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四章第15話 『黄色い笑い』




「――リルア、起きてくれ!」


「……………………」


「しっかりしろ!」


 町中が朝日と共に強制睡眠から目覚め、ダリアンの残した痕跡に皆がどよめく中。

 酒場のテーブルに伏したシスター――否、格好とは裏腹に神を呪う不思議な少女リルアは未だ寝息を立てている。


 ダリアンがイディアという少女の魔法『(ゲート)』を用い、ミエムを連れ逃げたとき。

 彼がこの場から消えた瞬間に、異様な魔力は消え失せ、強制睡眠魔法は解けた、はずだ。

 証拠に、あの後直ぐに、街の人々は次々と目を覚ました。


 しかし、肝心なリルアだけが目を覚まさない。

 トラブル続きの濃い数日の挙句、ミエムが連れ去られ、どよんとした疲労感が身と心を突いているが、ゆっくりとしていられる状況ではない。


 本来の目的である異様に増える『聖遺物』の調査と、『超越者』――『栄光』との接触、安否の分からないエリュテイア達との合流、更には連れ去られたミエムの救助と、やることがいっぱいだ。

 いっぱいなのだが、そこに未だ起きぬリルアへの心配もそこに加わる。


「参ったな…………」


 彼女さえ目覚めてくれれば、直ぐにでもミエムを助けに向かうのだが。流石に、少女を一人どこかに置いていく訳にも行くまい。故にこのまま彼女が目覚めなければ、背負って歩みを進めることになるのだが。

 そもそも彼女がいつかは目覚めるという確証も無い。

 或いは、術をかけた本人であるダリアンなら何か分かるかもしれないが。

 

「そうなるとやっぱリルアを背負って、『イルファの魔法塔』――恐らく敵の根城に乗り込まなきゃ行けなくなる訳だけど……。いや、どんなハンデだよ。あっちにはミエムっていう人質もいるってのに……そもそも、なんでこんな複雑な状況になってんだ……」


「………………」


「だーくそ。リルア、起きてくれ! 頼む!!」


 大声で呼びかけても、身体を揺すっても反応は無い。

 モノはどうすべきか決めかねる。

 リルアは、恐らく、普通ではない。森で会った時に彼女が放った尋常ではないプレッシャー。

 あれは、圧倒的な強者にしか出来ない。

 そう、例えば――、


「……『超越者』。森でのリルアのオーラは……」


 ――似ていた。

 『破壊竜ライラ』が有していた己以外の矮小な存在を全て否定するあの圧倒的存在感に。

 なら、もしかしたら、リルアは、


「いいや、今はその線を考えないことにした筈だぞ、モノ・エリアス」


 でも、もしそれが本当なら。彼女はこの細い身体の中に、途轍もない戦闘能力を有している。

 であれば、彼女の身の安全など完全な杞憂だ。

 しかし、それが勘違いであった場合、彼女が何の力も持っていなかった場合。

 知り合いもいないこの大陸で、知らない誰かに預けるには心配が勝つ。


 それに彼女は『超越者』の場所が分かる。



 だから――――使()()()



「………………おい待て。私は今、何を……」


「どうやら随分とお困りのようだね!!」


「ッ!?」


 何か、自分でも分からない、でも良くない思考が混じった気がして、一瞬モノの頭は真っ白になった。

 が、酒場の扉が勢いよく開けられる音と、ハキハキとした声に直ぐに意識は現実に。


 振り返ればそこには、自信が見て取れる不敵な笑みを浮かべた青年が立っていて。


「この『天才科学者』のワタシがその子を起こしてやってもいいぞ!」

 

 腰を捻り変なポーズを取る青年。

 何処から吹いているのか、彼は風に白衣をはためかせている。


 しかし、どうしてもモノはある一点から目が離せない。

 そう、その青年のキノコの様な髪が、


 ――――鮮やかな『黄色』だったからだ。

 


※※※※※※※※※



「うむ……わかる、わかるぞ! ()()()()()()()、君にはワタシに聞きたいことが沢山有るのだろう? だが!! それらの話はまるっきり全部、後回しにしようじゃあないか!」


