魔術戦闘
ふたりの宮廷魔術師は、左手を颯真である放電針鼠へと向けて照準を定め、魔術行使の予備動作へと移っていた。
この世界での魔術は呪文を長ったらしく唱えるようなものではなく、魔力を用いて定められた構成を編み、効果を事象として具現化させる。
仄かな魔力の光を帯びた右手の指先が、文字や紋様といった類の羅列を宙に綴っている。
常人ならそれを精確に模すだけでも多大な時間を要しそうなものだが、さすがに国内屈指の栄え抜きと称される宮廷魔術師だけに、高速駆動する指先はものの数秒というわずかな時間で、空中に緻密な魔方陣を描き上げた。
「術式発現、”火炎の突撃槍”!」
「術式発現、”火の矢衾”!」
問答無用でふたりの放った火系魔術が颯真に殺到してくる。
(火!? 火はまずいっ!)
スライムとしての本能が拒絶反応を起こしている。
きっと火は弱点属性だ!
範囲魔術で逃げ場を封じ、攻撃力の高い極点魔術で止めを刺す。
即席のコンビネーションであったはずなのに、瞬時の連携に恐れ入る。
建物の中とはいえ、周囲は上下左右ともに石造り。そこも加味して躊躇せずに高威力の火系魔術を使ってくる辺り、もはや流石としかいいようがない。
颯真は俊敏な放電針鼠の矮躯を駆使して、火矢の雨を掻い潜り、槍を寸で回避する。
きっと、他の擬態ならこの攻撃でやられていた。
でもまあ、この擬態だからこそ、攻撃を受けたわけで、そこは悩ましいところだ。
反転して逃亡――といきたいところだったが、すでにふたりは次の魔術行使に移っている。
今度は先ほどよりも魔術構成の規模が大きい。
もとよりこちらが本命で、今の魔術は足止め狙い、当たれば儲け程度のものだったらしい。
反撃を――と颯真は咄嗟に考え付いたが、颯真とふたりの間には距離がある。
近接攻撃に持ち込める隙も時間もありそうにない。そもそもそんな時間があったら、一も二もなく逃げ出すところだ。
飛び道具や、それこそ魔術でもなければ、届く距離ではない。そんなもの――
――いや、あるじゃん!
そこで閃いたのは奇跡だった。
颯真の擬態したのは放電針鼠。放電する針ネズミなのだ。
魔獣と呼ばれる所以たる特殊能力、人間に置き換えると固有魔法。
放電針鼠の固有魔法は、そのまま”電撃”。
使い方は本能が教えてくれる。
魔法は魔術と違い、手順も法則も必要ない。つまり、後出しでも充分に魔術始動速度を凌駕する。
放電針鼠の全身の針が逆立ち、体積が一瞬で膨張する。
針が発電によって発光し、針同士でスパークして瞬く。
(雷っ――!)
ぱっと、視界が白く覆われた。
爆発音もなにもなく、静寂だけが訪れる。
通路の先には、宮廷魔術師がふたり、今まさに魔術を行使しようと手を掲げたポーズのまま失神していた。
雷撃は瞬時に床や壁を通じて拡散し、途中にいたふたりを感電させていた。
颯真は近づいて確認したが、ふたりは死んでこそいないものの、すっかり白目を剥いて気絶している。
(うっわ~。こりゃ確かに危険だわ、こいつ)
戦闘態勢にあった魔術の頂、宮廷魔術師がふたり、あっさりだ。
しかも今回は使わなかったが、強力な毒もあるという。見た目は一見愛くるしくても、遠隔近接戦なんでもござれの凶悪な万能タイプというわけか。
棚ぼたで取り込めた颯真は運がいい。むしろ、この危険生物をどうやって捕らえたのか、魔獣ブローカーのほうに感心する。
(あ、いけね!)
階下からどやどやと駆け上がってくる複数の足音がする。
頭の上で魔術戦などを行なっていれば、気づかれるのも当たり前か。
颯真は即座にスライム形態に戻り、近場の壁の割れ目に逃げ込んだ。