二章第3話 太陽の街
「――めっちゃ人多いな……この身体になって背も低くなってるから割と人混みだと流されそうで怖い」
「じゃあ〜ナナリンと手を繋ぐ? きゃはっ★」
「なんだよ、その公開処刑……っと思ったけど、見た目十三歳と十七歳の少女が手を繋いでるだけっていう構図になるのか。……そう考えると割とありかもしんねえけど、個人的にちょっと恥ずかしいので却下で」
手を繋ぐんだったらまだアルファの方か。
兵士という身分のうえに、元男だったモノ側の精神的疲労が少ないから、結局のところそっちが正解っぽい。
まあ、どっちにしろ恥ずかしいから繋がないけど。
「え、なんです、そんなに見つめて……なんか僕の顔に付いてます?」
「んにゃ、なんにも。何の特徴もない顔だなって思ってさ」
「それ地味に傷つくんですけど!?」
モノの素直すぎる感想に、毒の味を感じた様子のアルファはクセのある黒髪を揺らしながら抗議する。
成り行きで一緒の馬車で移動していた一行は、ついにアゼルダへと到着し、今はその商店街を歩いている。衣服やら野菜やら、果物やら肉魚やら、玩具まで色々な屋台の出並んでいる商店街は、雲ひとつない青空から降り注ぐ太陽の光とおなじく、活気に満ち溢れている。
客寄せを行う人や、それを自前の感性で値踏みする消費者の群れ。
とどまることを知らず、川の如く流れ続ける人の波に少女の身体になって身長が低くなったモノは、ナナリンとアルファの二人を見失わないように必死だ。
「ここほんといつ見ても人多すぎだよね〜っ★ あ、そこのおにーさん!」
「お! 可愛いお嬢さん、どうしたんだい? なんか買ってくかい?」
高すぎる人口密度に苦言を呈したナナリンは急に、とある屋台の店主に声をかける。
何か欲しいものでも見つけたのだろうか。
「うん、この子の為に、その黒いリボンの髪留め頂戴っ!」
「うぇえ? 私か?」
人の波に攫われないように抵抗していると、突然ナナリンはモノの腕を引っ張り、とある店の前に立たせる。
それから「この子」とモノの両肩に手を置いて、髪留めを注文するナナリン。
「あら、こりゃまためんこい子だ…………よしお嬢さん方の可愛さに免じて、少しまけてやろうじゃないか!」
周りから見ればとんでもない美少女レベルの二人であるためか、店主の男は二人を見て少し惚ける。暫くして、店主は若く麗しい少女を見て、テンションが上がったみたいでどうやら値引きしてくれるらしい。
「お、おにーさんわかってるっ★ はい、これお代〜」
「あいよ、またきてな!」
「はいは〜いっ! きゃはっ★ モノたん、こっち!」
「ちょ、わかったから引っ張るなって!」
「ま、待ってくださいよ〜!!」
一つ買い物を終え、引き続き割と強引めにモノを引っ張っていくナナリン。と、それを慌てて追いかけるアルファ。
そのまま、人気の少ない、街中に生えた樹の陰へと抜けると、ナナリンは徐にモノの髪を弄り始める。
「は〜い、動かないでね〜っ★ ……それにしてもモノたん真っ白で綺麗な髪だよね〜。あ。へへ、ハァ……ハァ……モノたんの項……」
「……なんか、息がすっごい当たってないか?」
「……っ! そ、そそそ、そんなことないよっ!? ……ふーっ、危ない危ない、長い髪でずっと隠れてたからか、チラと見えたモノたんの項に、フェチズムが目覚めちゃいそうになってたこと、バレるところだった……」
「いや盛大にバレてるし、めっちゃくちゃ細部まで心の声だだ漏れてるからな!?」
まだ誤魔化せたはずが、何故か自分の口から心の内を暴露してしまうナナリン。こいつ馬鹿だ。
「――はい! 出来たっ★」
そんなやり取りを交わしつつ、暫くするとナナリンはモノの髪から手を離す。
一体何をしたのだろうか。髪留めを買っていたから、何か髪型を変えられたのは分かるが。
モノが首を傾げていると、ナナリンは自分のポーチから手鏡を取り出し、それをモノへと向けてくる。
そこには――、
「じゃーんっ! 長さは違うけど〜、私とお揃いのツインテールでーすっ★」
「おお……」
手鏡の大きさでは、モノの髪の長さ的に全体が映ることはないが、確かにそこには、純白の髪を左右に黒いリボンの髪留めで束ねた、ツインテール姿の美少女。
「ねっ可愛いでしょっ! きゃはっ★ アルファ君も、そう思うよね?」
「ぼ、僕ですか? ……あの、モノさんって貴族の方という訳ではないんですよね? ほら、貴族の方はお綺麗な人が多いので」
「俺が貴族!? ないないないない!」
「俺……?」
モノの事を貴族と疑うアルファに、モノは激しく首を横に振る。
何を隠そう、一度死ぬ前もド田舎の村、死んだ後も森の中で目覚めるとかいう、自然に愛された男、ああいや今は少女だが、それがモノ・エリアスという人物なのだ。
貴族など、物語の中でしか見たことの無い存在なので、自分がそうだとかは全く見当違いもいい所である。
「貴族っていやあ、年中無休でパーティやら舞踏会やらしてる奴らのことだろ? 俺なんて、やった事といったら妹と二人だけで誕生日パーティぐらいだぞ。しかもそれ今となっては最悪の思い出だし」
「なんですか、モノさんのその偏見ありまくりの貴族イメージは……しかもなんか人生大変そうですね、謎に親近感湧きましたよ!」
誰だよ、年に一度のこじんまりとした誕生日パーティ当日に妹に毒殺されたやつ。何がハッピーバースデートゥーユーだ、クソ喰らえ。全員ケーキ喉に詰まらせて、くたばればいいのに。けっ!