「どうして、私の名前……って、おいおい止まれ止まれ!」


 話は全部後回し、その発言通り、モノをスルーして『黄色』の青年は机に突っ伏すリルアに向かって一直線。

 酒場の皆の視線を独り占めしながら、彼はモノの制止も無視して突き進む。


「ハッハッハ! これを見よ、モノ・エリアス! このワタシ――()()()様特性の栄養剤を!!」 


 そして徐に白衣の裏から取り出すのは、謎の発光する液体の入った大きな注射器である。


「勿論、効果はワタシで実証済みだ! これをぶっ刺せば直ぐに彼女は起きる!!」


「そんな怪しいもん使わせねぇよ!?」


 なんの躊躇もなく、今すぐにでも怪しすぎる注射器をリルアに刺そうとする『黄色』の青年――メレ。

 彼の凶行を阻止すべく、間に割って入ったモノは、両腕を広げ、リルアを庇う体勢に。

 

「彼女の様態を見るに、彼女は恐らくここ何ヶ月で一睡もしていない。そこへ、魔道四天王であるダリアンの睡眠魔法で、強制的に眠らされてしまった。故に、彼女は今、深い昏睡状態に陥っている! 簡単に言えば、徹夜の反動だ!!」


「数ヶ月も……!? って、それはそうとして、隙あらばそれを刺そうとすな!!」


「何故だ! これを刺せば、彼女は元気150パーセント位で目覚めるというのに!!」


「その余分な50パーセントどっから出てくるんだよ! 怖いわ!!」


 リルアの顔色が常に悪く、病的な様子であった原因が分かった様な気がする。が、今はそれどころではない。

 話している最中にも、隙あらばモノの制止を掻い潜り、注射器の針をリルアへと伸ばそうとするメレ。

 それをすんでのところでモノは遮り続ける。


 繰り返すこと数回。

 痺れを切らした様子のメレは、新たなる作戦へと移行する。


「……ふむ。どうしてもぶっ刺せてくれないようだね。ならば――――あ! あそこに月面跳躍ロケット兎が!!」


「え!? なにそれ、気になる!!」


「隙あり!!!」

 

「あっ!?!?」


 そして単純すぎる作戦にまんまと引っかかるモノ。

 メレが指さした方へとモノの視線が移った瞬間に、彼は本懐を遂げてしまう。


 ブスリという、あまりに痛々しい音が酒場に響き、リルアの身体へとゴクゴクと飲み込まれていく発光する緑の液体。

 

「ハッハッハ! 仕事完了だ! 感謝したまえよ、モノ・エリアス!!」


「やっちまった……」


「何を悲しんでいる! 良く見たまえ! 彼女が目覚めるぞ!!」


 ビクビクと謎の痙攣をし始めたリルアに、モノは本気でメレをぶっ飛ばそうと、拳に力を入れる。

 しかし、その瞬間に、リルアから寝息とは違う声が――、


「おい……お前誰だ? 何故、男がモノ様の近くに存在している……? ああ、分かりましたよ、自殺志願ですね? そうならそうと早く言ってください。ふふ、まあ何にせよ殺しますが」


