間。

 結局、あれから、掲示板を覗いてみるということで決定。

 どうしてか、ナナリンの口から出る言葉に、全て不安要素が含まれていたが、百聞は一見に如かずだ。


 と思い、モノはいざ、その掲示板を覗き、貼ってあった『森の食材採取』という仕事を受けてみたのだが――、


「……ここで良いんだよな?」


 まさか街の傍にこんな森があったとは。

 モノが『アゼルダ』にやって来るために通った草原とは、正反対の位置。

 草原側を正面とするならば、この森があるのは背面だ。


「なんか森に好かれてるよな、私」


 目覚めの時もそうだが、何やら森とか自然に縁がある。しかも、今回の森もかなりしっかりと、薄暗く、規模も広いように見えた。

 モノは食材採取の為に持った、まだ軽い籠を揺らしながら呟く。


「ま、頑張りますか」


 ――昨日の夜。『突発的テレポーテーション』という、謎の異常現象に巻き込まれ、想像を絶するような恐怖体験をした。

 帰ってきた直後は、勿論怖かったし、大分思い悩んだ。

 けど、よく考えてみたら、全然知らない場所だし、こうやって無事帰って来れたので、結果的にはモノにとって関係の無い出来事だったのではなかろうか。

 モノの知らない場所で、知らない実験が行われてて、知らない人が爆ぜて、知らない怪物がいただけ。


 全部、モノには直接的には関係のない話だ。

 だから、全部、無かったことにはしないが、放っておくことにした。というか、そうしないと精神がもたない。

 今は受けた依頼をこなすことだけを考える。


「えっと、確か『アゼルダキノコ』に、『アゼルダの実』に『アゼルダ草』だっけ? ……って」


 朝日の差し込む中、モノは今回採取する食材のリストを言い並べる。

 もうツッコミどころ満載だ。


「見事に全部『アゼルダ』だな!! 自分達の街の名前好きすぎだろ! 手元にイラスト無かったら、全然イメージ湧かねぇぞこれ」

 

 名付け親は、どんだけ街の名前に自信を持っているのだろうか。

 図書館、温泉までは分かる、主要施設だろうし。

 だけど、こう食材の一つ一つまで『アゼルダ』の単語を付けられるともう逆に不便だ。

 その内、何の変哲もない外気を袋で取って、『アゼルダ大気』ですとか言い出しそうな勢いだ。


 何はともあれ、森の中へと草と落枝を踏みしめながら、モノは入っていく。

 足場が不安定で結構歩きづらいが、その目標の物はすぐに姿を現した。


「お? 早速これ『アゼルダ草』って奴じゃないか?」


 独特なくねくねとしたシルエットに、葉の先端についたギザギザの何か。間違いない、イラストの特徴通りだ。

 それに見た感じ、群生している。これならノルマはすぐに達成できそうである。


「お、こっちには『アゼルダの実』だ。なんだ、超難易度低いじゃん。わざわざ、依頼する程でもない気がするけど。入口で殆ど終わっちゃいそうだし」


 アゼルダ草から視線を上げると、そこにはアゼルダの実が成った木。まだ森の入口付近だと言うのに、早くも目標の過半を達成してしまいそうな、順調さに思わずにやける。

 このまま、ちゃっちゃと依頼達成と意気込んで、()()を採取し、モノは森のより深くへ踏み込んでいく。

 うん、名前から『アゼルダ』取っちゃうともう何が何だか。


「それにしても、やっぱり森によって匂いとかも違うのな」


 美少女として目覚めた森はザ・木の香りだったが、このアゼルダの森では、割とじめっとした土の香りが強い。

 やはり、その場その場の植生や天候で変わるものらしい。


「とか言ってる間に、これは……うん、『アゼルダキノコ』で間違いないな」


 しゃがみこんで、ちらと見えた青いキノコの傘に、草を手でかき分ける。出てきたその青いキノコとイラストを見比べて、モノは頷く。

 イラストの特徴と酷似している。やはり、全然時間がかからなかった。

 「余裕余裕」と、呟きながら採取しようと手を伸ばす。

 すると、その根元に触れる直前、突如、そこに声が響き、


「――そのキノコに触れてはダメよ」


「ふぇ?」


 心地のいい、澄んだ声。その声が持つ、謎の強制力に、モノは反射的に手を止め、発声地点に振り向く。

 そこには、真っ赤な髪をサイドテールに纏めた、フリル付きの黒をベースとしたゴシックなドレスに身を包んだ少女。

 その少女は、腕組みをしながら、眉を寄せて、黒色の双眸でこちらを睨みつけていた。


「そのキノコは毒キノコ。あなたみたいな子供が、触れていいものではないわ。多分、『アゼルダキノコ』を採りに来たんでしょう? なら、これよ」


 「これ」と言って赤髪の少女が指さす先には、同じような色をした少し形の違うキノコ。

 

