022 完成した革をプレゼントしてみた
娼館で枯れ果てるまで楽しんだ次の日。
「そろそろいいだろう」
ついにシロコダイルの革が出来上がった。
剥ぎ取った皮を独自の方法で数日間にわたって鞣し、ようやく完成だ。
出しっぱなしのお湯を止め、木箱から革を取り出す。
タンニンを抽出する為に取り付けていた樹皮を外そう。
四隅の紐を解いていく。
作業が終わると、紐や樹皮を木箱の中に放り込んだ。
「やはり完璧な仕上がりだ」
シロコダイルの純白の革が光沢を放っている。
触り心地は上々、耐久度も申し分なく、サイズも立派だ。
乾かしたら武器屋のおっさんにくれてやろう。
二階のベランダに革を干してから、近くの酒場で朝食を摂った。
◇
昼頃。
革が乾いたので武器屋へ持って行く。
「いらっしゃい――って、あんたは!」
武器屋のおっさんが俺を見て顔をハッとさせる。
こぢんまりした店内は今日も客が居ない。
左右の棚に並んだ上質の武器達はなんだか寂しそうだ。
奥のカウンターに座っている店主のおっさんは気にしていない様子。
「もう値下げ交渉には応じねぇぞ!」
「分かってるって。こっちだってそんなつもりはねぇさ」
俺は笑みを浮かべながらカウンターに近づく。
「ミスリルナイフを安く売ってくれたお礼にコイツをあげようと思ってな」
カウンターの上にシロコダイルの革を置く。
「おいおい、コイツはえらく上等なシロコダイルじゃねぇか!」
「職人のあんたなら色々な加工に使えるだろう」
「勿論だ。それにしても質が良いな。サイズは大きく、表面に余計な傷がついていない。伸縮性も一般的なものより遥かに優れている。元々の皮が相当に良かったということもあるが、それ以上に仕立てた人間の腕がいいな。これだけの鞣しが出来る職人が居るとはなぁ……」
おっさんは少年のように目を輝かせている。
色々な角度から舐めるように革を見てはうっとりしていた。
鞣したのは俺だよ、とは言わないでおこう。騒がれそうだ。
「気に入ってくれたかい?」
「ああ、最高だよ! それで、これをいくらで売ってくれるんだ? 悪いが見ての通りウチは儲かってないんでな。あんまり高い値段で買い取ってやることはできないぜ」
どうやら俺が買い取り依頼に来たと勘違いしているようだ。
俺は「いやいや」と手を横に振った。
「タダでいいよ」
「はっ?」
「だからタダでくれてやるって言ってるんだ」
「タダって、あんた、何言ってんだ?」
「前にミスリルナイフを半ば騙すような形で売ってもらっただろ。この革はあの時のお礼さ。だから金なんて要らないよ」
今度はおっさんが「いやいや」と手を横に振る。
「流石に価値が違い過ぎるだろ。あのナイフは50万のところを10万に値下げしただけだ。他所で買ったとしても、80万かそこらで買える代物。一方であんたが持ってきたこの革はどれだけ安く見繕っても300万は下らないぞ」
「へぇ、その革って300万もするのか」
そのことに驚いた。
シロコダイルの討伐報酬よりも遥かに良い。
たしか討伐報酬は特別ボーナス込みで150万だったはず。
「300ってのは最安値での話だ。普通なら4~500はするだろう。なんたってこれだけのクオリティだからな。それを50万かそこらのナイフを値下げしたお礼に出されるってのは、ありがたいというより気味が悪いってものだ」
「ふむ」
おっさんの言い分は理解した。
おそらくこの人は根っからの善人なのだろう。
俺みたいな強欲な人間なら、そこまで考えることはない。
もらえる物ははもらっとけの精神を以て二つ返事でいただく。
(このおっさんは絶対にタダじゃ受け取らないな)
いいから遠慮するなよ、などと言ったところで効果がない。
そう判断した俺は、代替案を提示することにした。
「だったらこうしよう」
「むっ?」
「冒険者として活動するにあたって使えそうな物を何か譲ってくれ。それほど高くなくていい。治療薬や防具、なんだってかまわない。あんたが損をしない範疇で何かと交換しよう。そうすれば無料じゃないから気味も悪くないだろ?」
「たしかに……。だが、本当にいいのか? これほどの革を」
「かまわないさ。持っていても使わないし」
「分かった。なら少し待っていてくれ」
おっさんがカウンターの裏に消える。
ガシャン、ガシャン、と何かが散らばったような音が響く。
此処からでは何も見えないが、いったい何が行われているのだろう。
「待たせたな」
そんなことを思っていると、おっさんが戻ってきた。
右手に細長い白色の棒を持っている。
どうやらその棒を俺にくれるようだ。
「コイツとの交換でどうだ?」
「この棒はいったいなんだ?」
「〈テイミングタクト〉という魔法道具さ。冒険者なのに知らないのか」
「無知なものでな。これが魔法道具なのか」
魔法道具とは、特殊な効果を持った道具のことだ。
例えば、インフラの要となっている魔法石も魔法道具に含まれている。
「コイツはビーストテイマー専用の武器だ」
「ほう。だが、俺はビーストテイマーじゃないぞ」
「今はそうでも、いずれビーストテイマーになるかもしれないだろう」
「たしかに」
今はビーストテイマーが何かも分からない。
詳しいことが分かったら、ビーストテイマーになる可能性はある。
「その時の為にも持っておくといい」
「分かった。ならば頂こう」
こうして、俺はおっさんからテイミングタクトを貰った。
「それじゃあな」
「またいつでも来てくれ! サービスするからな!」
「おうよ」
タクトをコートの内ポケットにしまい、武器屋を後にする。
(こんな細い棒、本当に使う時が来るのかなぁ)
通りを歩きながらそんなことを思う。
それほどまでに、テイミングタクトは頼りなかった。




