二章第1話 美少女と自称良い盗賊と臆病な兵士
ケイ達に別れを告げ、馬車に揺られ始めてから数分。モノは窓に付けられた肘掛けに肘を突いて、その腕で顔を支えながら、外の流れる景色に感動を覚えていた。
「おおお! すっごい草原……!!」
雲の少ない青空の下、太陽の光を惜しみなく浴び、すくすくと育ったであろう草花が作り出す若々しい緑の絨毯を、涼しい風が吹き、波打たせていく。
閉じこもり生活をしていたモノにとって、この光景は珍しく、そして美しく、思わず声を漏らしてしまう。
「森の中で目覚めた時は戸惑ったけど、よくよく考えたら監禁生活から抜け出せて、絶世の美少女になって、とんでもない力が使えるとか、もうただの良い要素の盛り合わせだよな?」
訳が分からず殺されて。
訳の分からない場所で目覚め。
訳が分からず美少女の身体になっていて。
訳の分からない力で変態をぶっ飛ばして、と今まではその理解の出来ない怖さについ意識が向かっていたが、落ち着いてみれば実際、悪い事はそんなになかったように思う。
信じていた妹に殺された、という精神的ショックをわざと考えないようにしたらの話だが。
「こうやって、知らなかった外の世界も見れて、むしろいい事ばっかりじゃないか……こう言うと語弊があるかもしれんが、死んでよかった!」
「うんうん、そうだね〜★」
特に、こうして少女として生まれ変わる前には、自分には見ることは出来ないと思っていた、こういう美しい景色を見ることが出来るのが一番嬉しい。
こうなったら、色々な所を巡って観光するというのも悪くない。いや、絶対しよう。
「ああ、やっぱりそう思うよな! って……え?」
と、ふとここで、モノは、今のやり取りに物凄い違和感を覚え、窓の外の景色から馬車の中へ視点を、満面の笑顔をピシッと固めながら顔ごと動かし、そのまま同乗者に向け――え、同乗者?
モノはゾワッと背筋が凍る感覚を抱きながら、飄々とした様子の存在しないはずのものを見つめる。
「――――」
「およ、どうしたのん? そんな可愛い顔で見つめられるとぉ、ナナリン困っちゃう! きゃはっ★」
「…………だよ」
「んー?」
自分の赤くなった頬を両手で押さえて、恥ずかしがりながら身体をくねくねとさせるその少女。
絶妙にウザさを感じるその動作を前に、モノは仰け反りながらワナワナと身体を震わせ、あまりの恐怖に青冷めて全身全霊で叫ぶ。
「いやお前誰だよ!?!!?!?!?」
※※※※※※※※※※
「――や〜びっくりしたよ〜! 依頼受けてこの馬車の荷台で物色してたら、ナナリンに気付かずに急に出発しちゃうんだもん」
「びっくりした〜はこっちのセリフだ! なんで普っ通に私、最初からここにいましたみたいな感じで座っちゃってんの!?」
ナナリンと名乗ったこの少女、聞く話によると誰かから盗まれた品を盗み返してほしいと依頼を受けた、良い盗賊(本人曰く)。
それで、その品を色々と探し回っていた途中で、少女に気付かずに出発してしまったこの馬車の荷台に紛れ込んでしまったらしい。有り得なく不運である。
その後、片道は我慢したが、とうとう狭い空間に耐えきれなくなったらしく、こうやってモノの前に出てきてしまった様だった。
この際、この話がどこまで本当かは置いておくが、一人だと思っていた車内に、突然知らない人が現れるという恐怖体験をしたこっちの身にもなって欲しいものだ。未だに心臓がバクバクいってる。
「まあまあ、そんな凝り固まったジジババの肩みたいなこと言わずに〜! ナナリンのこの可愛さに免じて許してにゃん!」
「よく分からん回りくどい例えをするな! ……それに、言っとくけど私の方が百倍可愛いからな!」
「あ〜★ そういうこと自分で言っちゃうタイプの子か〜!」
あちゃーとまるで重症患者を見るような表情を浮かべる少女――ナナリン。
猫のような可愛らしい薄い青の瞳で、色白の整った顔立ちに、瑞々しい果実を想像させる肩のラインまで伸びた蜜柑色のツインテールの髪。
盗賊としては似合わないが、細いリボンネクタイの着いた服に、黒の手袋、同じく黒いフリルの付いたスカートと焦げ茶のブーツ、と少女が思う『可愛い』を詰め込んだような姿をしている。確かに美しい少女だ。
が、最初の頃に比べてすっかり目覚めてしまったモノのナルシズムを舐めないで欲しいものだ。今のモノはそこら辺の美少女には負けない可愛さだと自負している。
「――それはさておき、君ってなんていう名前なのか聞いてもいいかな?」
「……モノ・エリアスだ」
「モノたんね! 無賃乗車分は後でちゃんと払うとして……驚かせちゃってごめんね、てへっ★ ところで、この馬車はアゼルダに戻ってるってことでいいのかな?」
