ただ今、聞き込み中です
しばしの休憩を挟んでから、3人は連れ立って町へ出ることにした。
庭園にたむろっていたはずの宮廷魔術師たちの姿はない。
ネーアによると、任務は急を要するもののため、ネーア1人を残し、すでに闇昏き森に出発したらしい。
もう数人くらい、人捜しに回してくれても良さそうなものだが、薄情なものだ。
そう颯真が同意を求めると、ネーアは困ったように苦笑していた。
いつの時代もどの世界も、下っ端や新人とは世知辛いものらしい。
とりあえず、ネーアによって手配書の配布は完了しているので、今度はそれをもとに地道な聞き込み作業となる。
意気揚々と進むレリル、ネーアと続き、颯真は最後方を歩いていた。
そして、ふと颯真は気がついた。
あらためて見ると、この集団、とにかく物凄く目立つのではなかろうか、と。
なにせ、見た目だけは気品あふれる貴族然とした白金髪の美少女レリルを筆頭に、後ろに続くのは、純白のローブを纏った宮廷魔導師のこれまた美少女、しかも爆乳装備。最後は目つきは悪いがイケメン青年という集団だ。
こうなれば、目立たないほうがおかしいというものだろう。
一見すると近寄りがたく、聞き込みは難航するかと懸念されたが――結果的には、そんなことはまったくの杞憂だった。
目立っているのは事実だが、道行く人々がとても協力的なため、むしろ作業は思いのほかに捗っている。
それというのも、間違いなくレリルのおかげだろう。
気取らない人柄か、親しみやすい性格ゆえか、貴族と平民という垣根を越えて、彼女には町の人も好意的な眼差しを向けている。
気軽に挨拶までしてくるあたり、領民と領主の関係も良好のようだ。
先導するレリルの機嫌は上々だ。
鼻歌など歌いながら、道を練り歩いている。
「これなら、いつものパトロールも兼ねられるから便利よねー」
「パトロールってなんだ?」
「町の治安を守るため、こうして町を回るのは日課なの。衛兵に任せっきりで、貴族の立場に胡坐をかいてはいられないからね。自分の町は自分で守らないと」
笑顔できっぱり言い切るレリルを、颯真はちょっと見直した。
「今日、颯真と知り合えたのも、そのおかげだしね」
腰のレイピアを見せびらかす。
「最近は、この町もなにかと物騒になってきたからね。今日のチンピラたちだってそう。身元不明者が、警備を掻い潜って不当に町に入り込んでくることもよくあるの。闇昏き森が近いから、魔獣を捕まえて売りさばくブローカーの存在も頭が痛いところだし、こうして常に目を光らせておかないとね」
「へえ、そんな奴らがいるのか。大変だな」
フクロウ形態で警備の頭上を越えてきたことはすっかり棚に上げ、颯真もしたり顔で同意する。
「まーねー。お忍びで出歩くのも、楽じゃないんだから」
あっけらかんと言ったレリルの言葉に、颯真は足を止めた。
「ん? どしたの、颯真?」
「……おまえ、町歩いていると、親しげに声かけられるよな?」
「うん、そだね。うちの町の人たちは親切だから。食べ物をくれたりもするよ?」
「町中で帯剣している奴を見かけないんだけど、武器の携帯はOKなのか?」
「もちろんダメに決まっているじゃない。衛兵に見つかったら、捕まっちゃうわよ?」
笑顔で答えるレリルに、通りすがりの巡回中の衛兵が敬礼していた。
「おい、ネーア。あいつ、マジなのか? マジで領主代行ってバレてないつもりなの? 遠回しに指摘しても通じないぞ?」
「……はい。昔っからですから……でも、それがレリルちゃんのいいところでもあるんですよ。本当ですよ?」
隣を歩くネーアのほうが申し訳なさげだった。
颯真も理解した。
町の人のあの温かに見守るような、ほんわかした視線――あれはそういう意味だったのか。
これは、他の町人たちと同じく、そっとしておいたほうがいいのだろう。
「よし、3人一緒じゃあ効率が悪い。ここは3手に分かれよう!」
なんだか急に周囲の視線に耐えられなくなってきたので、颯真はそう提案した。
「いいのではないでしょうか。そうしましょう、レリルちゃん」
ネーアが即座に乗ってきた。以心伝心というやつか。
「そう? ふたりがそう言うなら、それもいいかもね。じゃあ、夕方に屋敷で落ち合うってことで。あと、颯真! トラブル的なことがあったら、きちんと解決しておくのよ。いい?」
(なんであいつは、当然のことのように俺に命令するんだろう……)
もはや怒りや反抗心すら浮いてこない。ただ、ひたすら謎だった。
独特の思考回路に、はもはや同じ人間とは思えなくなってきた。いや、人間の姿は仮初で、実体はスライムなわけだが。
そんな思いを抱きながら、颯真は離れゆくレリルの後姿を見送った。
「では、颯真さん。わたしはこちらを回ってみます」
「じゃあ、俺はこっちを回ってみるか。じゃな、後で」
「……はい」
ぷらぷらと後ろでに手を振り、颯真はネーアに背を向けて歩き出す。
独りになったことで、別に聞き込みをサボったことでバレはしないのだが、颯真は生来の性格として案外マメだった。
そんなことは頭の片隅にも浮かばず、ひたすら真面目に聞き込みを続けていた。