037 数で仲間を驚かせてみた
夜が明けた。
何の問題もなく朝が始まる。
「生きてるかF級!」
ザウスが寝床を覗き込んできた。
緊張感のない呑気な声だ。
覗き込む前から生きていることを確信していたのだろう。
「おはよう、早起きだな」
「出来る冒険者の朝は早いものだ」
「出来る冒険者なぁ……」
それって君のことかい?
――などと言えば喧嘩になるので言わないでおこう。
「ザウス様、朝ご飯の準備が整いました」
「おうよ!」
ザウスは俺に「じゃあな」と言って消える。
「俺達も起きるとするか」
ゴブイチを叩き起こし、ジャックを肩に乗せ、寝床から出る。
ザウスは女奴隷の用意した焚き火を囲み、串焼きを頬張っていた。
隣のフリッツPTも朝ご飯を食べているところだ。こちらも串焼き。
俺もそうだが、どいつもこいつも串焼きの一辺倒である。
「よく眠れたようね」
今度はイザベラが声を掛けてきた。
「そちらもぐっすりだったようで」
「私は〈絶対防壁〉があるからね。貴方とは状況が違うわ。無防備の中で堂々と眠る胆力は相当なものよ。私だったら不安で眠れないと思う」
「慣れるまで俺も苦労したものさ」
初めてサバイバル生活をした時は、俺も眠れなかった。
大した危険のない森だったが、不安から睡眠不足になったものだ。
誰だって最初はそういうものだろう。
経験を積んでいくことで、警戒を維持したまま眠れるようになる。
「朝の川は冷たくて最高だぜ」
近くの川で顔を洗い、ついでに川の水をそのまま飲む。
俺の横では、ジャックも美味しそうに水を飲んでいる。
「うめぇ」
「キュイイイイン!」
冷蔵庫で冷やしたかのような水が喉に潤いをもたらす。
お腹がちゃぽんちゃぽんになるまで飲んでいたかった。
「どうして煮沸消毒しないゴブ?」
水を飲んでいるとゴブイチが尋ねてきた。
そんなゴブイチも、遠慮することなくそのまま飲んでいる。
ゴブリンの胃袋は人より頑丈なので、よほどの毒がない限り生水は平気だ。
「この川には汚れる要素がないからな」
「汚れる要素ゴブ?」
「川が汚れる理由は主に落ち葉と排泄物なんだ。それらが蓄積されることで菌が繁殖し、そのままだと飲めなくなる」
「なるほどゴブ!」
「準備はいいか? 問題ないなら出発しよう」
フリッツが言う。
いつの間にか、俺以外の3PTは準備を済ませていた。
寝袋は回収され、焚き火は消されている。
「もたもたしてると置いていくぞF級!」
「わりぃわりぃ」
素直に謝り、毛布をリュックに詰める。
移動再開だ。
◇
朝から移動を開始する、というのは賢い選択だった。
朝の気温はそれほど高くなく、むしろ快適だったからだ。
しかしそれも束の間のこと。
数時間もすれば、昨日と変わらぬ、いや、昨日以上の暑さとなった。
「暑くてたまらん! 全身が焦げ付きそうだぜ!」
ザウスが苛立ち始める。
「鎧の中が蒸れてきついな……」
フリッツのPTも苦しそうだ。
「死にそうゴブゥ」
ゴブイチも舌を出してハァハァ言っている。
「あんたらは余裕そうだな」
一方、イザベラのPTは全員が余裕そうだ。
薄手の服を着ているから、ということだけが理由ではない。
褐色の肌に汗が浮かんでいない辺り、暑さに対して純粋に強いのだ。
「この程度、グランアットの人間なら誰でも余裕よ」
「グランアットってそんなに暑いのか?」
「此処よりも寒暖差が激しいよ。夜は此処より冷え込むし、昼の最高気温は50度を超えるから。今はおそらく40度かそこらでしょ。余裕だわ」
「なるほどなぁ」
砂の都グランアット。
話を聞いていてエチオピアのダナキル砂漠を思い出した。
あの砂漠も夏の最高気温は50度近くまで上がったはずだ。
で、夜はがっつりと冷え込む。
「おいF級、今回は戦ってもらうぞ!」
ザウスが俺達の会話を切り上げさせる。
前方にシロコダイルの群れが待機していたからだ。
その数は12体で、横一列に並んでこちらを睨んでいる。
レース開始直前の競走馬みたいだ。
「シロコダイルか。ここにも棲息していたんだな」
色々な淡水域に棲息しているとは聞いていた。
しかし、まさかこの川辺で遭遇することになるとはな。
しかも今度は正面からの対決だ。奇襲は通じない。
「俺のPTで6体引き受けよう。ザウスのPTはとりあえず2体で。モンクはシロコダイルとの相性が悪いから、3体目以降は余裕があれば頼む」
フリッツが自然と指揮を執っている。
ザウスは当たり前のように「分かったぜ」と従っている。
現時点における最優秀賞候補は誰が見てもフリッツだ。
「イザベラ、君のPTは何体までいけそうだ?」
「4体。時間をかけていいなら5体ね」
「なら3体で頼む。ノブナガ、君は残った1体を頼む。ソロの君でも1体なら大丈夫だろう? 過去に狩ったと言うし、出来れば任せたいのだが」
やれやれ、俺はため息をついた。
「大丈夫じゃないな」
「やはり正面対決は厳しいか。たしか君は奇襲して敵を倒したと言っていたよな。だったら今回は後ろで――」
「違う」
「えっ」
驚くフリッツ。
「1体じゃ少ないって言ってるんだよ、俺は」
「「「「「えっ」」」」」
今度はその場の全員が驚いた。
ゴブイチやジャックまで驚いている。
「6体だ。敵の半分を俺が引き受けよう」
「ちょっと貴方、今はふざけてる場合じゃ」
イザベラの言葉を「ふざけてないよ」と遮る。
ゴールまでの距離はそれほど長くない。
戦闘回数は今回を含めてもおそらく2~3回程度だろう。
だったら、そろそろ俺も活躍していかなくてはならない。
「悪いが俺も最優秀賞を狙っているんでね、そろそろポイントを稼がせてもらうよ」




