010 シロコダイルの尻尾肉を食べてみた
ワニは尻尾が最も美味い。
調理しやすくて食べやすいのも尻尾だ。
当然ながら栄養価が豊富である。
「いつの世も勲章が大事だってよく分かるぜ」
沼地から離れた俺は、その近くにある森に居た。
周囲に獣の気配はあるものの、近づいてくる奴はいない。
むしろどいつもこいつも離れていっている。
理由は俺のすぐ隣に生えている木にあった。
木の枝から蔓を引っかけて、そこにシロコダイルの頭部を飾っている。
白目を剥いて口を開くワニの顔が周囲の雑魚を威圧しているのだ。
「まずは火起こしだな」
火起こしは適当な木を用意すれば出来る。
素人には難しいが、極めれば楽なものだ。
「火溝式にするか、きりもみ式にするか」
火のおこし方で悩む。
火溝式というのは、木の板に棒を何度も縦に擦りつける方法だ。
同じ場所を擦ることによって発生する摩擦熱を利用する。
火溝式のメリットは環境を選ばないこと。
裸一貫でジャングルに飛び込んだ際は、この方法に頼ることが多い。
デメリットは疲れることだ。
きりもみ式も原理は同じだ。
木の板に突き刺した棒を両手で左右にシコシコする。
原始人の火起こしでよくイメージされるのはこちらだろう。
きりもみ式のメリットは火溝式よりも疲れないこと。
火起こしに使う道具さえしっかりしていれば数分で発火できる。
デメリットは用意した道具の出来が悪いと苦戦すること。
棒の大きさが板の穴に対して小さすぎると最悪だ。
「きりもみでいくか」
今回はきりもみ式を選択。
きりもみ式のほうが肉体的な疲労が少なくて済むからだ。
道具は適当な木の枝からナイフを使って自作する。
こういう時にナイフが大活躍するわけだ。
「よし、出来たぞ」
V字の切れ込みを入れた板と適切なサイズの棒を用意する。
切れ込みの下に葉っぱを敷き、棒をセット。
足で板を押さえながら、素早く棒を左右にシコシコする。
数分後、煙が上がってきた。
作業の中で削れたおがくずが、摩擦熱で火種と化している。
それは下に敷いた葉っぱの上で燻っていた。
俺は木の板と棒を横に移し、火種の載った葉っぱを慎重に持つ。
それを枯れた小枝の束に入れ、息を吹きかけて酸素を送り込む。
最初の息で煙の勢いが増し、三度目で盛大な発火へ至った。
「ふぅ」
ここまで来ればあとの作業は余裕だ。
燃料として放り込む枝を大きくして炎を成長させればいい。
小枝と枯れ葉から始まった炎が、最後には太い枝を飲み込み安定する。
立派な焚き火の完成だ。
「メシの時間だぁあああああ!」
続いてワニの尻尾を調理する。
切断面に縦の切れ込みを入れ、そこから皮を剥く。
皮剥きが終わったら身をぶつ切りにして串に刺す。
串は近くの竹を加工して作った串を使った。
竹の加工は素手だと難しいが、ナイフがあれば造作もない。
またしてもミスリルナイフが役に立つわけだ。
「あー、美味そうだぜ……!」
串に刺した肉を焚き火に放り込む。
バチバチと音を立てる火の中で、肉汁がポタポタと垂れている。
見ているだけで空腹が加速し、お腹がぐぅぐぅと悲鳴を上げた。
「そろそろいいよな……!?」
頃合いを見計らって串を手に取る。
あちあちの串も手袋を着けていれば問題ない。
魔物の肉ということで、普段よりも入念に焼いた。
そのせいで表面は黒く焦げているが、それは仕方のないこと。
「いただきます!」
迷うことなく肉を頬張る。
魔物の肉を食うことに何の躊躇いもない。
これまでにも未知の食材をたくさん食べてきたからな。
クロコダイルやアリゲーターといったワニを食ったこともある。
さて、シロコダイルの尻尾肉の味だが――。
「うんめぇええええええええ!」
――とんでもなく美味かった。
普通に店で出せるだけの美味さをしている。
いや、その程度では済まない。極上の美味さだ。
通常のワニと比較した場合、このワニは脂肪分が多い。
ワニの肉は高タンパク低脂肪が特徴だが、この肉の脂肪は中程度。
それによってジューシーさが増していた。
まるで高級な霜降りステーキを食べているような気分だ。
「わさび醤油とビールが欲しいぜぇ!」
流石の俺でも、即座にそれらを用意するのは不可能だ。
今回は素焼きのみで味わうとしよう。
「やっぱ自分で狩った獲物の肉が一番だな!」
戦時中を除き、人生の大半をサバイバル生活に費やしてきた。
世界を転々とし、大自然に身を置き、狩りに明け暮れてきた。
そのことに至福を感じるのが、こうして獲物を食らう瞬間だ。
「食った食ったぁ!」
尻尾だけで相当な量があった。
だが、一欠片すら残さずに全てを食らい尽くした。
「さて、尻尾がなくなったことだし……」
もはや胴体を剥いだ皮で戦利品を包む必要はない。
切断した頭部を手で持ち、皮は背中にでも巻けばいいからだ。
「鞣す準備をしたら家に帰るか」
動物の皮はそのままだと腐る。
そこで「鞣す」と呼ばれる加工作業を行い、皮を革にする。
鞣し方は色々あるが、現代でよく使われるのは薬剤を使った方法だ。
だが、残念ながらこの場にはクロムがない。
だから違う方法で鞣すことにした。




