私の幼馴染は変態的に私を信仰する
友人から「変態的な幼馴染」をテーマに書いて欲しいと言われて、悪ふざけで書いてしまった作品です。
正直どうしてこうなったのかよくわからないですが、消しちゃうのももったいなかったので載せてしまいました…笑
気軽な気持ちで読むことを推奨しております。
私には岸谷 翔太という幼馴染がいる。
「さき、おはよ〜」
「…おはよう。」
朝の寒さが少し緩み始める教室。
いつものように友達が私に挨拶をする。
そしてこれまたいつものように、そんな素っ気ない挨拶だけで、彼女は他の友達のところへ向かう。
…仲が悪いとかそういう訳じゃない。
むしろ、この異常な朝の風景に皆が慣れてしまったが故に見て見ぬ振りをされているのだ。
ぎゅっと、お腹へと回されている腕が強まった。
まるで私の意識が逸れたことを責めるように締め付けてくる。
この17年間ですっかり慣れきったはずの感覚…
その上いつもどこか落ち着かない、そんな感覚…
ちらりと、縋るように教室の前に掲げられた時計を見る。
8時13分。
あと2分過ぎればホームルームが始まる。
無理だとわかっていながら、私はいつものようにその腕を軽くタップする。
「…翔太、もうすぐホームルームだから、クラス戻って?」
「……………まだチャイム鳴ってない。」
私の肩口に押し付けたそこから、くぐもって聞き取りづらい低い声が抗議する。
それとともにさらに頭をぐりぐりと押し付けられ、お腹にあったうちの片方の腕が、さらに私を抱き込むように上へと登る。
その様子はさながら、獲物へと絡みつく蛇のように思える。
キーン、コーン、カーン、コーン…
ありきたりな学校のチャイムが鳴った。
と同時に、ガラッと大きな音を立てて、うちのクラスの担任が前の扉から教室へと入ってくる。
いつものように呆れた表情をした彼と目が合う。
「………岸谷。こう毎回毎回言いたかないけど、時間だからさっさと園原を解放して自分のクラス戻れ〜」
「…翔太、聞こえてるでしょ?ほら早く離して。」
先生の言葉を聞いて、再び彼の手を叩いて合図すると、彼はゆっくりとした動作でその顔を肩から上げた。
ここ数年でグッと男らしさを増した整った顔が、私を見上げてくる。
「さきちゃんがまだいつものやってくれないなら帰らない。」
落ち着いた低い声に似合わない、拗ねたような子供っぽい物言い。
いつものことなのに、こればっかりは毎回顔が引きつってしまう。
しかし、翔太はそんなことお構いなしに、私の瞳をじっと見続ける。
…仕方ない。
渋々、唯一拘束されていない右手を彼の頭へと持っていき、いつものようにポンポンと手触りのいい髪を撫でた。
途端、彼はご主人を前にした犬のような人懐っこい笑みを浮かべる。
そして私の首元に顔を押し付け、1度ぎゅっとし直すと、颯爽と私を解放し教室を出て行った。
「…毎度言いたくないが、イチャつくのはよそでやってくれよ〜」
「…イチャついてません。」
これが私の日常である。
私には幼馴染がいる。
岸谷 翔太。
私と同じ高校2年の、10人いれば9人がイケメンだと称する美男子だ。
イギリスの血がうすーく入ってるらしく、日本人より少し薄い色素に彩られた少しはっきりとした顔は贔屓目なしに美しい。
180近くある身長としっかりとした体格は運動神経も良く、勉強も常に学年トップに居座るような秀才だ。
性格も明るく、おおらかで、基本皆に分け隔てなく優しい。
当然、学年1人気者と言えるであろう。
ただひとつ、
彼に難点を挙げるとすれば、彼が変態的なまでに幼馴染に執着していることだ。
授業の間のわずか10分の休憩。
それが私に与えられた自由時間であり、友達と気兼ねなく話せる唯一の時間だ。
「おつかれ〜」
「…疲れた。」
苦笑いを含んだ声で私に話しかける友達に、私は少しげんなりとした無表情で答える。
「毎朝毎朝、懲りないね〜あんたの旦那。」
「…旦那じゃない。翔太はただの幼馴染。」
「でも、もういい加減付き合うんでしょ?」
「…それ、どこ情報?」
そんないつもと似たような会話を繰り返しては私の貴重な10分は過ぎてしまう。
昼休みになれば、また私は翔太に拘束される。
当たり前のように容認されてしまったこの関係だが、私と翔太は別に付き合っているわけでもなければ、恋愛感情を持っているわけじゃない。
翔太がただひたすらに、私という存在を手放さないのだ。
事の発端は岸谷家と園原家の出会いまで遡る。
当時、同じ日に私と翔太を出産した私たちの母親たちは、ベットが隣同士で入院してたそうだ。
そして、その短い間で意気投合。
よくよく聞けば同じマンションに住むご近所であるとわかり、そこから頻繁に交流を持つこととなった。
それだけなら仲の良い幼馴染で終わったのにこうなってしまったのにはいくつかの分岐点があったように思える。
