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- 序章 -

-大阪府 大阪駅-

11時26分


 どこか、遠くから音がする。

 これは、いったいなんの音だっただろうか。

「う……ん……?」

 全身が酷く痛む。

 どちらが上でどちらが下なのかも分からない。

 ただ、腕の中の温もりだけは確かに感じ取れた。

「す……みれ? おい、菫! っ痛」

 菫を起こそうとして、頭をぶつけた。

 混濁していた意識と記憶が次第に明瞭になる。

 そして、今も断続的に聞こえているこの音は、駐屯地で何度か聞いたことがある。

 銃声だ。

 菫の意識は無かったが、目に見える範囲に出血はないようだし、呼吸もちゃんとしている。

 助けを呼ぶため、そして何よりも状況を把握するために車から這い出た。

「なんだ……これ」

 目の前の光景は、到底受け入れられるものでは無かった。

 ビルや車のガラスはことごとく割れ、高架にはヒビが入り、街路樹はなぎ倒されていた。

 それはまるで、巨大な竜巻が通り過ぎたかのように。

 誰かいないかと周囲を見回すと、遠くに倒れている人影を見つけた。

「大丈夫ですか……?」

 近づいてみると、警察官がうつ伏せに倒れていた。

 いや、死んでいた。

 その警察官、だった遺体は、制服が無ければもはやヒトであったかどうかの判別も難しいほどに損傷していた。

「一体何が……うっ」

 思わずその場に嘔吐する。

 とにかく、誰か生きた人に話しを聞かなければ。

 走った。銃声のする、駅の方へと。

 街の惨状が見えてくる。

 どこもガラスはことごとく割れ、コンクリートの構造物も損傷、一部は崩壊していた。

 避難が上手くいったのか、人の姿は無かった。

 先ほどの警察官は自分と同じように最後まで避難誘導をしていたのだろう。自分と妹が助かったのは幸運以外の何物でもなかった。

 来た道を引き返し、駅が見えてくる。

「おい! 無線を持ってないか!」

 駅の入口から、自衛官が飛び出してきた。

「ありません。一体何が起こってるんです?」

「くそっ! 無線が通じない! お前一人か!?」

「そうですけど、一体何が起きてるんですか?」

「俺にもよく分からん。アレは……」

 その時、轟音と共に、屋根を突き破ってナニカが飛び出した。

「みーつけた」

 ソレは、落下することなく空中に静止し。

 ゆっくりと周囲を見回すと。

 自分達に向かって、確かにそう言った。

 見つけた、と。

 遠くてもはっきりと聞こえる、少年か、あるいは少女のような澄んだ声で。

「てん……し?」

 大きさや形は間違いなく人間だ。

 ただ、背中には、太陽の光の下でも分かるほど眩く発光する一対の大きな翼があり。

 頭の上には翼と同じように、そしてこっちは淡い水色の光を放つ輪が浮かんでいた。

「奴だ! 伏せろ!」

 訳も分からないまま、咄嗟にその場に伏せる。

 目の前を何かが掠めていった。

「アレは一体なんなんですか!?」

 隣で伏せていた自衛官に問いかけるも、返事がない。

「一体何が…………え?」

 見れば、背中に薄い氷が刺さっていた。

 ちょうど、心臓の位置に。

 氷は薄く、羽のような形をしていた。

 とても防弾チョッキを貫通できる強度があるようには見えないのに。

「あれ? 外しちゃった」

 再び頭上から声が聞こえる。

 投げたゴミがゴミ箱に入らなかったとか、それぐらい軽い調子だった。

 これは、あいつがやったというのか。

「お前は……なんなんだ」

 会話ができるのかなんて分からない。でも、聞かずにはいられなかった。

「ボクはね、使者なんだよ。破滅のね」

「破滅の……使者」

「そうそう。でもおかしいんだよね。全然人間がいないんだもん。ねぇ君。みんなどこに行っちゃったのかな?」

「探して……どうするんだ」

「もちろん、殺すんだよ。人間も、他の生物も、皆残さずね。ここにはもっとたくさんいたよね? そうだ。教えてくれたら君は最後にしてあげてもいいよ」

 目の前の存在が何なのかは分からない。

 ただ、大勢の人を殺そうとしているのは間違いない。

 そして、こいつはまだ地下にいる避難民には気が付いていない。

 なら、なんとしても止めなければ。

「ボクは誰にも止められないよ。皆等しく死ぬんだ」

 既に銃声は聞こえなくなっていた。

 もしかしたら、もう誰も残っていないのかもしれない。

「だから大人しく……お?」

 目の前に落ちていた小銃を拾い、撃った。

 これは隣で倒れている自衛官のものだ。

「そんなものボクには効かないよ」

 距離が遠く、全部は(あた)らない。それでも、何発かは命中する。

 しかし、天使は翼でそれを払いのけた。

「あれ? どこいくのかなー?」

 どこまで逃げられるかなんて分からない。

 でも、勝てない以上逃げるしかない。

 妹を、菫を連れて、どこまででも。


「菫!」

