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四章第16話 霧の中で


「――てなわけで、『メルク』を出て『魔法塔』へ向かっている訳ですが……これ、本当に近道であってる?」


「このワタシが言っているのだぞ! 間違いはない!」


「それにしては……なんか向かう先にとんでもない物が見えてるんですけど……」


 『黄色』の『最終兵器』であるメレが仲間に加わり、一行は『メルク』の街があった森を抜け、今は草原を歩いている。

 エリュテイア達との合流地点であるカナリア港を経由する迂回ルートではなく、直線で『イルファ』へと向かうルートへ。

 つまりは最優先事項をミエムの救出に変更した訳である。


 ちなみに、この直線ルートでは魔法生物が多く危険だと言われる、『グレア山』という山を越えることになるらしい。

 しかし、視界に映る『それ』を見るに、どうやらグレア山の前にも、ひと問題ありそうである。


「――『霧の大壁』……ですね」


 そうリルアが呟く。

 草原という開けた視界の先、本来ならグレア山のシルエットが見えているはずの景色を、それは隠している。

 遠近感が狂いそうな程に巨大な――――白い霧の壁が。


「ああ『霧の大壁』さ。この大陸では有名な場所だよ。一度足を踏み入れれば直ぐに方向感覚を失い、力尽きるまで延々と彷徨い続けるとね! だがしかし! 『最終兵器』であるワタシとキミにとっては大して問題にはならない!! そうだろう?」


「…………まあ、そうだな」


「では、何故不安がる必要がある! モノ・エリアスよ胸を張って突き進むのだ!」


 とは言っても、嫌な予感がするのはいつもの事である。

 しかもその嫌な予感が当たるから厄介なのだが。


「そうだ、言い忘れていたが」


「うん?」


「霧の中では厄介な魔法生物が多い。気をつけるのだな」


「やっぱ不安だよ!!?」




※※※※※




 あまりに不思議な霧だった。

 霧の壁の中が全く見えない不透明さはともかく。

 

「境界線がハッキリしているだろう? この霧は不思議なことに風が吹いても流れることは無い。……停滞だ。ここだけ外界と切り離されている」


 モノが手を伸ばしても、霧の壁は奇っ怪にも微動だにしない。

 モノの『白雲』が空間に固定できるように、この霧も、他からの干渉を受けないようだ。


「加えて、年々霧は濃くなっている。ワタシが依然にここへ足を踏み入れた時は、これよりは多少はマシだった。生態系も変わっているかもしれないな」


 しかし、この霧はモノにとって都合のいいものでもある。

 ティアから再三警告された、『目立つな』『人前でその色の力はなるべく使うな』という条件を丸々無視できる。

 これは潜入調査なのだ。

 その割には、魔道四天王ダリアンとの戦闘で力を見せてしまったが、これ以上は、特にはメリア教会に関する者には力を見せてはなるまい。

 が、この霧の中では話は別だ。


「さあ、歩みを進めるぞモノ・エリアス。ここからは、ワタシみたいな学者が大好きな、未知の世界ってやつだ」


「ああ」


 返事をして、霧の中へと足を踏み入れる。

 踏み入れて、次の瞬間にはモノ達の全身を、霧とは違う何か異様な感覚が包み込んだ。

 そう、

 ――――敵意だ。


「いきなりかよ、魔法生物!」


 ひとつでは無い。

 侵入者へ無数の敵意が向けられている。

 霧の中で怪しく光る瞳が、奥からぞろりぞろりとその数を増やす。


「さあ、始まりだ! 期待しているよ、モノ・エリアス! ()()()()()()()()からね!!」


「え、は? ちょ!?」


 不意に、メレに背中を押され、モノは魔法生物が犇めく敵意の中へ。

 一瞬で、メレとリルアの姿が霧に呑まれて消える。

 つまりは同時にメレとリルアの視界からもモノが消えた。

 しかし環境に適応し、感覚の研ぎ澄まされた魔法生物達は、餌を与えられた飢えた獣のように、一気にモノへと飛びかかる。


「あいつ絶対あとで殴る!!!! ――『最終兵器』、起動!」


 メレへの恨みを叫びながらも、モノはすかさず『最終兵器』を起動。

 感情を世界の中心へと繋ぎ、そこから力を、『色』を汲み上げて――――、





「……ッ!?」

 