分岐点その1として、元々バリバリのキャリアウーマンだった翔大の母親が産後復帰し、うちで翔太を預かるようになったことだ。
いくら仲のいい子が一緒だとはいえ、翔太はまだ2歳になるかならないかくらい。
まだまだ寂しかったのか、はじめの頃はよく泣いては私たちの遊び相手だった私の兄(当時10歳)を困らせたそうだ。
父に似て口下手だった兄は悩んだ。
うちの母はぽやっとしてるからか、「あらあら元気ね〜」で片付けていたが、全然泣かない私を見慣れていた兄にとって、翔太の存在は未知だったのだろう。
悩んで悩んで、悩んだ挙句、彼は手近にあった一つの存在を翔太に差し出した。
お留守番の時、いつも翔太の隣にポツンと置かれている…
そう、私である。
兄はおもむろに私を翔太に押し付け、こう言ったそうだ。
「好きなだけ持ってていい。あったかいし、さきはどこにもいかない。」
はじめはその言葉をキョトンとした表情で聞いていた翔太も、いざ押し付けられるままに私をぎゅっとしてみたら、予想外に気に入ったのかそこからずっと私を抱きしめるようになったそうだ。
こうして、翔太の精神安定剤もとい、ぬいぐるみがわりとして抱きしめられる生活が始まった。
そして訪れた分岐点その2、中学に入りお互い思春期と呼ばれる時期に差し掛かったころだ。
男女特有の気恥ずかしさからか、小学校までしょっちゅう私に抱きついていた翔太が、あまり抱きついてこなくなった。
それでもどこか習慣化してしまった所があるのか、朝私を迎えに来るとき、もしくは放課後、思い出したように抱きついては来てたので、私的にはそんなに変わらなかったような気もする。
しかし、その少しが、翔太にとって大きな変化をもたらしてしまったらしい。
元々整った顔立ちをしていたのもあって、翔太は中学に入った途端一気にモテるようになった。
そして気がついた時には翔太には彼女がいるのが当たり前で、何故か相手がコロコロと変わっていたような気がする。
それでも私と翔太の関係は変わらず、ずーっと続いていくと思っていた中2の夏。
夏休みに入ってしばらく経ったその日、朝会ったのちデートに向かったはずの翔太が昼前に突然やってきたのである。
「…どうしたの?」
驚いたものの、どこか様子のおかしい翔太にそっと話しかけたのを覚えている。
それに翔太は何も答えず、私に抱いてその日は一日中動かなかった。
何があったかは聞いてない。
だけど、翔太が言うにはその日を境に気がついてしまったそうだ。
五感すべてが私が好みなのだと。
他の女の子と話しても、触れ合っても、どこか違和感を覚える。
でも、それが私には一切なく、むしろとてつもなく居心地がいい…
つまり刷り込みである。
私の声じゃなきゃ落ち着かないし、
私の匂いじゃなきゃ好ましくないし、
私の抱き心地じゃないと触りたくないし、
私のような顔じゃないと楽しくない。
そう言いながら幼い時以上に私にくっつくようになった翔太に、私はひどく戸惑った。
私だけじゃない、周囲も物凄く困惑していた。
それでも翔太は私を手放そうとはしなかった。
私を唯一と気がついてしまったからにはもう、私なしでは生きていけないから…と。
誰にも私を取られまいとするかのように、翔太はいつも私を囲い込む。
話すことは許しても、男子との接触をとても嫌がった。
少し手が触れただけでも、匂いがなんか違うと言っては、消毒と称してその手を舐める。
私を見ている男子の視線を無意識か、意識的かわからないが必ず遮る。
こんなに独占欲丸出しで、好き勝手触ってくる癖に、そこに恋愛感情は全く含まれていない。
他者から見れば恋人のような距離感なのに、翔太は私を性の対象としては決して見てはいない。
「なんで言い切れるの?」
と呆れ気味にみんなに言われるが、これだけは私は断言できる。
なぜなら、翔太は私にべたべた触れていながら全く反応しないのだ。
…私と違って。
今日も今日とて私は、翔太の膝の上に乗せられ抱きしめられる。
同じくらいの背丈がもうすっかり追い抜かされたのはいつ頃だったか、正確には覚えていない。
でも、翔太に男らしさを感じてしまうようになった時のことは鮮明に覚えている。
日に日に成長し、どんどん男らしさを増していくその体を、私は鮮明に感じさせられる。
そしてそれを意識すればするほど、私は平静を保てなくなってしまう。
種類は違うとはいえ、好意をあからさまにぶつけてくる相手を好きにならない可能性は極めて低い。
翔太が私の存在を刷り込まれたのと同じように、私にも翔太の存在は刷り込まれているのだ。
ただひとつ違うのは、
私の好きは、恋愛としての好きで、
彼の好きは、家族としての、もしくは信仰にも近い好きということ…
「咲…ずっと一緒にいてね?」
そう絡め取られるような声で吐いた約束に小さく頷くのは、きっとこの先も2人して逃れられないとわかっているかもしれない。
この甘く、苦しい、泥沼の中に…