「まあ、一応悪い奴じゃ無さそうで良かったよ。んでもって、その認識であってるぞ」
「あ〜良かった〜、これで知らないとこ向かってたら面倒臭いしね、きゃはっ★」
向かう先がアゼルダであるということを確認して、ほっとした様子で、胸を撫で下ろすナナリン。
とんでもない状況ではあったが、話してる感じではそんなに悪い人物では無さそうなのでモノも一先ず安心。
お互いが別々の理由で安心した所で、再度、モノは窓の外の景色に視線を移す。
「そんなにここの景色面白い? ずっと何も無いからつまんないでしょ?」
「ん、そうか? 私は結構いい景色だと思ってたんだけど……っと、なんだ、あれ?」
「うん? なになに〜?」
モノが感動を覚えた草原の景色を、何も無くてつまらないというナナリンに、人それぞれの感性の違いというものを感じていると、ふと、草原の波を見ていた視界の淵に、小さく何か複数の影が映り込んだ。
知らず知らずのうちに声を出したモノに、ナナリンも気になったのか、同じように窓から外を覗き込む。
「かなり遠いけど、あれ……人か? 人が魔物に襲われてる?」
「あ〜ほんとだ、あの服装、多分兵士かなんかだね」
目を凝らすと、馬車とはかなり距離があるが、そこでは確かに一人の少年が、本で見たことのあるその少年より一回り大きな水色の魔物――スライム四匹と戦闘を繰り広げていて――、
「なんか、不味くないか? 押されてるように見える……っていうか、剣握ってるけど全然振らないな。あのままだとやられちまうんじゃ……」
「別に己の力不足で魔物に殺されて死ぬなんて、この世界では日常茶飯事だし、放っておけばいいでしょ。ましてや兵士だし……ってモノたん、何してるの!?」
突然、窓から身を乗り出すモノに驚くナナリン。
ナナリンは放っておけ、と言うが、モノには目の前でやられそうになってる人を見捨てることなど、考えられなかった。
だから――、
『特定感情の増幅に伴う、《色彩》系数の上昇を確認。コード:ffffff、《最終兵器》、起動』
「悪い、少し助けてくる! システム・アンロック、
『無重力』!」
「ちょ、モノた……モノちゃん!! 危ないって――――」
「よいしょお!」
空間を自身の色で染め上げる。
感情と世界とを繋げ、『純白』を具現化、溢れ出す。
モノは自身にかかる重力を軽くし素早い動作を可能とさせる、『無重力』を発動し、一思いに窓の縁を蹴り、とてつもない常識外れな速度で魔物と戦っている兵士の元へと、飛び出していく。
「うぇえ!? お、お客様っ!?」
「…………え、うっそ、はや」
その、常識を超えた速さを見て、馬車を操る馭者は驚き、ナナリンはぽかんとした表情を浮かべて呟く。
一方で、飛び出したモノは、そのまま勢いを殺すことなく、魔物目掛けて一直線に向かっていき、そして、
「そおいっ!!」
「!?」
――魔物の一匹に盛大に飛び蹴りをかました。
衝撃的な威力の一発に、ひとたまりもなく、原型を留められなくなったスライムは身体を爆散。
モノは着地と同時に自分の足の裏を草原の緑の絨毯に擦り付け、その摩擦で器用に止まってみせる。
「よっと……ちょっと慣れてきたな」
「き、君は……!?」
「私はモノ。あんたを助けに来た。とりあえず、こいつら片付けるぞ」
自分が殺されかけていた相手の一匹を、文字通り一瞬で消し飛ばした少女に、驚愕する兵士の少年は何者なのかと問う。
その問いに、名前と目的だけを出来る限り簡潔に伝えたモノは、目の前の魔物に向き直り、更に色の力を解放する。
すると、集落の時のように、『白』く光る絵の具のような靄がモノの周囲に漂い始め、同時に、更に軽くなる身体の感覚。その感覚を確かめてから、モノは再度、加速し、
「そい、そおいっ!」
「す、凄い……」
連続した掛け声。残りの三体の内二体を、反撃の隙も与えずに、殴り飛ばす。
速度を最大限に利用したモノの拳がスライムに当たる度に、それぞれのスライムが四散。
『無重力』による移動の際に放たれた、衝撃破に揺れる草原に、ボタボタと大小様々な水色のゼリーが降り注いだ。
「――――!!」
目の前で、自分以外の仲間が、状況を把握する暇もなく、抵抗も許されず、突如やってきた一人の少女によって倒される。
信じられない光景に、残り一匹のスライムは、本能的な部分で、目の前の脅威から逃げられないことを悟り、決死の覚悟で、モノへと飛びかかる。
――スライムの基本的な戦闘方法だ。スライムはその大きな体躯を活かし、人間にのしかかり、体重と粘着性により身動きを取れなくした所を、一思いに捕食する。
