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第20話

 俺は放心状態のまま、演劇を見ていた。


 ストーリーは確かだいぶ前に渡された台本を見て知っているはずなのに、劇の内容は全く頭に入ってこない。


 クラスメートが一生懸命、役を演じて声を張り上げようとも俺の耳には届かない。


 先ほどの出来事があまりにショックで、何も手につかない。

 ただなんとか体育館の客席に体を預けて、目だけは劇を見ていた。


「大丈夫?なんか魂が抜けたような顔してるけど?」


 本田が心配そうに俺の顔を覗き込む。「なんだ?体調悪いのか?」と橘まで声をかけてくる。


「いや、大丈夫だ」


 お節介どもに返事をし、俺は色んな事が錯綜する頭を一旦、整理しようと深呼吸する。


 別にあれで漆原が宮藤さんと付き合っていると確定したわけではないだろう。


 では、やはりそういうことをしていたのだろうか?


 幾多の女を落とし、遊び倒してきた男である。あの綺麗な彼女が彼の対象外とは考えられない。


 相手はあの漆原だ。


 信用ならない。


 しかし、彼女が校内でそんなことをする浅慮な女だとは思えない。


 ではなんだというのだ?


 彼女は何故に漆原と話さなければならなかったのか。あんな一目のつかない校舎裏で。男女で一体なんの話を?


 考えても分からぬことを、劇が終わるまで考えていた。劇が終わってすぐに小西と合流し、食堂で談笑している間も、俺は頭を悩ませ続けていた。


 彼らの話は全く聞こえず、悶々と自分の中で処理しきれぬ情報だけが飛び回る。


 橘の話では漆原も呼んでいるらしいが、彼は来なかった。


 今、漆原が着たら、俺は彼にどんな顔で会えばいいのか分からない。

 多分、ガンを飛ばして、しまいには胸ぐらを掴みかかってしまうかもしれない。


 俺は漆原の顔を思い出し、また苛立つ精神を沈めるべく、深く息を吸った。


「美月、なんか変じゃない?」


「最近はいつも変だろ?」


「それもそうだね」


 という橘と小西の会話を聞き流し、深呼吸し、精神統一を図る。


 そうこうしているうちに、夕方の店番の時間になり、俺は彼らと一旦、別れて模擬店へと向かった。


 戦場へと赴くような気持ちで彼女のもとへと向かったのだ。そう。何を思い悩むことがある?


 本人に直接聞けば、すっきり解決できる問題だ。


 その返事次第では、地獄を見ることになるだろう。


 


 


 


 太陽が落ち始めようかと、西の空でうろうろしている中、模擬店のテント内には、もう彼女が来ていた。


 どこか落ち込んだような表情をしている。


 それがすべて漆原の所為なら、しょうがない。あいつは一生、女と会えない顔になるだろう。


 俺が怒りを噛み殺している間に、彼女は早々に模擬店にいる店番と交代し、てきぱきと引継ぎを行う。


 俺はしかめっ面で模擬店テント内に入り、交代する。交代する子が怯えながら、俺にエプロンを渡してくる。


 俺はそれを無言で受け取ると、持ち場に着き、焼きそばを作る。


 宮藤さんは一瞬、俺の方をちらりと見たが、それ以降、一言も発せず、もくもくと作業に没頭していた。


 俺は先ほどのことを聞きたいが、聞きたくないという葛藤の中で、焼きそばを焼き続けて、気が付けば、文化祭一日目が終わりを迎えていた。


 日が落ちて暗闇の中、周りを校内から漏れ出た光がわずかに照らす程度。客足は途絶え、先ほど、来ていたバンドマンのカップルが最後の客であった。


 それもまた、何故か腹立たしい。


「あの………」


 俺は暗くなった模擬店ブースを見ながら、むしゃくしゃしながら、鉄板に残ったコテについたカスを叩き落し、冷めた鉄板を拭いていく。


「あの………上原くん」


「あ?」


「いえ、上原くん大丈夫ですか?」


 声の方に振り向くと、宮藤さんが心配したように俺のことを見ていた。

 その綺麗な双眸が俺を捕えると、むしゃくしゃしている自分を見られたくなくて、不意に口からでた言葉は図らずも怒気が籠っていた。


「は?」


「………いえ。すいません」


 そうして、模擬店撤収作業に入るころには、クラスメートの応援も来て、撤収自体は早くに終わった。


 俺たちが模擬店を片付け終わるころには、もうホームルームも終わっており、模擬店組はそこで解散となった。


 皆が帰っていく中、彼女は俺のことを気にしていたが、俺の顔を見るとおずおずと帰っていった。


 俺はそんな彼女の背中を見ながら、憤りを必死に収めようとしていたが、どうにも理にかなっていない怒りに、自分の中で違和感を覚えた。


 秋の澄んだ風に当てられ、冷えて乾いた唇をふと舐める。どこか血にも似た味がした。


 他の模擬店もとっくに撤収を終えたようで、俺は一人、夜の校内に突っ立っていた。

 すると、熱された気持ちは冷めてくる。

 熱されて馬鹿になっていやしないかと、彼女に当たるのは筋違いもいいところではないかと反省する気持ちが生まれ、気が付くと、俺の足は動いていた。


 校門を抜け、校舎の塀が続く道を走っていく。


 冷たい風を切って、走っていくと、息が上がり、喉が渇いて、薄い息が口から漏れ出る。


 そうして、一人、とぼとぼと帰っている彼女を見つけた。


「み………宮藤さん!!」


 俺の声に彼女が振り返った。


 その顔は困ったような、悲しそうな顔に見えて、俺はまず謝罪から入ろうと思った。


「さっきはごめん。イライラしていて」


「えっと………いえ。私も上原くんが不機嫌だと分かっていながら声をかけたので」


「いや、悪かった。ごめん」


 俺は頭を下げる。


 もう時刻は6時半で、他に生徒も見当たらない。そんな中で、急に不良みたいな奴に後ろから声を掛けられたら、怖いかもしれない。


 しかし、どうしても声をかけたかった。


「いえ。頭を上げてください………よかったです。いつもの上原くんで。さきほどまでは私が知らない頃の上原くんでしたから」


「………ごめん」


「いえ。すいません」


 俺たちは二人して謝り、次に何を言おうかとお互いに頭を悩ませた。


 車の通りの少ない道で、澄んだ空に、綺麗な三日月だけがポツリと浮かび、俺はそれを見ながら、どう彼女に切り出そうかと考えあぐねいていた。


 それは彼女も同じようで、困り眉に、目が泳いでいる。それを可愛いと思えるくらいには俺も少しは落ち着きを取り戻していた。

ここからはストーリーも、結構スムーズにいけると思います。

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