013 とんでもないものが川から流れてきた
適当な雑貨屋で組み立て式の木の板を数枚購入した。
日本だとホームセンターに売られているような物だ。
漆のような何かが塗られており、防水加工も十分だった。
家に帰ると、買ったばかりの板を組み立てる。
ナイフで凹凸を作り、はめ込み、天井部の空いた木箱を作った。
釘を使わずに木材だけで組み立てるというのは、宮大工の技術だ。
サバイバルでもしばしば使える。
木箱は浴槽の隣に設置した。
現在進行形で浴槽に浸けているワニの皮を木箱へ移す。
組み立てた箱に湯を張って完成。
これで俺も入浴を楽しめるというものだ。
「はぁー、いい湯だなぁ!」
浴槽を綺麗に洗ってから風呂を満喫するのだった。
◇
翌日。
今日はノープランで周辺を散策することにした。
散策コースは、草原を抜けた先に広がる森の中。
クエストは受けていない。
昨日のクエストで十分な金を稼いだからな。
次に仕事をするのは、もう少し土地勘を養ってからだ。
今は勝手気ままに歩き回り、この辺りの生態系を把握しておく。
こうした行動が、絶体絶命の修羅場で生死を分けることとなる。
「ガオォ!」
「ゴブォ……!」
「おっ」
他の生物が狩りを行っている。
俺が休憩に使っている大木の真下で。
枝の上に座っている俺は、それをぼんやりと眺める。
「ついにやられてしまったか」
狩られていたのはゴブリンだ。
スタミナが尽きるまで追い回された挙げ句に食い殺された。
やったのはジャガーだ。
地球にも棲息している動物が、魔物を狩っている。
「ゴブリンってカモ枠なんだなぁ」
最弱の魔物であるゴブリンは、普通の動物よりも弱い。
力は一般的な成人男性よりあるようだが、いかんせん動きが鈍かった。
1メートル程しかない背丈も相まって、戦闘能力はかなり低い。
それでも、ゴブリンが襲われることは滅多になかった。
よほど腹を空かせていない限りは無視されている。
まず間違いなく、ゴブリンの肉はべらぼうに不味いのだ。
腐った肉すら喜んで食べるハイエナが避けるくらいだから相当だろう。
俺のすぐ下で狩られたゴブリンも大して食われていない。
腹部の肉を何度か食われた後、残りは放置されていた。
「ゴブ」
「ゴブブ」
「ゴッブ」
ジャガーが消えた数分後。
付近の茂みから3匹のゴブリンが現れた。
3匹は無残に食い殺された仲間を見て発狂する。
「ゴブ、ゴブゴブ」
「ゴーブ」
「ゴブーッ!」
それから何やら話し合った後、どこかへ消えていった。
最初から最後まで、樹上から眺めている俺には気づいていない。
「やれやれ、呑気な奴等だ」
ゴブリンはまるで人間のなり損ないだ。
手先は人間に近い器用さだし、見た目や能力も人に近い。
もう少し知恵があれば、狩られる側から狩る側へ回れるのに。
勿体ない。
「さて、俺も昼にするか」
腹が減ってきたので昼食にしよう。
今日の昼ご飯は散策途中に捕まえたヘビだ。
ヒバカリという小型のヘビで、全長は約60センチ。
今は活け締めだけした状態で俺の首に巻かれている。
大木から飛び降りて移動した。
「この辺りでいいか」
やってきたのは流れの激しい川の傍。
豪雨の際はいの一番に鉄砲水が起きそうな場所だ。
そこに焚き火を作り、ヘビの調理を行う。
頭を切り落として皮を剥ぎ、内臓を取り除いたら川の水で洗った。
それから串焼きにする。一般的な調理法だ。
「やっぱり美味いな、ヒバカリは」
ヒバカリは小型のヘビなので骨が柔らかい。
ヘビ肉の難点は大量の骨にあるが、その点、コイツは快適だ。
味も良くて栄養価も高いので、サバイバル生活ではご馳走の部類に入る。
「喉が渇いてきたな」
水分補給をしよう。
近くに生えている竹を伐採して、それを使って水を汲もう。
此処の川は流れが激しいので、そのままでも飲めそうだ。
それでも念の為に煮沸してから飲むことにした。
知らない水を飲む際は煮沸消毒が基本だ。
水の詰まった竹筒を焚き火にかけてしばらく放置。
その間の暇つぶしとして、川魚でも捕まえようかと考える。
竹を削って槍を作れば、ものの数分で魚をゲットできるはず。
「むっ?」
そんなことを思っている時のことだった。
「あれは……」
川から何かが流れてきたのだ。
「鷲じゃねぇか!」
流れてきたのはワシだった。
白い頭部に褐色の胴体が特徴的なハクトウワシだ。
全長約1メートルのそれなりに大きなサイズ。
「ワシが狩りに失敗して溺れるなんてことはないし、戦いに負けたんだな」
ここでも弱肉強食を目の当たりにする。
「それにしてもワシがやられるって珍しいな」
空の王者たるワシが負けることは滅多にない。
そこで俺は、このワシが誰にやられたかを調べることにした。
傷痕を見れば、どんな攻撃を受けたのかが大まかに分かる。
「よいしょっと」
川に腕を伸ばし、流れてきたワシをキャッチ。
そのまま陸に引き上げて、傷口を探そうとした。
その時だ。
「キュイィィ……!」
ワシが身体を震わせながら鳴いた。
「――! 生きているのか!」
なんとこのワシは生きていたのだ。
水に濡れて衰弱しきっているが、それでも死んではいない。
気安く触るなとでも言いたげな顔で、俺を睨んでいる。
「お前……!」
決して媚びない誇り高きワシの姿。
最後の最後まで戦士であろうとするその姿勢に、俺は心を打たれた。
「待ってろ、俺が助けてやる」
予定変更だ。




