002 ゴブリンを倒し、女と出会う
衣食住の「衣」と「食」の目処は立った。
あとは「住」をどうにかすれば持続的な生活が可能だ。
そんなわけで、儂は安全地帯を探して彷徨った。
「この道は……」
儂は今、幅の広い道を歩いている。
数人の大人が並んで歩ける程の幅をした道だ。
獣道にしては広すぎるし、それなりに舗装されている。
「近くに人間が住んでいる可能性もあるのう」
人間の集落が近くにある可能性は高い。
そこへ行けば、ここが何処なのか分かるやもしれない。
しかし、それはある種の賭けだった。
此処の人間が友好的とは限らないからだ。
出会った瞬間に襲われる危険性だってある。
他人を探すのはもう少し後にしよう。
「ゴッブゥ!」
付近の茂みから何かが飛び出してきた。
「むっ? なんだ? こやつは」
目の前に現れたのは妙な小童だ。
全身の色が緑で、左右の眉の上に角が生えている。
人型で、背丈は1メートルと少し。
「人間……ではないようじゃが、見たことがない生き物じゃ」
やはり此処は儂の知らぬ世界のようだ。
未知の生き物との遭遇に胸が躍った。
「人型のようじゃが、お主、人の言葉は分かるか?」
色々な言語で話しかける。
のべ20の言語で尋ねてみた結果――。
「ゴッブゥウウウウ!」
――こちらの言葉は通用しなかった。
緑の小童はゴブゴブ叫びながら襲い掛かってきたのだ。
小さな牙をちらつかせ、鋭い爪で引っ掻こうとしてくる。
引っ掻きと噛みつきがこやつの攻撃のようだ。
「儂は狩人じゃから正面からの対決は苦手なんだがのう」
戦闘になった以上、対処せねばならない。
人に似た生き物を殺すのは忍びないが、これも自然の摂理というもの。
「ゴッブ――」
「フンッ!」
突っ込んでくる小童の額に掌底を食らわす。
熊との戦闘で会得した独自の合気道による極めて合理的な一撃。
相手の力を儂の手のひらを通してそのまま相手にお返しする。
「ゴヴォ……!」
効果は絶大だ。
小童は全身に電流を流されたかのように麻痺する。
「安らかに眠れ」
トドメの一発。
右の手刀で小童の頸椎を的確に破壊。
「って、こやつにも頸椎はあるのか?」
攻撃を終えた後で気になった。
人間ならこれで即死だが、この者は人ではない。
人に似た何か別の生き物だ。
だが、問題はなかった。
小童はその場に倒れ込んだ。動かない。
「本来なら可能な限り食ってやるのじゃが……」
小童の死体を見ながら眉をひそめた。
人ではないが、その姿は人によく似ている。
さすがに人間に似た生き物を食おうとは思わない。
「仕方あるまい」
埋めてやるとしよう。
小童の首根っこを掴み上げる。
その時だ。
「いくらゴブリンとはいえ、魔物を素手で倒すとはやるわね」
女が現れた。
薔薇のような色の赤いセミロングの髪を後ろで束ねた女だ。
年齢はおそらく今の儂と同じぐらい――つまり18かそこらの若さ。
女はとても破廉恥な格好をしている。
上衣は革の胸当てと前の開いた半袖のジャケット。
下衣は太ももすら隠せない程の短いスカート。
手袋とブーツは同じ銘柄の革製品のようだ。
腰には針のような細い刀身が特徴的な剣。
ヘソや太ももを露出するスタイルに、儂の鼻息は荒くなった。
「見たことない顔だけど、他所の街の冒険者? ていうか、その格好どうしたの!? よく見るまでもなく何かの樹皮だよね!?」
女が驚いた様子で話しかけてくる。
どう見ても日本人には見えない顔だが、言語は日本語だ。
しかし、冒険者やらゴブリンやら、言葉の意味が分からない。
「儂もよく分からぬ。気がついたら近くの湖に居た。おそらく前世は別の世界に居たと思われる。前まで儂の居た世界に、こんな小童は存在していなかった。ところでお主はなかなかに可愛いのう。どうじゃ、儂と今からスケベせんか? 齢100まで生きたテクニックと18の若さからなるスタミナで、お主を何度もヒィヒィ言わせることが出来るぞい」
――と、言おうとした。
冷静に考えた結果、それはよろしくないと判断する。
そもそも前世がどうとか言っても信じてもらえぬだろう。
だから儂はこう答えた。
「分からん。記憶喪失じゃ。目が覚めたら近くの湖に全裸で居た」
記憶喪失と言っておけば、深くは尋ねられない。
尋ねられたとしても「覚えていない」で貫き通せる。
「そうなんだ? じゃ、私が近くの街まで案内してあげるよ」
女が儂に向かって手を差し出す。
儂はその手に応じて、女と握手を交わした。