024 素晴らしき情報通に格上げした
男はなかなかに下卑た笑みを浮かべながら言う。
「サキュバスがオススメさ」
「サキュバス? それはどんな魔物なんだ?」
「姿は人間の女に似ている。顔は個体によって異なるが、誰の目に見ても可愛いないしは美人と言えるだろう。人と違う点は、背中に生えた大きなコウモリの翼さ」
「コウモリの翼を生えた美女ってことか」
「そうだ」
「とてもそんな魔物が実在するとは思えんな……」
安井さんでももう少しマシな嘘を吐く。
コウモリの翼が生えた美女って、魔物というより獣人だろ。
「いやいや、本当に居るって」
男が聞き耳を立てている周囲の連中に「なぁ?」と問う。
「サキュバスは実在するよ」
「俺は死ぬならサキュバスに殺されたいな」
「男なら誰だってそうだろ」
「ガハハハハ! 言えてらぁ!」
どうやら本当に実在するようだ。
連中の話を聞く限り、よほど魅力的なのだと分かる。
興味が湧いてきた。
「で、そのサキュバスはどうしてオススメなんだ?」
改めて尋ねる。
「サキュバスは最高の女だからな。戦闘能力はあまり高くないが、ペットにすれば性奴隷としてずっと愉しめる。しかも魔物だから老けることもない。こんな言い方をすると爺臭いが、ずっとピチピチの肌を味わえるわけさ」
「……それだけか?」
魔物で性欲を発散する、というのは考えたことがなかった。
なかなかに面白い考えで参考になる。
だが、貴重なペット枠を使う程なのかは難しい。
ただ性欲を発散するだけなら、娼館に行けば出来ることだ。
「いやいや、まだあるんだって」
「ほう?」
「サキュバスは催眠魔法を使える」
「対象を眠らせられるわけか。それはたしかに狩りで役立ちそうだ」
「そう、狩りでも役立つ。だが、これを飼い主に掛けさせることも可能だ」
「そんなことをしてどうするんだ? 不眠症対策か?」
冒険者ギルドの連中が沸き上がる。
誰かが「ノブナガは発想が純粋過ぎる」などと言った。
思わずムスッとしてしまう。
「サキュバスは夢を操作する能力を持っているんだ。正確には自分の催眠魔法で眠らせた相手の夢を操作できる能力さ」
「夢を操作……」
「この能力こそサキュバスの真骨頂だ。サキュバスの手に掛かれば、どんな夢でも見ることが出来る。しかも、さながら現実かのような感覚のリアルさを味わえるんだ」
「それって、つまり……」
「そう、好きな女と何度でもチョメチョメ出来るってことだ。普通の夢とは違って感覚まで再現される。記憶にあることなら相手の匂いだって再現されるんだぜ。サキュバス自身もイイ女だが、夢を操作することによって他のイイ女も性奴隷に出来るわけだ。これ以上の魔物は他にいないだろ」
男が鼻息を荒くしながら力説する。
「なるほどね」
俺の返事はそれだけだった。
彼の言い分はよく分かったし、たしかに面白い。
男らしく下品極まりない点も評価に値する。
悪くないプレゼンだった。
「どうよ? サキュバス! 最高だろ?」
男がしたり顔で尋ねてくる。
「ノブナガの奴、あまり乗り気じゃなさそうだな」
「ソロであれだけやれるなら娼館で遊び放題だもんな」
「俺達と違ってサキュバスにそそられないのかな」
「そんな男がいるとは思えないが、どうだろうな」
周囲の冒険者は事態の成り行きを見守っている。
「サキュバス……か」
俺は大きく息を吸い、静かに鼻から出す。
それから答えた。
「今すぐ居場所を教えてくれ、テイムしてくる」
「「「「やっぱ男はそうでなくちゃなぁ!!!!」」」」
冒険者ギルドが熱狂に包まれるのだった。
◇
男からサキュバスの棲息地について教わった。
セントクルスから徒歩で半日以上かかる大空洞に居るそうだ。
大空洞には他にもたくさんの魔物が棲息しているらしい。
ソロで乗り込んでサキュバスをテイムするのは難しいと言われた。
だからといって俺の考えが変わることはない。
「今から出発してササッとテイムしてくるよ」
「ノブナガは流石だな。平然と言ってのけるから驚くよ」
そう云った後、男は「あっ」となにかを思い出す。
「言い忘れていたことがある」
「なんだ?」
「サキュバスをテイムすることのデメリットがあるんだ。まぁ、ノブナガのような男の中の男には、欠片ほどのデメリットでもないと思うが」
「教えてくれ」
「サキュバスを連れ歩くってのは、周囲に『私は変態です』と喧伝しているも同じってことさ」
「云われてみればたしかにそうだな」
男は気にしないだろうが、女は気にしそうだ。
あの人サキュバスをペットにしているよ、と噂されかねない。
俺に家を貸してくれているクリスも、サキュバスを見たら幻滅するかもな。
ノブナガって性欲に飢えた変態なんだね、と。
「ま、そんなものいちいち気にしていたら人生は楽しめないだろう」
「やっぱりノブナガは流石だぜ」
「まぁな」
俺は気にしないことにした。
別に変態と思われようが知ったことではない。
結婚願望があれば別だが、そういった願望はないからな。
伴侶どころか恋人すらできずに死ぬとしても気にはしない。
「それじゃあ行ってくるよ。教えてくれてありがとうな。えーっと……」
そういえばこの男の名前を知らなかった。
「名前だな! 俺の名前だな!? 俺の名前は――」
「どうだっていい。じゃあな」
「ノブナガァアアアアーッ!」
俺は男に背を向け、冒険者ギルドから出て行く。
歩きながら、背後で喚く男の声にクスクスと笑う。
(あいつ、思っていた以上にいい奴だな)
今回の一件で、彼に対する認識を改めることにした。
今までは「勝手に二つ名を決めた人」だったが、これからは違う。
今後は「素晴らしき情報通」として記憶に刻んでおく。




