コロナにかかった人を、自業自得だと考える日本人について
慶応、大阪、広島修道大などの心理学者が、調査されたらしいですね。
→新型コロナに感染した人を、自業自得だと思いますか?
回答――はい。
欧米諸国→ 1%台
日本→ 11.5%
先進国のいくつかの中で、日本の数値だけが、突出していたらしいです。
それは何も、今回だけの事態ではなく、これまでの他の被害調査なんかでも、似たような回答になることが多かったようなんですね。
その結果、どういった国民行動の傾向になってくるかというと、すでに現在被害を受けた感染者への嫌がらせや、差別的な言動につながり、コロナ「2次災害」と呼ぶべきものが、各地に広がっていくことになります。……というか、もうなってます。
自分としては、この手の自業自得話は、前作「心安らかに生きていく方法」で終えたつもりだったのですが、わずかながらそれを読んで下さった方に勘違いさせてしまうかなーと思えたので、最後のツイートをさせて頂きます。
……まず、僕の地元の近くにもいました。
緊急事態宣言がされている最中、都会から、同じ宣言がされている地方の海岸へ、GW休暇を利用してバーベキューセットを持ち込んでパリピってる(もう死語か……)輩が。
近所に住む人たちが眉をしかめるのも、無理はありません。
冒頭に挙げた説だと、このパーティー・ピープルが「バカ騒ぎして、コロナにかかって、自業自得」ということになるんでしょうけど、それはちょっと解釈が違います。
多くの方がご理解されていると思いますが、たいていの場合、そういう人間は人類の最期まで、しぶとく生き残るタイプです。
言い方は悪いですが、「憎まれっ子世にはばかる」、「パリピのほとんどは、コロナ無症状、もしくは軽症患者決定」だと思われます。
別に、人の心を傷つけないなら、いくら勝手に騒いでもかまわないんですけどね……
「自分は犯罪を犯していない。ゆえに自分は悪人ではない」とこの手の人は、だいたい思い込んでいます。
もちろん、僕もそれほど人のことを言えた義理ではありませんが……
しかしまあ、これまで書いてきたものの責任があって、最後の自業自得論、行かせていただきますよ。
まず、問題のパリピが被害を受けるのは、分かりやすく「コロナにかかって苦しむ」ではありません。
彼らは平然と無症状で生き残り、どうやって報いを受けるのかというと、いずれできる、彼らの大事な人(もしくは、自分を扶養してくれている親たち)が、さらに若いパリピの無神経によって、取り返しのつかない事態になってしまうんですね。
それが、もっとも単純な形の、因果応報です。
また、そういった無神経なふるまいをしてきた人間は、普段から周囲にイラ立ちを与えていることが多く、どんなに仕事勤めや、気に入られたい人に心遣いしたつもりでいても、上司や、好かれたい人からは相手にされず、逆に自分にとって一番ねたましいライバルなんかが、意中の人を手に入れたり、先に出世していったりします。
これもまあ、まだまだ単純な苦しみの現れ方だと思いますが……
お馴染みのご都合意見ですが、この段階で人生を方向転換させられる人は、まだ幸福を手にできるように思えます。
最悪なのは、さらにここから、ライバルなんかにーー勝手にライバルと思い込んでいる相手にーー妬みを発動、増幅させていって、挙句、相手のほうが本当は色んなことに配慮して真っ当に生きているから、周りから守られていて発散させる場所がなくて、政治批判、S・J・W=ネット“正義マン”化、さらに飛び火して、コロナ『自粛警察』発動!なんかに推移していくことですね。
一つ、悲しい例を聞きました。
介護施設で働いている方が、コンビニでノーマスクで盛大に咳だか、くしゃみをしている男性を、自治体に通報したらしいですね。
ふだんから、「職場の高齢者にコロナをうつしてはいけない」と細心の注意を払われながら生活していたらしいので、この社会全体が敏感になっている時期に、遠慮のない“ノーマスクくしゃみ”を許せなかったのは、いくらか同意を得られることのように感じます。
