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003 セントクルスに到着。服を着替える

 女はクリスと名乗った。

 おそらく本名じゃろう。


 儂はノブナガと名乗った。

 織田信長からとったもので、当然ながら偽名。

 異世界の人間に対する警戒感が嘘をつかせた。

 余談じゃが、本名は吉永重三である。


「ノブナガって、変わった喋り方をするよね」


「変わった喋り方じゃと?」


「なんていうか……お爺ちゃんみたい。一人称が儂だし」


「むむっ、言われてみればたしかに」


 意識していなかった。

 今の儂は青年の姿をしている。

 なのに言葉使いは90歳の頃と変わりない。


「これを機に改めるとするか」


 この時を以て、儂は一人称を「俺」に変えた。

 それと同時に、言葉使いも若者に合わせることにした。


(自分のことを「俺」と言うのは何十年ぶりだ……)


 最後に「俺」と言ったのは、記憶の限りだと40代。

 ソノラ砂漠で過酷なサバイバル生活をしている頃だ。

 メキシコ経由でアメリカに密入国を試みた日本語の流暢なベトナム人と話した時に使った。


「なるほど、さっきの魔物がゴブリンか」


「そっそ。単体なら初心者でも倒せる雑魚だね」


「群れることもあるわけだ」


「あるある! 群れたら鬱陶しいよー」


 クリスからこの世界について簡単に教わる。

 それによって、ゴブリンのような魔物が跋扈していると知った。

 そんな魔物の駆除を生業としているのが冒険者だ。

 狩人やハンターと呼ばれる職業はないとのこと。

 俺みたいな人間は冒険者になるべき、と強く薦められた。


「あの城壁の向こうが〈セントクルス〉だよ」


「城郭都市というやつか」


 森を抜けると街が見えてきた。

 石の壁に囲まれた城郭都市〈セントクルス〉だ。

 都市は広大な草原の上に佇んでいる。


「この草原にも色々な動物が居るな」


 草原を見渡しながら街に近づく。

 大小様々な動物が安心しきった間抜け面で過ごしている。


「ここは滅多に魔物が出なくて安全なの。可愛い動物がたくさんで居て癒やされるでしょ」


「どいつもこいつも美味そうだな。上質なタンパク源を得られそうだ」


「こらこら、食べることばかり考えないの」


「これは失敬」


「ちなみに草原の動物を狩ることは禁止されているからね」


「覚えておこう」


 門の前に到着。

 遠目からでもよく見えていただけあって強烈な大きさだ。

 門の上には見張りの兵が居て、門を通った先には詰め所らしき施設も。


「この兵士達は何を警戒しているんだ?」


「魔物に決まっているでしょ」


 他に何があるのよ、と言いたげなクリス。

 その口ぶりからするに、人間同士の争いはないようだ。


「それにしても、これは……」


「どう? 何か思い出した?」


「いや、全然だけど……凄い街だな」


 セントクルスは中世ヨーロッパ風のバロック建築で出来ている。

 丁寧に作り込まれた石畳の通りに、白を基調とした石作りの建物群。

 イタリアはシチリア島のラグーザで過ごした日々を思い出した。


 街の人間は多くが武装していた。

 武装といっても銃火器は持っておらず、刀剣や槍が多い。

 中にはトンガリハットにローブという絵に描いたような魔法使いも。


「色々な服装の人間が居るのに、どいつもこいつも俺を見てくるな」


 被害妄想ではなく現実だ。

 門番から通行人まで、全員が一度は俺を見る。

 黒目黒髪の青年など他にも居るのに、どういうことだ。


「そりゃあ、そんな格好じゃあね」


 クリスがクスクスと笑う。


「ああ……!」


 すっかり忘れていた。

 今の俺はバナナの樹皮を衣服に見立てているのだ。

 あまりに着心地が良いからすっかり忘れていた。


「街に入ったことだし着替えたいな」


「そうだね。まずは服屋に行こっか」


「先に言っておくが俺は無一文だ。お金を貸してくれ」


「買ってあげるわよ。こう見えて私、それなりにお金あるから」


「ありがとう。その言葉に甘えるよ」


 クリスに案内されて、俺は近くの服屋へ向かった。


(たしかに酒場が多いな)


 街の中を歩いてすぐに酒場の多さに気づいた。

 見えている建物のどれかは酒場というくらいに乱立している。

 それだけ多いのは、この世界の飲食が基本的に酒場で行うからだ。


「冒険者として活動するなら此処で買うのがいいかな」


 クリスに案内されたのは防具屋だ。

 冒険者の過酷な動きに耐えられる頑丈な衣類が置いてあるらしい。

 内装は道中で見かけた数多の店に比べて上品な感じがする。


「好きなのを選んでいいわよ」


「高そうな店だけどいいのか?」


「これも何かの縁よ。気にしないで」


「タダより怖いものはないと言うが、今は縋るしかないか」


 遠慮しないで選んでいく。


「これで全部だ。いいかな?」


「攻めたねぇ。別にいいけど。その豪快さが気に入った!」


 クリスは二つ返事で承諾し、お金を支払う。

 その際、現金ではなくカードで支払っていた。

 どうやらこの世界にもカード決済があるようだ。


「さっそく着てみて」


「はいよ」


 試着室で着替えさせてもらった。

 Tシャツを着て、革の長ズボンを穿き、水色のロングコートを羽織る。

 靴下を穿き、防水ブーツに足を通し、革の手袋を着けて完了だ。


「おおー! いい感じ! 似合ってるよ!」


「まぁ元がいいからな」


「自分で言うなし。たしかに悪くないけどさ」


「冗談だよ」


 この店の服はたしかに質が良い。

 特に気に入ったのはロングコートだ。

 内ポケットが大量にあるので素晴らしい。


「でも、なんだか暑そうだね? 首より下の肌が完全に隠れてるじゃん」


「実用性重視さ」


「実用性?」


「肌を露出していると蚊やヒルにやられるからな」


「徹底しているね。そのストイックさ、いいと思うよ」


「半裸のような格好の女に言われてもなぁ」


 クリスが声を上げて笑う。

 店主のおじさんも同じように笑っていた。


「それよか着替えたことだし次に行くよ!」


 俺達は服屋を後にする。

 バナナの樹皮は要らないので服屋に処分してもらった。

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