四章第13話 気だるい微睡み
徐々に物語を進めていきますよ!
「……着いたよ。この街『メルク』からなら、『カナリア港』への移動手段があるはず」
「おお、思ってたより規模がでかいな。アゼルダよりも広そうだ」
森を抜け、否、正確にはまだ森の中だ。
『メルク』と呼ばれたこの街は、どうやら森の木々を切り倒し、整地した場所に出来たものらしく、もはや森のど真ん中にあると言ってもいい。
時刻は昼を少し過ぎたくらいだ。リルアと出会い、それから野宿で夜を過ごし、朝に再び出発し、今メルクに着いたという状況である。
そんな森の中にある街ではあるが、モノ達の歩く大通りには人が溢れていて。
ちなみに、今までモノ達が進んできた森は、魔力を生産する木々が立ち並んでいる為、そのまま『魔力の森』と呼ばれているらしい。
「――お、そこの三人の嬢ちゃん達! ここにある『魔導具』買っていかないかい? お嬢さん可愛いから安くするよ! ところでほんとに可愛いねぇ、うん可愛い、ぐふ。ぐふふふふふ」
横からそう何だか吐息混じりの寒気がするセリフで呼び止められ、振り返るモノ達。すると、何やら様々な形の小道具のような物が置かれている棚の前に、小太りした男性が立っている。
「『魔導具』……? それはどういうもの――」
「おい、オマエ。モノ様を穢らわしい目で見ないでくださいね、そして近寄らないでください、そもそも話しかけないでください。殺しますよ? いいですか? いいですよね」
「ヒィッ!?」
「いいわけねぇよ!? リルア、頼むから殺気放つの止めてくれよ、おじさん青ざめて完全に怯えてるから!」
『魔導具』と聞き慣れない『アイテム』の名前を聞き、直ぐに興味を持ったモノ。
そのモノの言葉と間を遮って、ドス黒いオーラを纏わせ、話しかけてきた中年男性に詰め寄ったリルア。
様々な強敵と相対してきたモノでも震えるようなその濃い殺気に、男性はすっかり震え上がってしまう。
この大陸に居るという超越者の元に向かう目的がモノと一致し、一行に加わった謎多き少女リルア。
リルアは『超越者』の位置が特異な体質でわかるようなので、一人でも問題ない筈である。
しかしどうやらモノの事を気に入ったらしく、一緒に行くと言って聞かなかった。
尤も超越者の位置を把握出来るのは有難いので、モノにとって彼女の同行はメリットが大きいが――。
「あら、申し訳ありません。……チッ、命拾いしましたね、クソ豚が」
このように言動が所々危なっかしいので注意の必要があるのが、少々悩ましいところである。
「おじさん。そこの『魔導具』見せて」
「あ、ああ、これかい? お嬢ちゃん、こいつに目をつけるとはお目が高いね」
そんな中、今のやり取りを無視して男に話しかけるのは若紫の髪を揺らすミエムだ。
未だ青ざめたままの男は、動揺しながらもそれに応え、ミエムが指さした『魔導具』とやらを手に取る。
見た感じ、シンプルな装飾のただの腕輪のようだが。
「こいつは『守護の腕輪』。あの魔道四天王の一人である『結界王』様が作られた『魔導具』なのさ。装備した人を一度だけ、驚異から守ってくれる! ところでお嬢ちゃん、今日の夜空いてる?」
「結界王が……? おじさん、これいくら?」
「まどーしてんのー? けっかいおー? また知らん強そうな存在が増えたな……」
まだ『魔導具』が何なのかという疑問も解決していないというのに、またもや知らない単語が二つも増えてしまったと、頭を抱えたモノ。
誘いを華麗にスルーされ項垂れた男に、提示された金額を払い、例の『守護の腕輪』とかいう『魔導具』を受け取ったミエムが、その疑問に答えてくれる。
「魔導四天王はその名の通り、この魔法大国イルファの魔法使い、その頂点に座する四人のこと。実力も名声も富も権力も、この大陸では教会の支配者メリアを除いて、誰も敵わない」
「なんか凄そうだな……っていうかメリアってのはその魔道四天王と並ぶくらいやべえのかよ」
「メリアの実力は未知数だけど、少なくとも前に魔道四天王の二人を同時に敵に回して生存してるから相当なはず……話が逸れた」
聖遺物の出処の調査。その任務の過程でどうしてもシェイド発掘場に息をかけているというメリア教会とは対峙することになりそうなので、そのトップが強いのはとても困る。
のだが、ここでとやかく言ったところで相手が弱くなるわけではないので、ひとまず話題を軌道修正して、
「悪い、で、その『結界王』ってのは?」
