姉妹と令嬢 1
「よかった~。どうにか追いついて」
「きゃは! そーま、お馬たん!」
颯真こと一角獣馬こと、今はただの馬は、レリルとアデリーを背に乗せ、南漁港の町中を練り歩いていた。
馬車に追い縋るため、疾風のごとき健脚で人通りも多い町中を駆け抜けたものだから、注目を浴びすぎた。
この場で擬態を即解除、というわけにもいかなさそうだったので、仕方なく普通の馬を装って人目の付かない場所まではこのままでいることにしたのだ。
幸いというか、馬を駆るのは、すでに町の有名人にして領主であるラシューレ子爵家のご令嬢。
こうして目立っていても、余計なちょっかいをかけてくる輩もいなかった。
「うーん、なかなかにいい乗り心地。颯真は馬の才能があるかも。ダメじゃない、馬にもなれるならなれると、前もって教えておいてくれないと」
レリルが陽気に首の付け根辺りをぽんぽんと叩く。
「ぶひひぃん」(なんでだよ)
ってか、馬の才能ってなんだよ。
言葉通りに乗り心地がいいのか、レリルは馬上で揺られながら、気持ち良さそうに白金色の髪を風に流し、目を細めている。
さすがは腐っても子爵令嬢、馬にも乗り慣れて見栄えがする。
しかも普段の格好が白い上下の男装と、腰に下げた刺突細剣も相まって、まるで騎乗した騎士のようにも見える。
もともとが黙っていると美形のレリルだ。行き交う若い女性が、ほうっとため息をついて見惚れるのも、わからないでもない。男装の麗人というやつか。
つい先ほどまで、両手一杯の食料を持ち、食べ物を詰め込みすぎてリスのように頬を膨らませた奴と、同一人物とは信じられない。
颯真は馬の鼻息に紛らせて嘆息した。
「ほら見て見て、颯真。道行く人たちが見惚れてるよ? 馬の颯真はすっごいきれい。白い馬体に翡翠のたてがみが映えてるし、毛並みもこんなさらっさらで。こんなきれいな馬は私も初めて。いっそ、このまま馬でいたほうがいいんじゃない?」
それはあれか。馬でないときの俺をディスっているのか?
まあ、擬態とはいえ、褒められて颯真も悪い気はしない。
お互いに同じようなことを思っていたのだから、それもまた面白いものだ。
「そーま、きれーだって。よかったね」
もうひとりの同乗者は、レリルの股の間に挟まれつつ、何故か先ほどからたてがみで三つ網を編むのにご執心だ。
たてがみだって擬態の一部で触感もある。颯真は先ほどからむずむずするのを我慢していた。
「それにしても、この子……この馬が颯真だってことをわかっているみたいね」
「ひぃん」(だな)
「ほんと、どこの子かしら? こう……喉元まで出かかっている感じなんだけど。颯真は知ってる?」
「ひぃん、ひひいぃん」(俺が知るわけないだろ)
「だよねぇ……うーん……」
それはいいですが、レリルさん。俺は今は見た目が馬なので。
真顔で馬と普通に会話するあなたは、町の住人からまた生温かい目で見られてますよ?
というか、普通に会話できるのもすごいな。