「ふむ……! モノ・エリアスよ、なんだこの少女は……! おいよせ、離せ! 首を掴むな! 締め、るんじゃ、ない!!」


 目覚め、起き上がったリルアが鬼の形相で、ヒョイとメレの首を掴み、片手で持ち上げる。

 その細い腕の何処からそんな力が出ているのかは不明だが、モノは何やら眠る前より、彼女の顔色が良い気がして。


「…………………………疑って悪かったな。確かに、元気150%で目覚めたわ」


「言ってる、場合か! 早くこの少女を諌めろ……! あ、これ死ぬ……ほんとにしぬやつ…………」


 バキバキと血走った眼でメレを締め上げるリルアは、それはそれは元気ハツラツといった感じだ。

 しかし、このままだと死人が出てしまうのも事実。

 モノはリルアの凶行を止めに入る。


「リルア、そいつがお前のこと助けてくれたんだ。その手を離してやってくれ」


「はい、モノ様」


「ぶはぁっ! げほっ、げほっ!」


 モノが言うなり、パッと態度を切り替えにこやかに笑うリルアと、その背後で噎せるメレ。

 怪しさ満点の薬だったが、副作用も今のところ無い様子だ。よく見れば、目の下の隈も消えており、美少女レベルが一気に上がっている気がする。

 いや気のせいじゃない。劇的な効果だ。常に病気明けのような顔色だった彼女は、今や完全に健康的な美少女である。


「申し訳ございません。凄く身体が軽くて、勢い余ってしまいました。どうやら助けていただいたようで、ありがとうございます」


「変わり身の速度が尋常じゃあない! さてはキミ、最初から分かってやっていたね! だが、そういうのワタシは嫌いじゃあないぞ!! いいや、むしろ好きだ! 結婚しよう!!」


「何言ってるんだお前は……」


 勿論、丁重にお断りされたメレ。

 がっくりと項垂れる彼の、黄色の髪が揺れる。

 その髪の鮮やかさを見るに明らかだった。


 ――『最終兵器(アルマフィネイル)』。


 きっと彼もそうなのだろう。

 そうやって見つめるモノの視線に気づき、そこから思考を汲み取ったのかメレは笑う。


「わかる、わかるぞ! ワタシがキミと()()なのかどうか気になっているんだろう! ならば答えよう、イエスだ!! まあ、キミとは少し『選ばれ方』が違うがね!!」


「『選ばれ方』……?」


 隠す必要も無いのかあっさり答えてくれるメレ。

 さらには、何やらモノよりも『最終兵器』について詳しそうな態度で。


「そうとも! まず『最終兵器』が起動するには人が死ぬところから始まるのだよ! 世界に漂ういくつもの死者の魂の中から、『色』への適合レベルが高いものが選定され! その選ばれた魂が今キミがキミの意思で動かしている身体――『器』に定着することによって『最終兵器』は起動する!!」


「……つまり?」


「つまり! 『最終兵器』の中身を選ぶのは、あくまで『色』――『最終兵器』側なのだよ! だがしかし、その点でワタシは少し違う。ワタシは望んでこの『身体』を手に入れた。まあ、どうやったかは企業秘密だがね」


 とんでもない事をサラッと言い放つメレ。

 モノの場合、妹によって毒殺され、目が覚めたらこんな美少女で最終兵器だった訳だが。

 メレはどうやら何かしらの手段で自ら『最終兵器』になったらしい。

 となると、聞きたいことが当然、無限に溢れて出てきて止まらないが、


「ふむ、まだまだ疑問が尽きないって顔だね。うむ、素晴らしい! 好奇心旺盛なのはいい事だ! 好奇心と奇跡は人生のスパイス! しかーし、今はそんな場合では無いのだろう? キミは連れ去られた友を取り戻すのが先決のはずだ!」


「………………そうだな。そうなんだけど、なんでお前がそれ知ってんだよ」


「そりゃあ、キミが海岸に打ち上げられた時からずっと見ていたからね!」


「さり気にストーカー発言!!」


 まさかの発言に背筋が凍るモノ。

 尾行が事実なら、ナビの検知にも引っかからなかったことになるが、彼が『最終兵器』ならそこまで驚くこともない。

 何かしらの力が働いた結果だろう。

 『最終兵器』が未知である故に、何が起きても不思議ではない。

 

「モノ様。やはりこの方、殺しましょうか?」


「…………許可する」


「するなするな!! キミたち、ワタシがそこの少女を助けてやったことを忘れてはいまいか!?」


 痛いところを突かれる。メレの言った通り大いに助けられた。勿論、これから副作用が出なければだが。

 

「……何が望みだ?」


「話が早いのはいい事だ! キミも殺意を抑えたまえ! そして、このワタシがキミたちに願うことはただひとつ!」


 最優先事項はミエムの奪還。

 故に、そこに支障をきたさない望みであればいいのだが。

 などというモノの懸念は全て杞憂である。


「キミたちにこのワタシを同行させていただこう! 勿論、『魔法塔』への案内役も買って出ようではないか!!」

 

 『黄』の『最終兵器(アルマフィネイル)』。

 全く思いがけない出会い。

 真意はともかく。

 一行に、怪しい青年が加わった。

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