表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/42

014 ワシを治療してみた

 川から流れてきたハクトウワシを助けることに決めた。


「キュィィィ……! キュィィィ……!」


「落ち着け、落ち着けって」


 ワシは俺に対して敵意を剥き出しにしている。

 そんな状況ではあるが、俺は出来る限りのことをしていく。


 まずはワシの目を手のひらで覆って隠す。

 鳥類の多くは目隠しをすることで大人しくなるのだ。

 ワシに試すのは初めてのことだったが、効果があった。


 目隠しをした状態で抱え、焚き火の前で胡座をかく。

 組んだ脚の上にワシを座らせ、火傷しない程度に炎の熱を当てる。

 兎にも角にもビショ濡れの身体を乾かす必要があった。


「キュイィ……」


 今までに比べて優しい鳴き声だ。

 俺に対する警戒感が多少は薄れたのかもしれない。


「よーしよしよし」


 身体を撫でてやる。

 首筋から胴体へ撫でた後、翼へ。


「キュイッ!」


 右の翼に触れたところでワシが反応した。

 どうやら傷口に触れてしまったようで痛がっている。


「悪い悪い」


 慌てて右翼から手を離す。


「ちょっと確認させてもらうぞ」


 ワシの怪我を調べることにした。

 右手で翼を摘まんで広げ、目を凝らす。


「これは……がっつりやられたな」


 ワシの右翼には強烈なひっかき傷があった。

 傷の付き方から見るに、真っ正面からやられたようだ。

 何らかの生き物と空中戦をした末に敗れたのだろう。


 いや、敗れたと結論づけるのは尚早か。

 刺し違えた結果、相手は死んでいるかもしれない。

 そうであればコイツの勝利だ。


「なんにせよ、名誉の負傷ってことだな」


 この傷を治すのに、この場にある物だけでは不十分だ。

 もう少し温めたら街へ連れて帰るとしよう。


「おおよそ乾いたな」


 ワシの体は綺麗に乾き、温もりを取り戻しつつある。

 しかしそれは表面上のことに過ぎない。

 体内――つまり内臓は冷えたままである。

 お湯を飲ませて体内も温めてやろう。


「今から目隠しを外すが暴れるなよ」


 声を掛けてからゆっくりと左手を離していく。

 ワシは目の前の炎に体をビクつかせるが、抵抗はしなかった。

 完全に俺の治療を受け入れている。


 両手が自由になったので、焚き火から竹筒を回収しよう。

 ワシを右肩に載せてから立ち上がり、炎から筒を遠ざけた。

 筒自体も中の水に負けず劣らずの熱さなので、左右の手で交互に持つ。


「ほら、飲め」


 沸騰したお湯が人肌まで冷めたところで左の手のひらに注ぐ。

 それをワシに近づけて、飲むように促す。

 だが――。


「キュイィィ?」


 ワシは不思議そうにするだけで飲まない。

 もしかしたらお湯の安全性を警戒しているのかもしれないな。

 そう考えた俺は、先に自分で飲んで問題ないと証明することにした。


「大丈夫だから飲め」


 先ほどと同じように手のひらを近づける。

 今度は問題なく飲んでくれた。


「いいぞ、その調子でたくさん飲むんだ」


 お腹がちゃぽちゃぽになりそうな程のお湯を飲ませる。

 これで冷え切った内臓もある程度は回復するはずだ。

 現にワシの容態は明らかに良くなっていた。


「その傷も治療してやるからな」


「キュイッ!」


 俺は焚き火を消して帰路に就いた。


 ◇


「ワシ用の塗り薬なんざ売ってないよ」


「だったら人間用でもいい。一番良い奴を譲ってくれ」


「一番良い奴って言ったら、高ランクの連中が使うような薬だぞ」


「それでいい。いくらなんだ?」


「コイツは効果が凄いからなぁ……1つ95万だ」


「そうか、買おう」


 街に戻ると、冒険者用の道具屋で高価な塗り薬を購入した。

 塗り薬くらいなら自分でも作れるのだが、今は時間が惜しい。

 ワシの容態は安定してきているが、ここから急変する可能性もある。

 そういった例は過去に何度も見てきた。


「こんな少量の塗り薬が95万とは驚きだな」


 家に帰ったら薬の入った瓶を開ける。

 瓶の容量は思わず笑っちまう程に小さい。

 なんと人差し指でひとすくいしただけで中が空になった。


「少々痛むが我慢しろよ」


「キュイッ」


 ワシの右翼を広げて、傷口に薬を塗っていく。


「キュイッ! キュイッ!」


「我慢しろ、男だろ」


 言った後に「男だっけ?」と気になる。

 確認したところ、このワシはオスだった。


「これでよし」


 薬を塗り終える。


「本当に効果あるんだろうなぁ……」


 薬の見た目は一般的な塗り薬と変わりない。

 固くて粘り気のある白濁としたありふれた物だ。

 ――だが、その効果は絶大だった。


「ちょ、マジかよ」


 なんと塗った瞬間から傷口の修復が始まったのだ。

 目に見えるレベルでワシの傷が消えていく。

 右翼を抉りそうな深い傷が、数秒後には失せていた。


「すげぇ……」


 これがとんでもなく高価な異世界の塗り薬の効果だ。

 俺は間抜け面を浮かべながら、何度も「すげぇ」と連呼した。


「キュイッ!?」


 傷を負っていたワシ自身も驚いている。

 何故か傷が治ったんですけど、とでも言いたそう。


「キュイイイイン」


 家の中をワシが飛び回る。

 その姿は元気そのものであり、完全に回復していた。

 これだったら容態が急変してどうにかなることもないだろう。


 俺が右腕を伸ばすと、ワシはそこへ着地した。

 鉤爪が腕に食い込んでこないのは、ワシの配慮だろう。


「今度はやられるんじゃないぞ」


 俺は2階へ行き、窓を開ける。

 完治を確認したので野に放とうと考えた。

 しかし、ここで問題が発生した。


「キュイッ、キュイッ」


 どれだけ腕を外へ伸ばしても、ワシは飛び立たなかったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