041 吉永流戦闘術・神仙掌
「もう駄目だ……」
「クッ、こんなところで死ぬとは……」
「こんなイベント引き受けなかったらよかったわ……」
仲間の絶望に染まった声が聞こえる中、俺は冷静に考える。
どうやって目の前の巨大パンダことA級キングベアを仕留めるか。
データは少ないけれど、それでも分かったことはいくつかある。
1つ、ミスリルナイフすら防ぐ圧倒的な防御力。
2つ、側面や背面の奇襲に対して完全に無警戒。
(通用するか分からないが他に手はないな)
俺の人生で最も絶望的だった戦いがヒグマとの一戦だ。
ロシアの某所でサバイバル生活をしていた時に遭遇してしまった。
全長2.5メートルの大型。あろうことか空腹に飢えていた。
俺はそのヒグマを素手で葬った。
今の状況は、まさにあの時と同じ程度に絶望的だ。
いや、あの時よりも絶望度合いは高いと言えるだろう。
目の前の巨大パンダことキングベアは、ヒグマよりも強い。
「ゴブイチ」
「ゴブ?」
「リュックをよこせ」
「ゴブ!?」
「いいから早くよこせ」
「分かったゴブ!」
ゴブイチから受け取ったリュックを背負う。
「ジャック、ゴブイチ、今から作戦を説明するぞ」
俺は手短に作戦を説明した。
ゴブイチは驚愕していたが、ジャックは冷静に了承する。
そして、直ちに行動を起こした。
「ゴブゥー……」
背後からゴブイチの声が聞こえる。
「さぁ、やろうか」
俺は両方の掌をキングベアに向けて構える。
拳は作らない。
この相手に拳をぶち込んでも通用しないから。
「グァオ!」
キングベアが襲ってくる。
相変わらずのデタラメコンビネーションだ。
「効かん効かん!」
敵の攻撃を掌でいなしていく。
真っ直ぐに受け止めると骨が砕けるから、横から触れて流す。
「グァオ! グァオ!」
キングベアが咆哮する。
攻撃が命中しなくて苛立っているのだ。
ここまでくれば奇襲は絶対に成功する。
「ジャック! 今だ!」
俺は合図を出した。
「キュイイイン!」
俺の頭上でジャックが鳴く。
そして――。
「ゴブゥウウウウウウ!」
上からゴブイチが降ってきた。
そう、ジャックはゴブイチを掴んで飛んでいたのだ。
ペタッ。
キングベアの頭にゴブイチが落下。
顔面にしがみつくゴブイチ。完全に作戦通り。
「グオ!?」
キングベアが怯む。
急に視界を塞がれたからだ。
この時に出来た一瞬の隙を見逃さない。
「食らえ、吉永流戦闘術――」
腰を落とし、空手の構え。
「――神仙掌!」
そこから繰り出される正拳突き。
否、厳密には拳でなく掌。
正拳突きのフォームで掌を突き出す。
それはキングベアの胸部を捉えた。
「二式!」
更に同じ場所へ掌を当てる。
「三式! 四式!」
刹那の時間に連打。
一箇所をひたすらに掌で突く。
その結果――。
「グァアアアアアアアアアアア!」
キングベアが大量の血を吐きながら崩落した。
崩落の勢いで吹き飛ばされるゴブイチ。
それを空中でキャッチするジャック。
「ノブナガ、今のは何ゴブ!?」
「吉永流戦闘術・神仙掌――空手とゼットンを組み合わせた攻撃さ」
ゼットン。
それはアフリカの小民族に伝わる生活術の一つ。
主に木を伐採する際に使われる技術で、内容は掌の突きである。
その原理は至ってシンプル。
掌が当たった際に生じる振動で対象を破壊している。
同じ場所に二度・三度と当てることで、その振動は倍増していく。
いくら頑強な皮膚でも、振動は防げない。
斬ることも殴ることも通用しない以上、これしか道はなかった。
「キングベアをソロで倒した……だと……?」
「嘘だろ……俺は夢でも見ているのか……?」
「S級でもPTで挑むレベルの敵なのに……!」
フリッツ達が驚愕している。
今にも顎が外れそうな程に驚きながら。
「驚くのは後にしようぜ。また敵が来るかもしれない」
俺は手をパンパンと叩き、連中を正気に戻らせる。
「なにはともあれ勝利したんだ。さ、帰ろうぜ」
茫然としている仲間達を連れて帰路に就く。
(神仙掌が通用したから良かったが、通用しなかったら終わっていたぜ)
ふぅ、と安堵の息を吐く。
この時、俺はまだ知らなかった。
キングベアをソロで倒したことがどれほど衝撃的だったか。




