025 蔓でハンモックを作ってみた
〈テイミングタクト〉を使ってサキュバスをテイムする。
俺は入念な下準備を済ませてからセントクルスを発った。
――草原を抜けて森を歩く道中のこと。
「ほらな? 内ポケットが多いと便利だろ?」
「キュイイイン!」
内ポケットから取り出した干し肉をジャックに向ける。
ジャックはクチバシでそれを掴むと、肩の上で器用に食べていた。
この干し肉は、店で買った肉を使って自作したものだ。
普通の干し肉よりも日持ちしない代わりにジューシーな味をしている。
今回の旅は2~3日を想定しているので、その間だけ持てばかまわない。
だから賞味期限よりも味を重視した。
味を重視した干し肉の作り方は簡単だ。
普通の干し肉よりも分厚くカットし、ある程度の脂肪を残せばいい。
分厚いことで歯ごたえが増し、脂肪があることで味が引き立つわけだ。
「さて、今日はどこまで進もうか」
大空洞へ到着するまでの間に、最低でも1度は野営を行う。
猛獣や魔物が棲息するこの森の中を過ごすことになるのだ。
だからこそ、どこを野営地にするかが重要になってくる。
サバイバル生活における腕の見せ所だ。
「森を越えるか、それとも森に留まるか」
ギルドで聞いた話だと、直線距離で森を抜けても夕方になる。
そこから野営地を決めて基地を作るとなれば、時間的にかなり厳しい。
しかし、森を抜けた先に野営地を定める、という選択自体はアリだ。
森に棲息する猛獣の半数は夜行性だし、何より森だと力を発揮し辛い。
ジャックの航空支援も、俺の目視による警戒も、木が邪魔をしている。
「難しい決断だが、今回は森に留まるとしようか」
森を抜けた先の情報があまりにも少なすぎた。
そもそも、本当に夕方までに森を抜けられるのかも分からない。
所詮はギルドで赤の他人から聞いた情報だ。頼りには出来ない。
サバイバルで生き残る秘訣は他人の言葉を過信しないことだ。
「あと3時間もすれば日没だな」
指を使った日没日時の測定法がある。
親指以外の指を水平にして、太陽に向けて水平にすればいい。
そうして地平線や水平線と太陽の間にある距離を調べるのだ。
距離が長ければ長いほど、日没までの時間も長い。
本来、この方法は現在地のような森だと使えない。
地平線や水平線を正確に把握するのが難しいからだ。
だが、俺ほどの経験者となれば問題はなかった。
「この辺にいい場所を探すか」
立ち止まって周囲を見渡す。
多少の高低差があるものの、概ね平坦な地形。
洞窟の類は見られず、天然の寝床にありつくのは難しい。
「地面に寝そべるのは危険だな」
地面には毒を持った蠍や蛇が蠢いている。
しばしば蟻の行進も見かけるし、地べたで寝るのは論外だ。
「かといって高床式の寝床を作るには材料がきついな」
近くに竹があれば余裕だが、竹の姿は見当たらなかった。
「少し戻って竹のある場所で寝床を作るか?」
それも悪くない。
しかし、それはそれで問題があった。
「水場はこっちの方が近いんだよな」
生命を維持するのに水は必要不可欠だ。
水分が不足すると一気に体力が失われる。
「するとこの辺りで寝床を作るしかないか……」
近づいてきたマダラサソリを掴み、遠くに放り投げる。
このサソリは体長5センチ程で、茶色い体に黒の斑紋が特徴的だ。
日本でも宮古島や石垣島に棲息している。
致死系ではないが毒を持っているので、素人は無闇に触れてはいけない。
手掴みでポイ捨てした俺の言えたことではないが。
「よし、今日は適当な木の上で寝よう!」
最終的に導き出した答えがそれだった。
正確には木の上にハンモックを使ってそこで眠る。
近くに焚き火を作って樹上で眠れば、ヤバイ奴等にも襲われない。
「どの木にするかなぁ」
即席のハンモックを作るのに必要なのは大量の蔓だ。
幸いにも周囲には数え切れない程の蔓があるので問題ない。
そうなると、あとはハンモック作りに最適な木の選定だ。
「こいつらが良さそうだな」
目を付けたのは少しスリムな幹をした3本の木だ。
それらの木は約2メートル半の間隔で生えている。
木と木を線で結ぶと三角形になるのも素晴らしい。
「俺は作業を始める。ジャック、お前は川魚でも集めてろ」
「キュイイイン!」
ジャックが飛び立ったところで作業開始だ。
蔓を使ったハンモック作りは知っておくと役に立つ。
とても簡単で、寝心地もすごく良い感じからオススメだ。
まず、3本の木を蔓で結ぶ。
しならないようにピンッと張ることを意識する。
こうやって蔓の三角形を形成すると、今度は蔓の強度を上げる作業だ。
無数の蔓を同じように結び、それを適当な枝で捻って太い紐にする。
これでハンモックのアウトライン――つまり骨格の完成だ。
次に、三角形の内側にも同じ要領で蔓を張る。
それぞれの線の中心を結ぶようにして三角形を作ればいい。
この作業を何度も繰り返して、三角形の中に三角形を作り続ける。
こうすることにより、骨格内部の穴を小さくしていくわけだ。
「完成!」
俺がすっぽり落ちない程に穴を小さく出来たら作業終了。
蔓の伐採も含めて、作業時間は1時間と少々の短さで済んだ。
「よいしょっと」
試しにハンモックの上で寝てみる。
体を載せた際に全体がキシキシと軋むのはいつものことだ。
その軋みに対して「千切れるかも」と不安になるのも変わらない。
「うん、いい感じだ」
我ながら良いハンモックを作ってしまった。
とてもそこらに生えている蔦で作ったとは思えぬ寝心地だ。
気を抜くとそのまま眠りに耽ってしまいそう。
「いかんいかん、残りの作業をしなければ」
日が昇っている内に焚き火を始めておく。
炎を夜通し絶やさぬよう、燃料の調達も怠らない。
あとは水を汲むための容器作り。
これは幹の太い木の樹皮を剥いてお椀にすればいい。
竹の筒がない場合は、こうやって容器を確保するのがサバイバルだ。
この容器は火に掛けられないので、煮沸する際は焼いた石をぶち込む。
「キュイイイイイイイ!」
そうこうしている内にジャックが戻ってきた。
川魚の中でも特に美味いヤマメを俺の前にポイッと置く。
「ちょうどいいから休憩にしよう」
そう言ってジャックを撫でた時だ。
「ゴ……ブォ……!」
付近の草むらからおかしなゴブリンが現れた。




