001 バナナの樹皮で衣服を作る
今宵、儂の寿命は尽きる――そう確信していた。
死ぬ場所は大自然の中と決めておったが、現実は老人ホームのベッドだ。
「吉永さん、逝くんか」
「来世でまた将棋しような、重三さん」
ベッドの傍から声が聞こえてくる。
もはや老衰しきったこの身体は動かず、相手の顔は見えぬ。
しかし、声を聞けば誰かは分かる。ホームで共に過ごした連中だ。
幸いにも儂は呆けておらぬ。
頭は冴えており、記憶も鮮明で、消費税の計算も躓かない。
それでも寄る年波には勝てなんだ。
死が迫ると、人は走馬灯のように昔の記憶を思い返す。
どうやらそれは本当のようで、儂の脳内にもかつての記憶が蘇った。
――兵士として国の為に戦った戦争時代。
――世界中にある未開の地に裸一貫で挑んだ狩人時代。
脳裏によぎる数多の敵。
トラ、クマ、ワニ、ヘビ、サソリ、ライオン……。
暴風雨や猛吹雪といった自然そのものと戦うこともあった。
(いよいよか)
老衰によって動かぬ身体。
点滴でどうにか耐えてきた人生も直に終わる。
齢100の誕生日を迎えたその日に――儂の意識は途絶えた。
◇
「むむっ?」
意識が急速に覚醒した。
「声が出る……? 身体が動く……?」
現状に衝撃を受ける。
全身から身体が漲っているのだ。
儂は身体を起こした。
「ここは……」
周囲は生い茂る木々に覆われている。
大自然でしか味わえない緑の薫り鼻孔に突き刺さった。
背後には湖がある。
手の届かぬところで、アヒルが呑気に泳いでいた。
「ちと喉が渇くが……煮沸しないで水を飲むのは危険じゃな」
湖に目を向ける。
透明感のある綺麗な水だ。
「――!」
新たな異変に気づく。
水面に映る儂の姿がおかしい。
若かりし頃……20手前の姿をしていた。
「転生したのか、儂」
ある宗教では、人は死ぬと転生する、と言われている。
宗教に無関心の儂は信じていなかったが、どうやら本当だったようだ。
「とりあえず衣食住の確保をせんとな」
今の儂には衣食住の全てがない。
全裸で、何も持たず、湖の前にポツンと佇んでいる。
これでは折角の命も死んでしまう。
とりあえず湖から離れた。
森の中を歩き出してすぐに、此処が異様な場所だと分かる。
木々の移り変わりが激しいのだ。
少し歩くだけで植物の種が変わる。
しかも世界各国の植物が顔を揃えている始末。
明らかに地球ではありえない環境だ。
衣食住の「食」に困ることはない気がした。
まだ数十分しか歩いていないのに、色々な果物を発見している。
問題は住居だ。
地面には様々な種の足跡が残っている。
子供が裸足で走ったような形跡から大型猛獣の足跡まで。
もしかしたらこの場は、何かしらの猛獣の縄張りかもしれない。
だとすれば、この近辺に居を構えるのは危険だ。
「今は服を作るのが先か。ついでに食料も確保じゃ」
儂はバナナの木の前で足を止めた。
ここでバナナを見つけることが出来たのは嬉しい。
「フンッ!」
茎を左の拳で殴る。
儂は右利き故、怪我を懸念して左手を使う。
ガッ!
軽く殴っただけで茎が少し抉れた。
バナナの茎は非常に柔らかいのが特徴的だ。
「フンッ! フンッ!」
追加で数発の左ストレート。
程よく茎を削った所で、樹皮を手でめくる。
抉れた箇所を右手で掴み、ひと思いにペラペラっと。
そうしてめくった大量の樹皮で身体を覆う。
最初は上半身から。タンクトップのような形に纏う。
次に腰から下。太ももの辺りまで隠れるように。
最後に上下の重なる部分を新たな樹皮で縛る。ベルト代わりだ。
「これでよし」
バナナの樹皮で作った衣服の完成だ。
保温性に優れている上に、着心地も良い感じ。
「服を作ったら腹が空いてきたのう」
メシにしよう。
バナナの茎を隣町の安井さんに見立てて殴り続けた。
昔から何かを殴る時は対象を安井さんと思うようにしている。
「ヒャーハー!」
年甲斐もなく叫んでしまう。
身体が思い通りに動いて気持ちいい。
儂の人生はまだまだこれからだ。
茎が半分ほど抉れた。
そこで殴るのを終え、足で前に押す。
バキッ!
バナナの木が折れ、激しく前方に倒れた。
手の届かぬ位置に成っていた実が地面に散らばる。
実の色は黄緑。追熟させれば黄色になるだろう。
そこまで待てないので、今すぐに皮を剥いて食べた。
「うんまぁい!」
第二の人生で初めての食事は最高に美味かった。