「あれ!? ほんとだ、こっちの方がイラストの形に近い!」


 よく見たら、今モノが採ろうとしていたキノコよりも、少女が指さしたキノコの方が傘の部分が大きかった。

 しかも、モノの持っているイラストも確かに、こう比べると傘の部分が大きいように見える。


「あっぶねえ! このまま毒キノコ採るところだった……助かったよ、ありがとな!」


 危うく、毒キノコを採る、というより触りそうになったところを、すんでのところで止めてくれた少女に、素直にお礼を言うモノ。

 少女は、そんなモノの様子を見て、何故か怪訝な表情を浮かべ、


「……それはいいのだけれど、あなた私の容姿を見て驚かないのかしら?」


「容姿……?」


 言われて、改めて目の前の少女の外見に意識を向けるが、やはり目を引くのはその綺麗な真っ赤な髪だが――、


「その赤い髪のことか? それだったら綺麗な色だなってびっくりしたけど……」


「…………!」


「でも、それを言うなら私のこの髪の色だって珍しいだろ?」

 

 と、モノは自分の髪を弄りながら、不思議そうにする。

 実際、目の前の少女のような真っ赤な髪は今まで見た経験がないが、その点ではモノの純白の髪もまあ珍しい。

 首を傾げながら、モノが見つめていると、その少女は酷く困惑した様子で、


「綺麗な髪……この髪が……? ほんとに、怖くないのかしら?」


「うん? なんで?」


「血のような赤色に、黒の瞳で、この森に住んでるって言ったら街の人間が恐れてやまない『吸血鬼』以外に無いじゃない」


「『吸血鬼』!?」


「ええ、ほら怖いでしょう? 逃げてもいいのよ」


 少女の発言に驚くモノ。そのモノの驚きに、少女は腕を広げて、己の存在の恐ろしさを誇示するように、振舞ってみせる。

 少女から放たれたプレッシャーに、森がざわめき、鳥たちが一斉に羽ばたく。

 しかし、街の人が見れば卒倒するような光景を前にしても、モノはけろっとした表情で、


「…………って何?」


「はい?」


「いやだから、その『吸血鬼』って何?」


「はあ!?」

 

 浮かんだ疑問をそのままぶつけるモノに、少女は唖然として叫ぶ。

 そんなに驚かれても、モノからしたらただ聞いただけなので困るのだが。

 

「『吸血鬼』を知らない!? 冗談でしょう、あの、人間の血を喰らう怪物よ!?」


「冗談じゃなくて、ガチで知らないんだすまん。なんか有名だったりするの?」


「有名どころの話じゃないわよ!? 私の姿を見たら、見ただけで慌てふためいて逃げ惑うくらいには、私怖がられてるのだけれど!?」


「……え、じゃあ今から私の血も吸うのか?」


 モノは、信じられないといった驚愕の表情で喚く少女に、純粋な質問を投げかける。

 少女が『吸血鬼』という、曰く、人間の血を吸う怪物とやらならば、今からモノを襲って血を啜るのだろうか。

 そんかとぼけた態度のモノに、少女は「うっ……」と声を漏らし、


「それは……その、そんなことするわけない……けど……」


「だよな、私、お前がそんな奴だとは思えないし。第一、お前が恐ろしい化け物なら、今頃もう私死んでるだろ」


「くっ、正論……!」


 どうして、人の血を吸う化け物がモノに毒キノコかどうかを教えるのか。

 こうやって、普通に話せてる時点で、危険度の底が知れている。

 そもそも、化け物などと言うのなら、


「それに化け物って言うんなら、取り敢えず人の形から崩れて貰ったり、身体を爆発してもらわないと、私の中のインパクトは強くないぞ」


「何よ、その地獄は…………でも、あなた他の人間とはまるで違うみたいね。私のこと怖くないみたいだし」


 あの謎の実験施設で出会った人間爆発や、肌色の奇っ怪な怪物を見習って欲しいものだ。

 それらと比べたら恐怖のレベルが低すぎる。あくまで第一印象の話ではあるが。


「おう、そんな私は超絶美少女ことモノ・エリアス。そっちは?」


「私はエリュテイア。……エリスって呼んでもらって構わないわ」


 流れるような自己紹介に流れるように自己紹介で返す、エリュテイアと名乗った少女。

 お言葉に甘えてエリスと呼ぶことにするが、彼女は、物怖じしないモノにどうやら興味を持ったらしく、さっきよりも少し砕けた表情を見せてくれる。

 それから、少し間を置いて、エリュテイアは口を開き、


「……良かったら、お茶してかない? 急ぎじゃなければだけれど」


 森の奥へとモノを招待するのだった。




 エリュテイアの登場です。

 やっとですよ、ずっとこのキャラ出したかったんです……。

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