「ん、『結界王』はその魔導四天王の一人。特に守りの魔法に特化してて、この大陸にある殆どの街がその『結界王』の結界で囲まれて守られている。それを常に維持できる程の魔力量は、正直に言って人間の成せる業じゃない」
「ああ、森に魔法生物がうじゃうじゃいるのに、街の中に入ってきた痕跡が無いのはそういう事か。でもって、魔導具の方は大方、そういう魔法の術式を誰でも扱えるようにした物とみた、どうだ?」
「……どっちも正解。だけど、魔導具の方は少し補足が必要。複雑な術式を誰でも簡単に扱えるように、という志で作られたものという推測は正しい。でも、その『誰でも』というのは使用者に魔力があることが前提。魔力を魔導具に決められた量を捧げることで、術は発動するから。つまり、その……」
それまで魔導具の説明をスラスラと話していたミエムが、突然、口篭る。
その理由も何となくモノには察せられた。まあ、今のモノにとっては、そこまで気にならない事なのだが。
「あーなるほど、『魔力無し』の私には使えないってことか。ちぇっ、遂に私にも魔法が使える時が来たかと思ったのに……ま、あんまし期待してなかったからいいけどな」
「……!」
少しだけ期待しながら、手に取った魔導具であろう商品を棚に戻し、つまらないとモノは口を窄める。
そんなモノの様子を見て、何故か驚いた様子のミエム。
「……やっぱり変わってる」
「うん? なんか言った?」
「ううん、なんでもない。けど、うん、そう。うち達がこれから先時間がかかったとしても絶対に解決してみせる、だから期待しててねモノ」
「……何の話? 全然見えてこないんだけど」
「……独り言。気にしないで」
何やらブツブツと呟いたかと思えば、今まで見せてこなかった柔らかい笑みを浮かべたミエム。
モノからしてみれば、何が何やら分からないのだが、彼女が独り言だと追及をさせない姿勢なので、これ以上つっこむのは諦める。
だが、ミエムからずっと感じていた棘のような雰囲気がようやく取っ払われたように感じるのは、きっと気の所為ではない。
その証拠に――、
「とにかく、これからもよろしく。モノのことは絶対にうちが目的地まで連れていくから安心して」
と、もう一度、柔らかい笑みを浮かべたミエムが、モノに手を差し伸べた。
モノの方もそれを掴んで握手する。
彼女の心の中で何の変化があったのかは知らないが、何もかもが突発的で継いで接いだ協力関係が、今、強固な物に変わったような――、
「ああ、こちらこそよろし――」
「……御二方、今、リルアのこと忘れてませんか?」
「はっ……!」
背後で独特な存在感を持って放たれた声に、背筋を凍らせながら振り返ると、表情のひの字もない真顔のリルアが。
ちなみに、完全に忘れていた。
「というよりお嬢さん達、おじさんの事も忘れてないかい? おじさん寂しくなっちゃ――うぐふほぉっ!?」
「あァ? なんか言ったかこのクソ豚ァ。……あ、いけません、リルアとした事が取り乱してしまいました。モノ様、この穢らわしい豚のことは忘れてもいいですが、リルアの事は忘れないでくださいね。リルア、寂しくなっちゃいますっ……!」
「おじさんの台詞パクるな。それと思いっきり鳩尾を殴るな」
リルアの辛辣すぎる態度に、店の男性への同情が隠せないモノ。確かにものすっごい変態オーラが漂いまくっていたが、だからといってこんな不遇な扱いを受けていい訳はない。
「ぐっ……酷い扱いだ……だが、これもいい……! おじさん、何かに目覚めそうだッ……!」
ない、はずだ、多分、恐らく。
「でゅふ、でゅふふふ――」
「――そういや、この街に寄った目的ってカナリア港への移動手段を手に入れる為だって言ってたよな?」
「うん、そうだよ」
「あぁっ……! 無視しないで……! おじさん興奮しちゃう!」
何やら見悶えする不遇な扱いを受けるべき変態男を無視して、モノはミエムへと声をかける。
この街へとやってきた目的である移動手段の入手で確認しておきたいことがあるのだ。
「何を利用するんだ? やっぱ、魔法大国だから、魔法で走る車とか? だとしたらほんとに何でもありだよな、魔法って」
「『魔導車』もあるけど、今回は違う物を利用する」
「やっぱそれっぽいのあるんだ。んで、違う物?」
「うん」
単純な予想を述べたモノだったが、やはりそれらしいものは存在しているらしい。恐るべし魔法の自由度である。しかし、今回乗るのはそれではないようで。