自治体どころか、警察に通報して、「私はこの騒ぎが終わるまで、人がいる屋内でノーマスクのままくしゃみをしません」と一筆書かせてから留置場を出させるべきなのでは、という意見もふっと頭をよぎってしまいました。
……しかしまあ、そういう配慮をしない人間は、後から後から、いくらでも湧いて出てきます。
それに、施設に入られている高齢者の方々からバトンを引き継いで、現在の社会を支える基盤の働きをされている中にもそういう方がいて、しかもそのタフさーー悪く言うと、部分的な無神経さーーがないと続かない仕事をされていたりする場合もありますので、そういった方を社会的に拘束したり(自分の身勝手な意見のくせに……)、糾弾したりするのは、あくまで過剰反応であり、筋違いなんですよね……
くどい話ですが、目に余るような無神経な行いをしている人は、その人生の境遇において、必ず「割りを喰う」ことになります。
ふだんの自分の行動に他者が心を痛めていることも知らず、気付こうともせず「何で俺ばっかりがこんな目に……」といつも知人にグチッているのが、そのタイプです。
ノーマスクで盛大にくしゃみをしている風体からでは、ちょっと分かりづらいんですけどね……
十人十色、とはよく言いますけど、『幸福な家庭は、大抵どれも似通っている。不幸な家庭は、皆それぞれに不幸である』とアンナ・カレーニナ(トルストイ)の有名な序文にもありますよね……。
創造に対しての不幸、反骨は大きなメリットもありますが、ただ人への思いやりなく、好き勝手に生きている人間は、やはりそれなりの末路になると思います。
現在、『自粛警察』活動の権利を有しているのは、日本では政府、地方自治体のみです。
世界から見ても、独立不羈の海洋国家日本は、非常に規律的な、多数は思いやりのある国民性ですから、いまだ警察にすら、そんな乱暴化する権限を与えてはいません。(そういった点では、地理と歴史に紡がれた、すごい国民性だと思われます……)
コロナにかかるのは、自業自得などではないですよね……
普段からどんなに気をつけていても、何より、無知だとしても容赦されるべき、人に対して優しさのある行動を取っているからこそ、他者に接触してしまう機会もあります。
この先長く出続けるであろう、コロナにかかる人を攻撃する要因になる、「自業自得論」が10%を占める。その傾向が、過去から変わりない、というのはかなり危険な数値に感じました。
10人のうち1人が騒ぎ始めると、半数(ほどの国民)はいくらか影響を受けてしまうように思えます。
発症した人を拒絶するのではなく、それも自分を含めた社会の一部だと、背負っていく形の方が、騒ぎもいくらか落ち着くように思います。
そういう社会の一部の責任を担う、心の落ち着いた人が増えると、あまりに目に余る”パーティー・ピープル”も、少しは空気を察するようになるかもしれません。
もうこのコロナ禍に適応して、危機がチャンスになると、配慮しながら動き出している人もいますもんね……
そういった変化にはよく置いていかれる自分ですが、どうにかまあ、無神経な人にも過剰に反応せず、粛々と自分のやるべきこと、やりたいことをこなしていきたいと思います。
……長い長い蛇足論になってしまいましたが、ここまで、ありがとうございました!
次こそ小説を上げたいんですが、これまた自分のやり方だと、「常に準備をして(色々インプットしながら)浮かんでくるのを待つ」しかない状況なんですよね……悲しい。
それでは、失礼いたします……!!
後日、近隣、近県に住む2世帯が、コロナにかかって、心ない嫌がらせを周囲にされ、引っ越す事態にまでなったことを知りました。
ほんの少しでも、文書ででも心配して声をかけてあげる人がいたら、その方たちは住み慣れた場所から出ていく必要もなかったんじゃないかも、と思える所もあります。
もし自分がそうなっていたら、本当に寂しかったでしょうね……
早いところ、ワクチンが完成して、多数感染変異で、さらに強毒化しないことを祈ってます。




