魔獣vs魔獣
(さてと、これはどうしたもんか)
正直、颯真は攻めあぐねていた。
奇襲に見事に失敗し、その上、双頭魔狼に警戒心を与えてしまった。
食事も中断し、双頭をそれぞれの方角へと向けて、周囲を警戒している。
まず、どうにも場所が悪い。
魔狼がいる岩場を囲むのは遮蔽物もろくにない原っぱ。
どれだけ隙を突こうとしても、岩場に近づくまでにはどうしても見つかってしまう。
颯真の戦い方は、基本的に奇襲や待ち伏せだ。
しかも、相手はスライムの天敵たる炎の技持ち。
正面きって戦うにはリスクが高すぎる。
それに、相手はあの巨体。
生半可な擬態では力負けするだろう。
最大戦力の放電針鼠の電撃も、屋外では電気が散ってしまって威力半減。それで、あの体躯にどれだけ通用するかは疑問なところだ。
どことない八方塞がり感に、さすがに普段はお気楽な颯真もげんなりする。
いっそ諦めて帰ってしまおうかとも頭を過ぎったが、あれだけ自分で盛り上げておいて、それはちょっと格好悪すぎる。
とりあえず、双頭魔狼を観察してみる。
左右の首が思い思いの方向に動き、見た目はキモイが索敵性能は抜群だろう。
先ほどのように食事と警戒を分担、もしかしたら交互に睡眠をとることも可能かもしれない。
同時に二役こなせて、便利なものだ。
ただ、颯真はふと思った。
ひとつの身体に、ふたつの司令塔。それは本当に便利なだけなのかと。
(よし、この手でいってみっか。元人間の英知を舐めんなよ!)
颯真はとある生物に擬態して、行動を開始した。
◇◇◇
しばらく時間が経過しても、岩場に陣取る双頭魔狼は周囲の警戒を怠ってはいなかった。
左右にそれぞれに首を巡らせ、岩場の陰から用心深く警戒を続けている。
獰猛で強力な戦闘力を有しながらも、警戒心が異常に強いのが、この双頭魔狼という魔獣の特徴だった。
警戒の最中、双頭魔狼がとあるものに反応する。
原っぱの端に、よく肥えた鹿が現われたのだ。
体長が3mを超す双頭魔狼にとって、ただの獣の鹿など、手頃な食料でしかない。
危険度が少ない獲物だということくらい、双頭魔狼も心得ているのだろう。
ただでさえ、食事を中断させられている状態で、食欲に駆られて注意が散漫になるのも、無理からぬことだった。
ただし、双頭魔狼は気づいていなかった。
それぞれの首が視認しているのは別々の鹿であり、岩場を中心とした原っぱの両端に鹿は2頭いるということを。
岩場に潜む魔獣に狙われていることを知ってか知らずか、鹿たちは呑気に原っぱの草を食んでいる。
もうすぐ射程圏内というところで、急に鹿たちが背を向けたため、双頭魔狼は反射的に飛び付こうとした。
しかし、互いが見ている獲物は逆方向。身体への指令も逆方向だったため、その動きが止まった。
「ひひぃーん!」(よっしゃー!)
左右を向いて固まった双頭魔狼の真正面の茂みから、颯真の擬態した一角獣馬が猛然と突っ込む。
即座に察した双頭魔狼が一斉に正面に向き直ったところで、今度は左右の颯真が鹿の擬態を解き、こちらも即座に一角獣馬へ擬態する。
3方向からの角による突貫である。
距離が近かった左右の一角角が双頭魔狼の無防備な両脇腹にめり込み、少し遅れて正面の颯真の一角角が、双頭の付け根に突き刺さった。
大木すら一撃でなぎ倒す一角獣馬の角による特攻だったが、双頭魔狼の強靭な肉体は耐え、分厚い表皮と筋肉の壁により、角は致命傷を与えるには至らなかった。
双頭魔狼が狂ったような雄叫びを上げ、周囲を燃やし尽くそうと、ふたつの顎に炎が集う。
(ってとこで、真打登場!)
正面の一角獣馬の背から、放電針鼠が飛び出した。
放電針鼠は双頭魔狼の双頭に飛び移り、紫電を発する。
(雷っ――!)
一瞬、双頭魔狼の黒毛の身体が、白く光った。
0距離での電撃は、双頭魔狼のふたつの脳内を灼き尽くし、絶命させていた。
(うぇーい! 英知の勝利だぜー!)
(やったぜー、俺! でも、こっちまで痺れたぜー!)
(ああ!? ごめんよー、俺!)
双頭魔狼を通じて感電し、一角獣馬となった3体の颯真は地面に横倒しでぴくぴく痙攣していた。
痺れが取れるのを待ってから、4体に分裂していた颯真は元のスライムに戻り、あらためて勝利を噛み締めた。
4体に分裂しての擬態は、以前に小型のリスで試してみたことはあったが、大型種のしかも魔獣4体同時擬態はさすがに厳しかった。
でもまあ、勝利したのだからよしとしよう。
(頑張った俺にご褒美ということで。では、いただきまーす)
強敵よ、明日の血となり肉となれ。
スライムだから血も肉もないけどね!
そんなことを言いながら、颯真は双頭魔狼に覆い被さるのだった。