009 シロコダイルを狩る
シロコダイルの沼地へ向かう道中、変わったウサギを発見した。
「あいつも魔物なのかな? 普通のウサギより臆病者のようだが……」
紫色のウサギだ。
全身が紫色で、とんでもなく警戒感が強い。
全力で気配を殺した俺が、半径20メートルにすら入れなかった。
敵を認識した瞬間に悪臭を放つスカンクを無臭の状態で殺せる俺が、だ。
あの紫色のウサギ、一体どんな味がするのだろう。
食べてみたくて仕方なかったが、今は後回しにする他ない。
俺は丸焼きにしたウサギの味を妄想しながら道を進んだ。
「あれだな」
茂みの向こうに沼地を発見。
想像していたよりも遥かに大きな沼地だ。
東京ドーム1個分はありそうな広さをしている。
そこには全身の色が真っ白のワニが棲息していた。
一目見てそいつがシロコダイルであると確信する。
まずは観察から始めるとしよう。
「思ったより小さいな」
シロコダイルの大きさは全長4メートル前後。
これは一般的な大人のクロコダイルと同程度の大きさだ。
魔物ということで6メートル級を想定していた。
数は10匹ちょっと。
1匹単位で点在しており、群れてはいない。
サクッと仕留めればサシで戦うことが出来るだろう。
沼地には他にも色々な動物も棲息している。
それが魔物なのか、普通の動物なのかは分からない。
ただ、一様にシロコダイルを恐れているのは確実だ。
シロコダイルが近づくと、どんな動物も逃げていく。
「おや? あれは……」
少し離れたシロコダイルの捕食シーンを発見。
食べられているのはゴブリンと似た魔物だ。
似ているけれど、背丈が決定的に違っている。
食われている魔物はおそらく2メートル超えだ。
「魔物同士で食い合うんだな」
勝手に魔物と魔物は仲良しだと思っていた。
しかし、実際のところは普通に争うようだ。
魔物もそこらに棲息する野生の動物と変わらない。
俺は認識を改めた。
「色違いのクロコダイルってところだな」
シロコダイルの戦い方はクロコダイルと完全に同じだ。
基本的には噛み付きの一辺倒。
見事に噛み付くことが出来ると、そのまま沼地へ引きずり込む。
この時に相手が激しく抵抗すると、身体を横に高速回転させる。
俗に「デスロール」と呼ばれるワニの必殺技だ。
「把握した」
観察はもういいだろう。
俺はシロコダイルの討伐に乗り出した。
「奴に決めた」
対象を最寄りのシロコダイルに決定。
沼地から陸に上がってすぐのところで固まっている。
こちらに背を向け、沼地を眺めたままピクリとも動かない。
おそらく餌を選定している最中だ。
「スー……ハー……」
大きく深呼吸をしてから歩きだす。
クロコダイルを500匹は狩った俺でも、この瞬間は緊張するものだ。
慎重に気配を殺しながら近づいていく。
(よし、間合いに入った)
シロコダイルまで数メートルの距離に到達。
素早く周囲の様子を窺う。
付近に敵影なし。
(やるぞ)
罠付き棒を両手で持ち、ワニへ向けて伸ばす。
そーっと、そーっと、罠結びの輪っかを進ませる。
時間にして数秒なのに、永遠にも感じられる焦れったさだ。
それでも順調に作業は進み、いよいよ輪っかがワニの頭上に。
――今だ。
「うおおおおおおおお!」
これまでの慎重さから一転。
今度は豪快に棒を振るった。
罠結びの輪っかがワニの口に入る。
「どりゃああああああ!」
全力で棒を引く。
輪っかがキュキュキュッと締まる。
「グゥゥゥゥ!」
暴れ狂うシロコダイル。
尻尾を左右に振り回して必死の抵抗。
この尻尾も危険だ。
当たれば余裕で骨折できる。
「魔物といえどもワニなんだろ? お前ぇ!」
棒を手から離すと同時にナイフを抜く。
全力で跳躍し、ワニの胴体に跨がり、即座にナイフを突き刺す。
狙いは首根っこで、頭に向かって斜めに刃を通した。
豆腐の如くとはいかなかったが、かなりあっさりと刺さる。
流石は定価50万ゴールドのミスリルナイフだ。半端ねぇ。
「グァ!」
シロコダイルが断末魔の叫びと共に即死する。
どうやらコイツの急所も普通のワニと同じだったようだ。
「増援は!?」
すかさず周辺をチェック。
倒したことに安堵するのは三流だ。
サバイバルの極意は常に警戒を絶やさないこと。
「問題ないな」
他のシロコダイルに変化はない。
こちらへ駆けつけてくるような気配は見られなかった。
他の動物もこちらには近づいてこない。
シロコダイルの死体があるからビビッているのだろう。
「あとは持ち帰るだけだな」
ミスリルナイフでシロコダイルを捌く。
まずはクエスト達成の証である頭部を切断して確保。
次に太くて長い尻尾を切断し、頭部の横へ置く。
最後に胴体の皮を剥ぐ。
「よいしょっと」
剥いだ胴体の皮で尻尾と頭を包んで左肩に掛ける。
「撤収ーッ!」
声高に勝利宣言をした後、逃げるようにその場から離脱する。
今回の戦いで、俺はシロコダイルの皮と尻尾をゲットした。
皮は鞣して革にし、武器屋のおっさんに寄付する予定だ。
ミスリルナイフを破格の値段で売ってくれたお礼ってわけ。
尻尾は――今から食べる。