005 酒場で飲食後、クリスの家で
冒険者登録は本当にあっさり終了した。
紙に名前を書き、謎の石版に手を置いたらおしまい。
登録に掛かった時間は1分にも満たなかった。
「これが冒険者カードかぁ」
「他人には使えないからなくしても問題ないけど、再発行には結構なお金がかかるから大事に扱うのよ」
「了解」
冒険者登録を行うと、冒険者カードなるものを貰った。
今なら分かるが、クリスが服屋で支払いに使ったのも冒険者カードだ。
冒険者カードにはカード決済機能が備わっている。
コイツがあれば現金を持ち歩く必要がないわけだ。
仕組みは不明だが、このカードは本人しか使えない。
身分証の役割も兼ねており、まさに万能だ。
「あげたお金は大事に使ってね」
「もちろん」
俺のカードには10万ゴールドのお金が入っている。
カードを作った際に、クリスが「無一文だと辛いでしょ」とくれたのだ。
貨幣価値は不明だが、クリス曰く「10万あれば1週間は過ごせる」とのこと。
冒険者登録が終わると、酒場にやってきた。
ここでもまた、俺はクリスに奢ってもらうこととなる。
遠慮することなく肉を食らって牛乳を飲みまくった。
まだ昼前なので酒は控えておく。
ちなみに、この世界では昼から酒を飲むのは普通らしい。
クリスは飲んでいないが、近くでおっさん連中が飲んだくれていた。
「ノブナガって素手の戦闘が得意なの? 昔は武闘家だった?」
クリスは尋ねると、豪快に骨付き肉へかぶりつく。
「別に得意じゃないよ。モンクってクラスの名前だっけ」
「そっそ」
クラスとは言うなれば戦闘スタイルのことだ。
長剣と盾で戦うのは剣士、両手持ちの大剣を振り回すのは戦士。
モンクは素手やメリケンサックで戦うクラスである。
「昔の記憶は喪失しているから分からないが……」
記憶喪失であることを強調してから答える。
「俺はナイフを使った戦闘が得意だ」
「ナイフ? 短剣で戦うの?」
「うむ」
「ナイフ使いってあまり聞かないなぁ。ほんとノブナガって何から何まで意外」
ナイフはサバイバル生活における必需品だ。
どれだけ過酷な環境でも、ナイフがあればどうにでもなる。
元軍人の俺にとって、ナイフは最強の万能ツールだ。
「色々と良くしてもらったお礼にいつかナイフ捌きをお披露目するよ」
「楽しみにしておくね」
そう云った後、「しばらく後のことになるけどね」と付け加えるクリス。
「それじゃ、次の場所へ行こっか!」
「おう――で、次はどこに行くんだ?」
クリスはすまし顔で答えた。
「私の家だよ」
◇
そんなわけで、クリスの家にやってきた。
庭付きのそこそこ大きな二階建ての一軒家だ。
一人暮らしとのことだが、それにしては贅沢である。
(マジで家に来ちゃったよ……)
クリスと出会ったのは3時間ほど前のこと。
なのにもう、俺は彼女の家に来て、彼女と二人きりだ。
邪な妄想をせずにはいられなかった。
「どうしたの? 入って?」
「あ、うん、入る」
緊張の面持ちでクリスの家に入る。
これから何が始まるのだろう、と胸中がざわつく俺。
「ここがリビング」
「ここが浴室。お風呂とシャワー完備」
「使用後のタオルはこの箱に入れておくと自動でクリーニングしてくれるよ」
「ここが食堂。お客さんとご飯を食べるなら此処だね」
家の中を隅から隅まで案内されていく。
そして最後に、2階の奥にある部屋へやってきた。
「ここが私の部屋。女っ気ないでしょ?」
「たしかに」
本当に女っ気のない部屋だ。
なんだかビジネスホテルみたいだな、と思った。
ダブルサイズのベッド、クローゼット、小さいテーブル、等々。
いや、そんなことよりも……。
「家の中を案内してどうするんだ?」
俺の興味はそこにある。
家に来た当初は「まさかのチョメチョメ!?」と興奮した。
だが、家の中を案内されていく内に、意味が分からなくなった。
「それはね――」
クリスが小さな笑みを浮かべながら言う。
「――今日から此処がノブナガの家になるからよ」