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026 死にかけのゴブリン

 そのゴブリンは明らかにおかしかった。


「キュイイイ!」


「ゴ……ブ……」


「キュィィィ?」


 ジャックが威嚇しても逃げない。

 そもそもジャックの威嚇に気づいてすらいない。

 故にジャックも「なんだこいつ?」と言いたげに首を傾げた。


「ゴブォ!」


 ゴブリンが目の前で倒れる。

 その際、口から大量の吐瀉物が放たれた。


「うお!?」


 慌てて避ける俺。


「キュイイイイイイ!」


 再び臨戦態勢へ突入するジャック。

 今度は容赦しない。

 鉤爪をゴブリンに向けて突っ込もうとする。


「よせ、ジャック」


 ジャックを制止する。


「こいつに敵意はない。というか、俺達に気づいていないぞ」


 ゴブリンは目を開いていたものの、焦点は合っていなかった。

 俺達に近づいたというより、ただただ進路方向に俺達が居ただけだ。


「ゴブォ! ゴブォ!」


 ゴブリンが連続して嘔吐する。

 胃液らしきものがそこら中に撒き散らされた。

 魔物のことはよく知らないが、コイツは明らかに苦しんでいる。


「ジャック、俺の肩に居ろ。念の為、コイツやコイツの吐瀉物には触れるなよ」


「キュイ!」


 俺はいつも着けている手袋を外し、コートの内ポケットに入れる。

 この手袋はクリスに買ってもらったものだから大事に使っていきたい。


 今日セントクルスを発つ際に買った予備の手袋にチェンジ。

 この手袋には欠片ほどの思い入れもないので、汚れても問題ない。


「ほぼほぼ死にかけだが、まだ息はしているな」


 まずはゴブリンの生死を判別。

 ゴブリンの肉体は人間と酷似しているから分かりやすい。


「目立った傷はないな」


 続いて傷の確認。

 仰向けの状態で調べた後、ひっくり返して反対側も調べる。


 目立った外傷が見当たらない。

 体に触れてみた限りだと、骨折している様子でもなかった。


「毒だな」


 原因はそれしかあり得ない。

 症状から見てかなり強烈な毒で間違いないだろう。


「おそらくサソリかヘビだろう」


 そうなると傷痕は脚部にある。

 改めて調べたところ、やはり小さな傷があった。

 ふくらはぎの辺りに針で刺されたような穴が空いている。


「これはヘビの歯形だな」


 完全に把握した。

 このゴブリンは森で毒蛇に襲われたのだ。

 食われていないところを見ると、原因を作ったのはコイツだろう。

 おそらくうっかり踏んづけて怒らせたのだ。


「キュイ?」


「ま、この様子なら1時間後には死ぬだろうよ」


 ゴブリンは既に気を失いつつある。

 もはや意識を保っていると言えるのかも際どい状況だ。

 その意識が完全に途絶えた時、こいつは死ぬ。


「ゴブリンの死に様ってあんまり好きになれんな」


 ゴブリンのシルエットは人間にそっくりだ。

 背の低さから、パッと見た感じでは五歳児に見える。

 そんな奴が苦しみながら死んでいく姿を見るのは良い気がしない。


「キュイイイ……」


 ジャックもなんだか悲しそうだ。


「俺も出来れば助けてやりたいがなぁ」


 毒の治療は難しい。

 毒の種類によって治療薬が異なるからだ。

 それに、自然にあるもので解毒薬を作るのも難しい。

 都合よく有効成分を含んだ植物が生えているわけでもないから。


「残念だがどうにもならねぇさ」


 こうして話している間にも、ゴブリンは弱まっていく。

 虚ろながらに開いていた瞼が、次第に閉じ始めていた。


「せめて俺がトドメを刺して楽にしてやるべきか」


 苦しんでいるのが人間だった場合はそれが優しさだ。

 しかし、ゴブリンが相手の場合でもそれが正しいのか。


「ゴ……ゴ……」


「――!」


 楽にしてやろうか悩んでいる時だった。

 ゴブリンの虚ろな目が俺を捉えたのだ。

 弱々しく、揺らいでいるが、たしかに俺を見ている。


「ゴブ……」


 更には俺に向けて手を伸ばしてきた。

 もはや体を動かすのもままならないほど辛い中で。

 コイツらにジャックのようなガッツはない。

 つまり、このゴブリンは俺に助けを求めているのだ。


「ジャック」


「キュイイ?」


「お前と出会った時もこんな感じだったよな」


 川から流されてきたジャックを助けたのが始まりだ。

 そのことを思い返すと、俺の考えに変化が生じてきた。


「これも何かの縁か」


 このゴブリンを助けてやろうと思う。

 もしかすると、この縁がきっかけで何かあるかもしれない。

 これでも俺は運命ってやつを信じるほうでな。


「キュイッ」


「助けると言ってもどうすりゃいいのか、だって?」


「キュイッ! キュイッ!」


 頷くジャック。


「たしかに普通に介抱しても助からないだろうな」


 ゴブリンの症状は深刻だ。

 水を飲ませてメシを食わせれば乗り切れる、という状況ではない。


「だが、俺にはコレがある」


 そこで俺は秘密兵器に頼ることを決めた。


「まさかゴブリンに使うことになるとはな」


 取り出したのは万能解毒薬。

 B級クエストの特別ボーナスでもらった最高級治療薬だ。


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