004 冒険者ギルドで大男と戦う
色々と案内された後に冒険者ギルドへやってきた。
冒険者ギルドというのは、冒険者が仕事を受注する為の場所だ。
冒険者の仕事を「クエスト」と呼ぶらしい。
聞き覚えがあると思ったら、安井さんの馬鹿息子がよく言っていた。
今回は俺の冒険者登録を行う。
登録をすることで、俺も晴れて冒険者になるわけだ。
冒険者登録はよほどの前科がない限りすぐに終わるとのこと。
重犯罪者は冒険者になれないらしい。
「こないだリザードマンを狩りに行ったんだけどさぁ」
「サンドスライムの討伐で他のパーティーとかちあってさぁ」
「やっぱ魔法使いはパーティーに必須だよなって思いましたよ」
冒険者ギルドに入るなり、あちらこちらから話し声が聞こえる。
無数に置かれた木のテーブル席は例外なく埋まっていた。
(へぇ、冒険者って若い子にも人気があるんだな)
俺は冒険者について偏見を持っていた。
おそらく強面で筋肉質の野郎が大半なのだ、と。
実際にそういう者も居るのだが、他の人種も少なくない。
クリスと同じような若い女もしばしば見受けられた。
「おっ、クリスだ」
「本当だ、クリスだ」
「なんか男を連れているぞ」
「見たことない面だな、よそ者か?」
「クリスが他人を連れているなんて珍しい」
ギルド中の視線が俺達に集まる。
どうやらクリスは有名人のようだ。
事前にそう伺っていたから驚きはしない。
「あの奥にある受付カウンターで登録――」
歩きながら話すクリスの前に金髪の大男が立ち塞がった。
額に出来た深い傷の痕が強者感を醸し出している。
実際にそれなりの腕前であるように感じられた。
これは長いサバイバル生活で身に着けた技術だ。
野生の動物と同じく、一目で相手の強さを見極められる。
本能的な技術だから、教えて身につくものではない。
「クリス、俺達のクランに入ってくれよ」
「しつこいわね、私はどこのクランにも入らないって」
「なら俺と勝負して俺が勝ったら入るってのはどうだ?」
「お断りよ」
鬱陶しそうに誘いを断るクリス。
「戦って負けるのが怖いのかよ」
「私の方が強いのだからそんなわけないでしょ」
「じゃあなんだって言うんだよ」
「あんたみたいな連中をいちいち相手にしていたらキリがないの。だって私、あんたの名前すら覚えていないもの」
「なんだとぉ!?」
「私、自分より弱い男には興味ないのよね」
口の強い女だ。
いや、強いのは口だけではない。
俺の見た限りだと、クリスはこの大男よりも強い。
有名人なだけあって、彼女より強そうな人間はこの場に居なかった。
「だったらコイツはなんなんだよ!」
大男が怒鳴る。
コイツと言って指されたのは俺だ。
「俺はノブナガだが?」
「お前の名前なんか聞いてねぇ!」
男がクリスを睨む。
「コイツが俺より強いって言うのかよ!」
「それは……」
クリスが口ごもる。
ばつの悪そうな表情を浮かべた。
「さっき自分より弱い男は興味ねぇて言ったよな。じゃあコイツはお前より強いんだよな。コイツに勝ったら俺達のクランに入れよ!」
なんたる暴論だ。
「そんな、ノブナガは関係ないでしょ!」
クリスが声を荒らげる。
周囲の冒険者はギャーギャー盛り上がっていた。
中には「盛り上がってまいりました!」と実況する者まで。
「まぁ待て、クリス」
静観しているつもりだったが、事態が事態なので俺も動く。
クリスと男の前に割って入った。
「クランが何かは分からないが……その勝負、受けよう」
「ノブナガ、正気!? 相手はそれなりに強いよ?」
「こう見えて俺も強い」
熱狂する野次馬連中。
いつの間にか俺達と男を囲む円陣が組まれていた。
「威勢のいい野郎だなぁ! 後悔しても遅いぞ!」
「とりあえず武器の使用は無しで頼むぜ」
男が「いいぜ」と微笑む。
「うっかりお前を殺すかもしれないからな。殺人罪で捕まるのはゴメンだ」
「俺がお前さんを殺さないようにする為だよ」
「なんだとぉ!?」
俺はファイティングポーズを取る。
だらりと右腕を下に垂らした左利き用のボクサースタイル。
左手はきっちりと力を入れて顎を守る。
「来いよデカブツ。力の差を教えてやる」
「てめぇ! 調子に乗ってんじゃねぇ!」
大男が突っ込んでくる。
図体に反して素早い動きだ。
だが――。
ガッ、ガッ、ガッ。
――男が右の拳を振り上げようとする間に勝負が終わった。
垂れていた俺の右腕が地を這う蛇のように動き、男の顎を3連打したのだ。
「ンゴッ……!」
膝から崩れ落ちる男。
強烈な脳震盪で意識はぶっ飛んでいる。
沸き上がっていた野次馬が一斉に静まり返った。
「ノブナガ、今のは……?」
「同じ場所にフリッカージャブの3連打――俺は〈雷光三閃〉と呼んでいる」
俺は数多の戦闘技術を身につけている。
猛獣と戦う際、最後に頼れるのは己の肉体だからだ。
ボクシングもその一つ。
しかし、ボクシングの技術はあまり使えない。
所詮はルールに則って戦う紳士的な競技だからだ。
その為、ボクシングをベースに古武術を取り入れて改良している。
古武術の多くは相手の破壊を目的とするものだから実戦向きだ。
今回の戦いでは、相手が弱すぎてボクシングの技術だけで終わった。
「小僧、素手でツキノワグマを倒せるようになってから出直しな」
失神した男に言い放つ。
それからクリスと共に受付へ向かった。