などと、心の中で全世界の幸せな誕生日を迎えている者達に悪態をついたところで、アルファが逸れ始めてしまった会話の修正を図る。
「……まあそれはさておき、似合ってますよ、その髪型」
「うーん、可愛いのは分かるんだけど、なんか照れくさいから今日一日だけで勘弁して欲しい」
「え〜っ! お揃い可愛いのに〜っ!」
元男としてはツインテールっていう可愛い感じの髪型は、ちょっと辛い。ので、せっかく結んでもらった今日くらいはこのままでいようと思うが、明日になったらもうそのまま下ろすだけの髪型になっていそうだ。
むすっと、白い頬を膨らませるナナリンには申し訳ないが、許して欲しい。
と、髪型の話がひと段落着いたところで、アルファが突然、「で」と話を切り出す。
「――で、これから皆さんはどうするんです? 僕はまあ仕事で来ているので、もうそろそろ皆さんとはお別れしなきゃいけないんですが」
「そういえばそうだった、お前兵士として派遣されてきてたんだったな……なんかずっと一緒にいた腐れ縁の友人みたいな感じで接してたわ」
「友人、ですか……? はは、奇遇ですね、僕もそう思ってたところです」
いかんいかん、アルファが兵士だということを忘れかけていた、と自分の頬をペシペシと叩くモノ。
実際、さっき草原で出会ったばかりだとは思えない程に、アルファとモノは気が合っていた。
別に性格が似てるかと言われれば、全くそういう訳でもないんだが、波長が合うと言えばいいのだろうか、そんな感じだ。
「え〜っ! ナナリンもアルファ君はどうでもいいけど、モノたんはもう親友だよ〜っ★」
「どうでもいい!? 僕としては、ナナリンさんとも仲良くしたい所なのですが!?」
「アルファ、安心しろよ。私から見てお前らも相当仲良いぞ」
「「何処が!?」」
モノの仲良い発言に、ゾッとした表情を浮かべ青冷めるナナリンと、その反応を見てショックを受け項垂れるアルファ。
同時に同じ言葉を発する手前、うん、こいつらも相当息が合っている。
モノにしてみれば、どうしてそんなに認めないのか分からないレベルだ。
「……でも、そうだな。そういえば、この街で具体的に何をするのか決めてなかったな……」
我ながら行動に計画性が無さすぎる。
ふんわりと、自身の生前住んでた村が何処にあるか調べる、という目的意識だけでやって来てしまっているこの状況。
あ、そういえば、この二人にはまだ村の名前を知っているかどうか聞いていなかったか。
「あ、そうだ、ひとつ聞いていいか? ウェルトっていう村の事なんだけど……この名前って聞いたことある?」
「ウェルト……? 聞いたことないですね」
「ナナリンも知らないかなあ……? ごめんねっ★」
考え込む二人だが、モノの望むような答えは得られない。
やはり、ウェルトという村を二人も聞いたことが無いらしい。
「そうか……いや、いいんだ。それより、これからどうするか、だったな。そうだな……まずは私は宿でも探すかな」
何か行動を起こすにしても、まずは落ち着ける場所が無ければ、どうも出来ないので、一先ずやることはそういった宿を探す的なことからだろう。
王都の次に広いと言っていたこの街を色々と観光気分で探索したい気持ちもあるので、暫くは滞在するつもりだ。今から結構楽しみである。
そうやって、モノが今後の予定に胸を弾ませていると、暫く何かを考え込んでいたナナリンが、ハッと何かを閃いた表情で顔を上げ、
「じゃあさ! モノたん私の知り合いがやりくりしてる宿に一緒に泊まらない!? 結構いい所なんだけど……ほら、馬車で驚かせちゃったお詫びも兼ねて〜なんてねっ★」
「本当か!? あ、でも同じ部屋はちょっと……」
「モノたんが望めば同じ部屋でもいいんだけど〜、ナナリン、プライベートは守る子なので、別々の部屋でいいよっ★ 確か隣の部屋空いてた筈だし!」
「せなら、お言葉に甘えさせてもろて……」
「え、突然どうしたんですその喋り方……?」
別に元男だからという訳では無いのだが、ナナリンと同じ部屋というのは色々と嫌な予感(主に襲われる的な意味合いで)がするので、モノとしては避けたいところだ。
しかしそこで、ナナリンは別々の部屋でも大丈夫だと言うので、せっかくだからその言葉に甘えさせてもらうことにする。
実際、初めての場所で右も左も分からない状態なので、こう旅先で仲良くなった人に宿を紹介して貰えるのは有難い。
「……ま、まあお二人とも当面の予定が決まったみたいで良かったです。では、名残惜しいですが、僕はここで」
「ああ、て言っても、なんかアルファとはまたすぐ会えそうな気がするんだよな……」
「やっぱり僕達気が合いますね、僕もそう思ってました。……と、改めて先程は助けてくれてありがとうございました! じゃあ、また!」
「おう、またな。仕事頑張れ」「バイバ〜イっ★」
別れの挨拶を告げ、右手で胸の鎧の中心辺りを叩き敬礼するアルファ。それから、兵士の鎧の擦れ合う金属音を鳴らしながら、走ってアルファはこの場を離れていく。
「――ああ! さっき言ってた村の情報なら、『アゼルダ図書館』によるといいと思いますよー!!」
その去り際に、アルファは思い出したように、こちらを振り返ってそう声を上げたのだった。
ここ数話とんでもないくらいほのぼのしてますね。
まだほのぼのとした話が続く予定ですが、
安心してください、そんなんじゃ終わりません(安心とは)。