007 法外な値下げ交渉
人生初クエストなので、まずはクエストについての説明を受けた。
ただ倒せばいいのではなく、倒した証が必要になるとのことだ。
シロコダイルの場合は、切断した頭部を持ち帰らねばならない。
「いらっしゃい!」
クエストをこなすにあたって武器を買うことにした。
出来れば裸一貫で突撃したいが、クエストだから武器を使う。
冒険者として仕事する以上、つまらぬエゴは捨てて臨む。
「ここは良さげな武器が揃っているな」
色々な武器屋を巡り、この店に到着した。
脇道へ逸れた所にある小さな店で、どの武器も質が良い。
「その若さで良さが分かるとはてぇしたもんだ」
おっさん店主が感心したように言う
己の仕事に誇りを持っていそうな職人面をしている。
「これらの武器、もしかして自分で作ったのか」
「おうよ。ウチの商品は全て俺が作った! 全てが一点物だ!」
「なるほどね」
俺が欲しい武器はナイフだ。
この店には8本のナイフが売られていた。
価格は30万から50万。
一方、俺の全財産は10万。
ハハハ、全くもって足りない。
「このナイフが気に入った。これが欲しい」
それでも俺はナイフを買うことにした。
持ち合わせが足りずとも、交渉すればどうにかなるだろう。
俺は言葉の通じない謎の民族とも打ち解けられる男だ。
この程度の交渉は慣れている。
「お目が高いねぇ! そいつはミスリル鉱石で作ったナイフだ!」
「このナイフはシロコダイルの皮膚を切れるかい?」
「楽勝さ! なんたってミスリル鉱石で作ったナイフなんだぜ?」
「それはすごいな。流石はミスリル鉱石で作ったナイフだ」
ナイフの質が問題ないことを確認する。
次に値札を確認したところ、50万ゴールドだった。
つまりこの店で売っているナイフの中で一番高い。
「このナイフを譲ってもらえないか?」
「いいぜ! 50万だ!」
「そこをどうにか10万にまけられないか?」
まずはストレートに要求。
「10万だぁ!? ナマ言ってんじゃねぇ! 冷やかしなら帰りな!」
案の定、キレられる。
「出世払いでどうにかならないか?」
「冒険者の出世払いほど信用ならねぇものはねぇ!」
「一理ある」
ここまでのやり取りは想定の範囲内。
色々な国で値引き交渉をしたが、往々にしてこの展開だ。
ここからが俺の真骨頂である。
サバイバル生活で身に着けた能力を活かす。
「だったらじゃんけんで決めよう」
「じゃんけんだぁ?」
「もしかしてじゃんけんを知らないのか?」
「知ってらぁ! グー、チー、パーのやつだろぉ?」
「それだ。俺があんたに30連勝したら10万にしてくれ」
「さ、30連勝だと!? そんなこと不可能だろ!」
「だからこそ、出来たら10万に値引きしてほしいんだ」
「いいだろう。負けたら諦めろよ、あんちゃん」
「分かってるさ」
あっさりと承諾してくれた。
この展開もまたどこで交渉しようと変わらない。
30連勝など不可能に思えるから快諾されるのだ。
「まずはじゃんけんのルールをおさらいしたいから3回ほどウォームアップで勝負だ。これは本番じゃないから勝敗は度外視だ。いいな?」
「おうよ」
「いくぜ。じゃんけん、ぽん!」
俺の手はパー。相手はチョキ。
「俺の勝ちだ! 初っ端から負けてるじゃねぇか!」
「今は本番じゃないからいいのさ」
その後、続けざまに2度の練習試合。
結果は俺の1勝1敗。最初の負けも含めたら負け越しだ。
(把握したぜ)
練習試合の間、俺は男の手を凝視していた。
筋肉や指の動きを捉える為だ。
もはや相手が何の手を出すかは読める。
負けの芽は完全に摘んだ。
あとは約束された勝利を掴むだけ。
「始めようか」
「おう」
「じゃんけん……」
「「ぽん!」」
ぽんの声と同時に男が手を振り下ろす。
俺にはその動きがコマ送りのハイパースローに見える。
ピクピクッと動く指を見て、相手の手を読んだ。
(チョキを出す気だな)
そう判断して俺はグーを出す。
結果、男はチョキを出し、俺の勝利が確定した。
じゃんけんの必勝法――それは後出しだ。
ただし、相手が後出しと気づいては成立しない。
その為、一見すると同じタイミングで手を出している。
実際は誤差の範疇とも言える刹那の差で俺のほうが遅い。
このイカサマは、サバイバルに必要な観察力と対応力の集大成だ。
俺がこの技術を身につけたのは、シベリアの森でクマと対峙した時。
手を読み違えば即死は免れない中で、奇跡的にも会得することが出来た。
「ぽん!」
「ぽんッ!」
「ぽおおおおおおおん!」
その後も俺は勝ち続けた。
5連勝、10連勝、20連勝、そして――。
「ほい30連勝達成!」
「そんな……嘘……だろ……本当に……30連……そんな……」
「約束通り、このナイフは10万で売ってもらうぜ」
「ああ、分かったよ。それにしても、どうやったんだ……?」
「実はただの後出しなんだよね」
「ありえん! たしかに同じタイミングに出していたぞ!?」
「ヒグマと睨めっこすればあんたも出来るようになるぜ」
こうして、俺は上等なミスリルナイフを手に入れた。
このナイフがあればシロコダイルも楽勝だろう。
武器屋のおっさんにはいずれ恩返しをしないとね。