「――――魔法生物車。それを使う」
※※※
「なんて意気込んだは良いけど……まさか今日の便がもう無いとは。魔法生物車、見たかったぜ」
「次の便は早朝。ここで一日寝泊まり、そうとなれば宿を見つけなきゃ。大丈夫、魔法生物車は一日逃してもお釣りが出るくらいの速さだから。だから今日逃したくらいなら平気。落ち着いて、深呼吸、おち、おちおち、落ち着いて」
「ミエム……お前、相当焦ってるだろ。そりゃそうだよな、なんてったって伝令役。一刻も早く、戦闘が始まったことを伝えなきゃいけないからな」
夜だというのにガヤガヤと喧騒が止まない、寧ろこれからもっと五月蝿くなる。が、そんな五月蝿さが心地良い場所――酒場。
魔法生物車の厩舎を訪れ、直ぐに『本日の運行終了』の札に項垂れることになったモノ達。
そして現在、まだ酒が飲める年齢で無いのに関わらず、酒場の一つの木製円テーブルを三人で等間隔で囲んでいる。
ちなみに、話し合いに酒場を持ってきたのはミエムのチョイスだ。
『騒ぐ馬鹿を見ると逆にこっちは冷静になれる』という彼女らしいといえば彼女らしい、辛辣な理由だが。
どうも、その冷静になるという目的は今のミエムの慌てようを見ると、あまり上手く果たされていないようである。
「焦っては……いや、正直に言うと焦ってる。けど、大丈夫なのは本当。ここまでは考えてたペースで来れてるし。でも……おかしい。この街の魔法生物車は夜も営業してた筈なのに」
「理由も、はっきりとは教えてくれなかったな」
「うん、少し気にかかる。でも、ここでとやかく言っても変わらないし、さっき言ったみたいにここからカナリア港まで歩いて三日かかるけれど、魔法生物車なら半日。十分お釣りがでる。だから今日は素直に休むのが正解。うん正解。問題ない、落ち着こう」
「ミエム様にしては考えられないほど口数が多いですね。それだけ気が急いてらっしゃる、ということでございますね……」
モノはカナリア港で集合するというエリュティアとの約束の日には、残り八日もある。
だが、ミエムはそうはいかない、早ければ早いほど彼女にとっては良いのである。
だから――、
「…………」
「モノ? 急に黙ってどうかした?」
「あー、いや、ちょっとな……」
――――正直な話、方法はある。魔法生物車とやらに頼らなくても直ぐにカナリア港まで、というよりこの大陸の何処へでも行ける『能力』が。
モノが『最終兵器』の力を使えば、どうとでもなる。
しかし、今回ティアから念入りに何度も言われた忠告が、『目立つな』ということだった。
故に、海を渡る際も、船で来させられたのだ。
が、今ここにきてモノは葛藤した。
任務のリスクを排除すべきか、目の前の友人の不安を取り除くべきか。
少し前のモノなら、後先考えずにミエムを連れて『白』の力で大陸の空を飛んだかもしれない。
だが、今のモノは『レイリア王国軍』のそれも隊長の座に就いている。
モノの失態が、モノの冒したリスクの結果が、モノだけに返ってくるそんな甘い立場では無いことは隊長になってこの半年間で嫌という程、身体に叩きこまれた。
――責任。簡単に言えばこうだ。だからこそ、少なからず人として成長出来たと思うし、それを否定して動くのはやはり、迷う。
「うーん。最近どうしても慎重になるな……前の私なら何も考えずにパッと行動できた筈なのに」
個人的な感情で動いていいのか、良くないのか。
これは結局、予測ではなく、結果でしか語れない。
結果でしか語れないからこそ、慎重にならざるを得ない。
厄介な事だ。人は成長すればするほど、思い切った行動が出来なくなる。
そもそも、早朝には魔法生物車は運行するのだ。
時間的なロスもあくまで半日くらいだ。任務失敗のリスクを差し出して、手に入れられるのは精々、ミエムの安心だけで――。
「だああ、くそ、どうすればいいんだ」
「モノ様、その内で何をお考えなのかはリルアには分かりませんが、リルアはモノ様がしたいようにされるのがいいかと。少なくともリルアは、モノ様の選択にリルアの全てをもって着いていくつもりでございます」
「私がしたいように、か……」
噛み締めるようにリルアの言葉を反芻するモノ。
まだ、出会って間もない、関係値もそこそこな筈のリルアが、モノにこうやって全面的な信頼を寄せる理由は全く分からない。
けれども、それでも背中を押された、否、支えてくれている気がして、
「――わかった。ミエム、聞いてくれ。…………おい、ミエム?」