普通の少女ならば、飛びかかられた時点で、殆どが藻掻き苦しみ、死を迎えることとなる。下級とはいえ、恐ろしい魔物だ。
が、勿論、残念ながらモノは『普通の』少女ではない。
「システム・アンロック――『拒絶』!」
モノの掛け声に呼応して、現出する半透明の障壁。
のしかかろうとしていたスライムは、その障壁に触れるなり、返り討ちにあう形で逆方向へと弾かれ、その身を浮かす。
空中に投げられ、身動きの自由を奪われたスライム。そこへ、モノは間髪入れず、軽くなった身体で追って飛び、その胴体の中心へと拳を繰り出した。
「そおいっ!!」
拳を受けたスライムは綺麗な山なりの軌道を描き、視界の奥の方へと飛ばされ、着地と同時に爆散。
その姿を見届け、砂埃の付いた服をパンパンと払いながら、モノは後ろを振り返る。
そこには尻もちをついた少年。涙目になりながら、驚いた様子の少年に近づいたモノは、起き上がるのを手伝おうと、手を差し伸べ、
「ふぅ……大丈夫か? あっちに私が乗ってきた馬車があるから、傷の手当とかはそっちでしよう」
※※※※※※※※※※
「――た、助けていただきありがとうございました!! あのままだと、王都直々の指示で来たのに、目的地に着く前にくたばってしまう所でしたよ……せっかくの昇進のチャンスが……いやあ危ない危ない!」
モノに向かって礼儀正しく腰を曲げ頭を下げる、顔以外にザ・兵士といった、とはいえ身軽そうな鎧を纏った、少しクセのある黒髪のどこかなよなよとした雰囲気を受ける少年。
先程は、勢い余って飛び出してしまったが、今はまた馬車の中だ。
特に目立った外傷も見られなかったこの少年を馬車に乗せ、一緒にその目的地であるアゼルダに向かうことになったのだが、
「気にすんなよ。たまたま見かけたから助けただけだしな。それにしても、一人だったはずが……増えたな」
「きゃはっ?」
まあまあ、と、少年を一旦落ち着かせるように座らせたモノは、その少年の隣に座る蜜柑色の二つ結びの髪の猫のような少女に視線を動かし、その姿を見るなり、げんなりとする。
てっきり一人きりの静かな移動の時間になるのだとばかり思っていたが、いつの間にか同乗者が増えているのは何故だろうか。
まだ少年は分かるが、このナナリンとかいう少女に関しては訳が分からない。
当の本人は、さも身に覚えがありませんといった風に首を傾げているが、うん、こいつ一度窓から放り投げてやろうか。
「……まあ、ずっと一人でも寂しかっただろうし、別に良いけどな。馭者は驚いてたけど」
「そうだよ! ナナリンもめっちゃびっくりしたんだからあ! モノたんってば急に馬車から飛び降りてっちゃうんだもん!」
「そういう話じゃないんだけど、強いて言うなら放っておけなかったんだよ……と、そういえば、なあ、名前なんて言うんだ?」
そういえば、と気になったモノは向かい合う形で座った少年に名前を伺う。それに少年は深い緑色の瞳でモノを見つめ、大袈裟に背筋をピンと伸ばして答え、
「は、はい! 僕はアルフレッド・アグランっていいます! アルファなんて呼び方をされてますので、是非皆さんもそう呼んで下さい!」
「アルファか、覚えた。さっきも言ったけど、私はモノ。モノ・エリアスだ、よろしく」
「ナナリンはナナリンでーす、きゃはっ★」
アルフレッド・アグラン――アルファと名乗った少年。その少年に続けて各々が名乗ると、少年は突然、目をキラキラとさせて、モノに詰め寄る。
「そ、その、モノさん! 不躾ですが、さっきの能力って一体なんなんですか!? 魔法じゃ無かったですよね!? あんな真っ直ぐだけど派手な戦闘方法、僕初めて見ましたよ! ちょっと感動しました!」
「わっかる〜! ナナリンも速すぎて目で追えなかったもん」
「あー、なんだろうな、私にもよくわからん」
そう聞かれても、モノ自体、この力のことをよく理解していないので上手く答えられない。
今のところ分かっているのは、『拒絶』という力で透明なバリアを張れることと、『無重力』という力で自分の身体を軽くして、素早く動けるようになること位だ。
あ、あとは、『白色』の靄が出ることも。
モノが質問の答えになりそうな物を、捻り出すことができず、暫くうんうんと唸っていると、ふとそこに、ナナリンが怪訝な表情を浮かべる。
「――あれ? でもさ、あんなに速く動けるのになんでわざわざ馬車なんか使ってるの?」
「………………はぇ?」
三人とも、それぞれ何かしらやらかした状態で、馬車に乗ってるの笑う。
何はともあれ今回から二章開幕です。
物語の展開の都合上、暫くほのぼのが続きます。
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