 パトカーの下で、菫はまだ意識を取り戻していなかった。

「こんなところにいたんだ~。どおりで空から見えないわけだ。ってことは、他にも空からは見えないところを探せばいいのかな?」

 目の前に天使が降り立つ。

「うわぁぁぁ!?」

 瞬きをする間にも殺されるのではないかという恐怖。

 それでも、黙って殺されるわけにはいかない。

「だからそんなもの効かないって…………ん?」

 パトカーの横に落ちていた拳銃。

 それは半ばから千切れた皮のベルトにぶら下がっていた、血まみれのリボルバー。

 恐らく、さっきの警察官の装備だろう。

 小銃弾が効かなかった相手に通用するとは思えない。でも、せめてもの抵抗だった。

 当然、天使は翼でそれを払いのけ、弾は届かないだろう。

 でも、そうはならなかった。

 天使の翼の輝きが一瞬だけ、僅かに鈍くなったような気がする。

 銃弾は天使の頬を掠め、わずかに傷を作った。

「あ、あはは、面白いねぇキミィ!? このボクに傷をつけたのは君が初めてだよ!? 死ね!」

 無数の氷の羽が放たれる。

 隠れることも、避けることも不可能。

 氷の刃一つ一つが鮮明に見える。

 未だ意識を取り戻さない妹を抱きよせ、目をつむった。

 走馬灯とか、そういうのは見えなかった。


「…………」

 痛みを感じない。

 そんな間もなく死んだのだろうか。

 でも、腕の中の妹の鼓動は、確かに聞こえた。

「…………?」

 恐る恐る目を開く。

 視界一面にうつったのは、真っ白な翼。

「お怪我はありませんか?」

 すぐ後ろから声が聞こえる。

 落ち着いた、女性の声だった。

「うわぁ!?」

 天使の翼に、包まれていた。

「落ち着いて。私はあなたの敵じゃないわ」

 二体目の天使は、自分達を覆っていた翼を背中にどけた。

 片翼の、その翼を。

「誰かと思えば、お姉さまじゃないか。なんでこんなところにいるのかなぁ?」

「あなた達を止めるためです」

「ってことは銃弾(さっきの)はお姉さまの仕業か。全く、出来損ないのくせに」

 二体の天使の会話の意味は分からない。

 でも、二体目の、片翼の天使からは、敵意や害意は感じられなかった。

「止めて見せます。あなた達を全員殺すことになろうとも」

「ボク達を殺す? お姉さまは所詮なりそこない、今や第一の使者はこのボクだ。お姉さまは八体目に過ぎないのさ。そして、使者に八体目は要らない。消えるのはお姉さまの方だよ? もう誰もボク達を止められないのさ。だから、大人しく死んでくれ」

 一体目の天使が再び氷の刃を放つ。

「私は信じています。生命の、その意思の強さを」

 片翼の天使は再び翼を広げる。自身と、それと自分達を護るように。

「その未熟な翼で、どこまで耐えられるって言うのさ!」

「っ!」

 数多の氷の羽が降り注ぐ。

 それは、片方の翼だけで防ぎきれる量では無かった。

 いくつかが翼を貫通しはじめる。

「生命には無限の可能性が秘められている。それは時に破滅を生みながらも、それでも前に進んできました」

 それはきっと、自分達に掛けられた言葉。

「だから、私は少しだけ手助けをします。あなた達が、破滅に抗えるように」

「ボクの翼が……!?」

 一体目の天使の翼の輝きが鈍くなる。

 拳銃の撃鉄を起こし、引き金を引いた。

 銃弾は、翼を貫通した。

「姉さんは! いつも! 余計なことばっかり!」

 天使は再び氷の羽を飛ばす。

「くっ!」

 ついに、翼を貫通した氷の刃が片翼の天使にまで届いた。

「消えろ!」

 攻撃が激しくなる。

 もう弾は無い。

「撃て!」

 自分のものではない、連続した銃声が響く。

「くそ、くそっ! 人間ごときがっ!?」

 いつのまにか周囲に軽装甲機動車二両が停車し、隊員が天使に向かって発砲していた。

 銃弾は、天使に届く。

「去りなさい。今のあなたには、もう戦えません」

「ただで済むと……思うなよ」

 天使は、大空へと消えていった。

 報告や、負傷者の捜索など、やらなければならないことはたくさんある。

 まだ……たくさん…………

「今は、眠りなさい。その時までは、どうか休んで」


 淡い、温かな光の中、片翼に包まれて意識を手放した。






 これは


 神々に見放された世界の


 その終焉の物語










以上で Ground zero -八本目ノ飛行機雲- の更新は終了となります。

ある日、ふとした瞬間に空を見上げた時、幾重もの飛行機雲が頭上で交差していたことから着想しました。

七体の天使はヨハネの黙示録に出てくるラッパ吹きをモチーフにしていますので、それぞれに固有の特殊能力があったりします。


海外ストーリーをもっと充実させたかった……。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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