心の内で出した一つの答え。
それが正しいのかどうか判断できないまま、木椅子に座るミエムの瞳を覗き込んで――。
――――覗き込んで、モノはその彼女の常にジトっと半開きな薄青の瞳が、更に閉じられ、糸になり掛けているのに気付いた。
「――――」
疲れていたのだろうか。彼女はそのまま言葉を発さぬまま、反応も薄いままガクリ、と支える力を失う。
頭が落ち、ガシャンと鳴ったテーブルの上の食器達。
カランカランと一つのフォークが、床に振動で転げた。
「おい、ミエム? おーい、もしかして寝――――」
――ガシャン。カランカラン。
しかしそれは始まりに過ぎない。
再び同じテーブルで鳴った同じような音。その音に振り向けば、病的なほど白い少女が、その修道服をクシャつかせ倒れている。
「……ッ!? リルア!? おいおい、二人ともどうし――――」
――ガシャン。カランカラン。
――ガシャン。カランカラン。
音は止まない。
しかし、対照に、人の喧騒が――止んだ。
「ぁ…………」
――ガシャン。カランカラン。
――ガシャン。カランカラン。
――ガシャン。カランカラン。
――ガシャン、パリン、カラン、ゴトッ、カラカラ、バリン――――。
やがて喧騒に次いで、何かが倒れて、何かが落ちて、何かが割れたような音も止んだ。
ピタリと。
時が止まったかのように。
物音も、呼吸音も聞こえず、誰もがピクリとも動かなくなる。
それから長いこと呆然と尽くした気がした。
いや、体感的にはそうでも実際には一瞬のことだったかもしれない。
周囲の時間が止まったように感じるせいで、モノの時間も引っ張られて引き伸ばされたような気がしただけかもしれない。
そんな静寂を強制的に破るのは、やはり脳内に響くあの無機質な声で。
『――「白」の権能により、自動的に状態異常効果が無効化されました』
「っ!!」
ナビゲーションシステム――ナビの声によって一気に夢のようなふわふわとした世界から現実へと引き戻される。
戻ってくる自分と周囲の呼吸音。
そこでようやく、モノは自分が眠りかけていたことに気が付いた。時間が引き伸ばされたように感じたのも、強烈な眠気から来たものであると理解する。
それら全てのおぞましい微睡みの誘惑を振りほどくように、勢いよく頭を振ったモノは、ナビの言葉を自らの口で繰り返して――、
「状態異常の無効化……? ナビ、料理に毒は!?」
酒場に居た全員が、騒ぐこと無く、助けを呼ぶことも出来ず、恐らく自分が誘われていることに気付けずに――一斉に眠った。
モノは『白』の力により状態異常を受け付けない身体である為、無事だったが。
モノはここにいる全員の共通の行動である、目の前の食べかけの料理に、真っ先に疑いの目を向ける。
『確認されませんでした。料理は原因ではありません』
が、それは直ぐに否定される。
そもそも店内をよく見れば、まだ手付かずの料理が並んでいるテーブルも存在している。
故に、原因は確かに料理に毒が入っていたとかそういうものでは無い。
「じゃあ、何が…………いや、まさか……!」
再び思考を開始しようとし、その直前で衝動的に立ち上がったモノ。
はっ、とした勢いのままモノは、酒場の外へと飛び出し、
「……!! 酒場だけじゃない、街全体……!?」
「若紫色の髪の少女ねー、こんな中どー探せと。って、あれ。おかしーな。お前、なんで動けてるんだ?」
酒場の外の人々も同様に眠っていることを確認し、愕然としたモノ。
その横から、突如、聞こえるはずのない自分以外の声が響いて――、
「――ぁ?」
振り返り、声の主を視界に入れようとした刹那。
――腹部への衝撃とともに、その視界が弾けた。
「――――」
跳弾のように民家へと、吹き飛ばされたモノ。パラパラと降る破壊された民家の木屑と、舞い上がった砂埃の中で、モノは認識する。
――――こいつは敵だ、と。
「えー今ので死なないの? てゆーかほぼ無傷? うーん、そーゆーの困るな。でも顔見られちゃったし。そーだな」
不思議そうな顔で立つのは、無精髭の生えた、気だるそうな仕草の男。
『ピー……ピー……当機体及び周辺に《異常現象》の発生を検知。原因:大規模魔術。起きた現象は――――《集団強制睡眠》と推測されます』
いつもの警告が鳴り。
システムが此度の波乱の始まりを告げる。
「――――やっぱ消すしかないよな?」
ポリポリと頬を掻いた男。
瓦礫に埋もれ、モノは静かに、冷たく、無機質な瞳でそいつを睨みつけていた。