027 万能解毒薬でゴブイチを治療してみた
価格以上にレア度が凄まじい最高級解毒薬を野生のゴブリンに使う。
他の冒険者が知ると発狂すること間違いなく、我ながら狂気の沙汰だと思う。
それでも、不思議と躊躇はしなかった。
「見せてもらおうか、世界最高クラスの解毒薬の力というものを!」
解毒薬の瓶に手を掛けて蓋を開け、飲み口をゴブリンに近づける。
「こぼすんじゃねぇぞ……!」
右手で瓶を持ち、左手でゴブリンの口をこじ開けた。
瓶を傾け、半開きとなったゴブリンの口に解毒薬を流し込む。
1滴の無駄すら許さぬ慎重さで、きっちりと飲ませた。
「――ゴブゥ!?」
効果は一瞬で現れた。
解毒薬がゴブリンの喉を通った瞬間に異変が起きる。
「ゴブ、ゴブブ……」
ゴブリンが何やら呻いている。
目の焦点が俺を外れ、白目ならぬ赤目を剥く。
「おいおい、大丈夫なのか?」
「キュイィィ?」
俺とジャックが不安に思う。
人間用の薬だから魔物には逆効果だったか?
――と、次の瞬間。
「ゴッブゥウウウウウウ!」
ゴブリンが急に立ち上がった。
いきなり立ち上がるものだから、ゴブリンの頭が俺に当たりかける。
「か、回復したのか?」
「ゴッブゥ!」
どうやら回復したらしい。
ゴブリンは俺達に背を向けた状態でポーズを決めている。
ボディビルダーがよくやる両腕を上向きに畳むポーズだ。
たしかダブルバイセップス・フロント、とかいう名前だったはず。
「ゴブッ!?」
ポーズが終わると、ゴブリンはこちらに振り返った。
俺達を見て驚愕している。
まるで「まさか後ろに敵が!?」とでも言いたげな顔だ。
驚き過ぎたあまりに尻餅をついていやがる。
しかしすぐに立ち上がり、今度はファイティングポーズ。
えらくせわしない奴だ。
「おいおいおい、お前を助けてやったんだぞ」
苦笑いで話しかける俺。
戦いになったら殺すことになるなぁ、と考えていた。
助けた相手を自分の手で殺すのは気が引ける。
「ゴッブゥ?」
ゴブリンが首を傾げる。
おっ、これは話が通じるかもしれない。
「お前、死にかけ、俺、お前、コレ飲ませて、助けた」
指さしジェスチャーと共に説明する。
ゴブリンは間抜け面を浮かべながらその話を聞きかじった。
そして俺が話を終えると――。
「ゴブゥゥゥゥゥ!」
俺達に向かって土下座を始めた。
どうやら状況を理解してくれたようだ。
それかもしくは何か勘違いをして命乞いをしているか。
どちらにせよ、ゴブリンに敵意がなくなったことはたしかだ。
「さて、ここからどうしたものか」
日が暮れつつある。
ハンモックと焚き火は完成しており、水の調達も用意だ。
通常なら目の前のゴブリンを追い払って寝るところだが……。
(くせぇ……)
ゴブリンの吐瀉物が異様な悪臭を放っていてきつかった。
不運なことにハンモックの高さは約二メートルしかない。
余裕で、問題なく、悪臭が届いてしまう。
「ゴブゥ……」
加えて、ゴブリンが目をウルウルさせてこちらを見ている。
追い払った場合、どこまで生きられるのか分かったものではない。
「やっぱりこれも運命なんだろうなぁ」
はぁぁぁぁ、と盛大な息を吐く。
「決めた!」
予定変更だ。
俺は内ポケットからテイミングタクトを取り出した。
「今日からお前は俺のペットだ」
抵抗する兆しのないゴブリンの額をタクトで叩く。
ポンッと優しく、どちらかといえば当てただけに近い。
するとゴブリンの体が白く光り始めた。
「ゴ、ゴブ!? ゴブブ!?」
「その光は〈テイミング〉の発動を意味しているのさ」
〈テイミング〉については冒険者ギルドで聞いていたとおりだ。
この白い光が青に変われば成功で、赤に変わると失敗である。
今回は10秒ほど白い光がチカチカと点滅した後、青色に変わった。
「これで成功か。思ったよりあっさりだな」
「こ、言葉が分かるゴブー!」
「おお、ゴブリンが人の言葉を話している……」
テイムした魔物は人間の言葉を話せる。
事前に知っていたことだが、実際に目の当たりにすると驚きだ。
「改めて言うけど、俺がお前を助けたんだ。覚えているか?」
「覚えているゴブ! ゴブは急に苦しくなって、何が何やら分からなくなって、気がつくとノブナガが居て、ゴブを助けてくれたゴブ!」
「そうそう。って、俺の名前を知っているのか」
「なぜだか分かるゴブ!」
これも〈テイミング〉に成功した際の効果だろう。
人の言葉が話せるようになり、主の名前がわかるわけだ。
おそらくだが、主の名前は冒険者カードの記載に由来する。
なぜならノブナガというのは俺が決めた偽名だからだ。
本名が分かるのなら、コイツは俺を「吉永」か「重三」と呼んでいる。
「ところでお前の名は? ちなみに俺の肩に乗ってるイケメン君はジャックだ」
「ジャック! よろしくゴブ! ゴブに名前はないゴブ!」
「キュインン!」
「名前がないのは困るな。何か適当な名前を付けよう」
「ありがとうゴブ!」
俺は一秒でも早くこの場を離れたかった。
今から全力で走れば、夜には草原まで辿り着くからだ。
そこまで行けば真っ暗でも安全に街へ戻れる。
そんなわけで、ゴブリンの名前は深く考えずに決めた。
「お前の名前はゴブイチだ」
「ゴブイチ! 素晴らしい名前ゴブ!」
「そうだろう、そうだろう」
名前の由来はゴブリン一号を省略したもの。
それを言うと悲しみそうだから、内緒にしておこう。
こうしてゴブイチが俺のペットになった。
「うおっ、まぶし!」
俺の胸元が輝く。
何かと思いきや冒険者カードが光っていたのだ。
確認すると、「ペット:ゴブリン」の文字が追加されていた。
これまた不思議な機能である。
ま、そんなことはどうでもいい。
「ジャック! ゴブイチ! 全力で街まで走るぞ!」
「キュイイイイイイイン!」
「走るゴブゥ!」
俺達は一斉に駆け出す。
……が、ゴブイチだけ異様に遅い。
流石はゴブリンと言わざるを得ない運動神経の悪さだ。
(これでは先が思いやられるな)
俺はため息をつき、ジャックに命令する。
「ゴブイチを運んでやれ」
「キュイイイイイ!」
「ちょっ、ジャック、なにをするゴブー!」
「キュイイイイイン!」
ジャックがゴブイチの両肩をガシッと掴んで飛行する。
幸いにもゴブイチは軽いので、その状態でもジャックは速かった。