 ――――突如モノの周りが、『白色』で爆ぜた。

 周囲の魔法生物達を全て巻き込んで、『色彩』の凄まじい波が衝撃と共に、破壊を齎す。

 今までとは明らかに違う『白』の様子に、モノは驚愕するが、その間にも、『最終兵器』は止まらない。


「なん、だ、これ!? 『色』が、抑えられないッ……!?」


「モノ様!? 大丈夫ですか!?」


「リルア駄目だ! 今は近づくな……!! うぐ、あぁぁああああ!?」


 止めどなく溢れる『白』。

 あまりにも純粋で、潔白な崩壊が、何もかもを拒んで――。


「ふむ、なるほど! 半端者ではないキミですらここではこうなってしまうのか。非常に興味深い。これはいいものが見れたぞ!!」


「言ってる、場合か……! よくわかんねえけど、メレお前、知っててやりやがったな……!? くそ、どうしたら収まるんだこれ、このままだとリルアを巻き込んじまう……!!」


 力の、『色彩』の暴走。

 自分のそれが、自分で抑えられない。

 抑えるどころか、どんどんと奔流は大きくなって、モノとその周囲を蝕む。

 自分の意志ではコントロール出来ない力。その認識が、徐々にモノに恐怖を覚えさせる。


 今の今まで、『白』の力はモノの感情に従順だった。

 得体の知れない力で、そして、強大すぎる力だったが、モノはその力を自分の目的の為に利用してきた。

 しかしそれはその力の主導権が自分の手中にあったからだ。

 まるで色が意識を持ったかのような今の力は、モノにとって、何もかもを壊してしまうかもしれないという恐怖の対象に他ならない。


 そんなモノの内情を分かっていそうな上で、心底楽しそうに笑うメレ。

 彼の態度に怒りが湧くが、その怒りがこの『恐ろしい力』に影響をあたえてしまうかもしれなくて、モノは何とか自分を落ち着けようと頭を振って、でもそんなのでは冷静にはなれなくて、解決策を考えようとしてそしたらその間にも力の出力が大きくなって、焦って喉が乾いて、恐怖に心臓が激しく脈を打つせいで痛くて、頭が回らなくて、やっとの思いで行動したことがせいぜい歯を食いしばることだけで、『白』が脳みそに入ったのか、なにもかんがえられなくて、あたまがまっしろで、どうしたらいい、どうしたら、どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうする、どうする、どうする、どうする――――。



















「――――()()()()


 停止しかけた脳に、鼓膜を通して声が響いた。


「『最終兵器』を解除すればいいナノ。『世界の中心(コア)』から、一度繋いだ感情を切り離すナノ」


 言葉の通りに。

 何も考えられていないモノは反射的に声に従う。

 一度世界の奥底に潜り込ませた自分の感情、いや、もう一つの意識みたいな物を、無理矢理。

 引き上げる。謎の痛みが全身を焼くが、サルベージして、引き剥がす。

 すると、徐々に息が軽くなってくる。

 脳に思考が戻ってくる。

 そこからは早かった。

 朝、微睡みから目覚めるように、意識がハッキリと、覚醒していく。世界と感情が切り離されたからか、色の出力も直ぐに収まっていく。

 放たれた力が、散り散りになって霧に呑まれて、消えていく。


「無事収まったみたいナノ。メレ、連れてこいとは言ったけれど、こんなことをしろなんて言ってないナノ」


「生憎、気になったことは実際に確かめたくなる性分でね!!」


「その好奇心で、今()()()()()()()()自覚はあるナノ?」


「だが滅んでないじゃないか!」


「…………本当に話が通じない奴ナノ」


 今すぐにでもメレの奴は殴ってやりたいところだが、それとやり取りをするもう一つの声への驚きがそれを許さない。

 聞き覚えがありすぎる声と、特徴的な語尾だ。

 忘れるわけが無い、霧で姿は見えないが、間違いない。

 そう、()()は――、


「……ローズ・リリベル?」


 そう聞くと、一瞬の静寂のうち、その幼い声は答える。


「…………随分と久しぶりな気がするナノ」


 驚くことは終わらない。

 返答が聞こえた刹那、桃色の光が輝いたかと思えば、モノ達の視界から、ごっそりと霧が巻き上がっていく。

 あの他からの干渉を全く受けないように見えた霧が、忽ちの内に、晴れていく。


 眩しい太陽の光。

 広がる景色は、何時か見た、あの光景だ。

 視界を覆うほどの規模の、輝く光の柱。

 その前に佇む、頭から地面にまで垂れる鮮やかな『桃色』の髪のシルエット。


「今回はちゃんと正規ルートで来てもらったナノ。改めてようこそナノ―――――世界の中心、いや、()()()()()へ」


 気だるそうな瞳で見つめた彼女――ローズ・リリベルが、依然とは違い、モノを歓迎するのだった。





2話連続で『最終兵器』が登場です。

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