5話 祓えよ呪怨
「グルゥゥゥアアアアア!!!!!」
一匹が天を見上げて大きく咆哮する。雄叫びが耳をつんざく。駆け寄る二匹目が振り下ろした鋭い爪をバックステップで避けながら、咆哮を防ぐため耳を塞ぐ。反撃で腕に一撃食らわせてやったが、さして効いている様子はない。見るともう回復していた。
「クッソ、ホントなんでこんなことになるんだよ…あぁ、今日は本当に厄日だ!」
二匹のヒョーガイが血走った眼でこちらを見つめてくる。タルパの眼に見える二匹の魂の形は、普段よく見る魔獣のような濁った白い感じとは異なり、赤黒くとても禍々しい見た目になっている。魔獣の魂の造形がほぼ同じなように、神獣も共通なのだろうか?
(しかも魂がめちゃくちゃ強固になってる。魔力で刀を強化したってのに、ありゃあ倒すのはマジで骨が折れるな…)
「剣は効果が薄くて、打撃は硬くて通らない。けど、これなら………どうよ!?」
生成している間に攻撃されないよう、跳躍して発動までの隙を潰す。刀を鞘に納めたことで空いた両手の平からいくつものハンドボール程の大きさの魔力の玉が作り出され、手を離れて滞空する。
そして、放つ。詠唱とともに作り出された魔弾は『神獣』を打ち滅ぼすべく、その猛威を示す。
「受け取りな、魔弾『血塗れの指先』」
魔弾は射出される間に菱形に変形。神獣の堅牢な魂と甲殻を貫くべく、速度を上昇させる。
魔弾[血塗れの指先]。[BtoB]とは違い、肉体を貫通する事に特化した無属性の魔弾。その名は標的を貫通する事で役目を果たした後も暫く、標的の血を纏った状態で残り続けることから名付けられた。
「グルゥゥゥアアアアア!!!!!」
「グルゥゥゥアアアアア!!!!!」
二匹が雄叫びを上げ、一匹が魔弾に対して迎撃の態勢をとる。鋭利で長い、日本刀のような爪で弾き返そうとする。
ザク。ぶしゅう。突き出された神獣の腕をいとも簡単に貫き、余剰の勢いで地面に突き刺さった。その弾頭は名の通りに神獣の血で赤く染まっていた。
「グギィヤァァァァ!!???」
「グウゥゥゥ!??」
「はっ、テメェ如きにやられる僕の魔弾じゃねぇよ!おら、もっとサービスしてやらぁ!」
生成された残りの魔弾を放つ。9発の魔弾が二匹に襲いかかる。先程奴の左腕を抉った魔弾よりも加速し、奴ら二匹の息の根を止めんとする。
しかし、それは叶わなかった。魔弾が二匹に着弾しようとする瞬間、穿ち抜かれ死に行くはずだったその身に異変が起きたのだ。
「な…なんだよあれ…デカくなりやがった…しかも、魂が…滲み出てやがる!」
神獣の元々の巨躯が更に膨れ上がった。この巨体は、小さな家屋と同等かそれ以上。しかも、あの禍々しい魂の色が体の外に滲み出て、オーラとなってその身体を包んでいた。
[血塗れの指先]で引き裂いてやった左腕まで再生している。体毛は変色して魂の色と同じく赤黒くなり、より禍々しい見た目になっている。
「ニン……ゲ、ン…………ニク、イ………コ、ロス…コロス………」
「ニン……ゲ、ン…コロス………」
「喋った……?あぁ、神の意志か。」
まったく、いらん騒動を起こしてくれやがって。死んでも迷惑なやつだ。何でこんなのが神を名乗れるのか、不思議だ。
(くそ、あの時を思い出しちゃったよ。理不尽で、話を聞かなくて、傲慢な奴。………閻魔も神の一種だよな?)
「ふぅ、嫌なもの思い出させやがって。僕がお前の同類せいでどれだけ絶望したと思ってんだ。…まぁ、いい。これからハンターになる者として、お前らを放っておくわけにはいかない。」
そこまで言って一旦言葉を切り、魔力を手のひらに生成する。4つの生み出された魔力の球を自分の周りに浮かせ、その後剣を抜き、構えて言う。
「ここで、駆除してやる。これ以上、お前らの逆恨みに付き合ってられるか!」
決意の叫びに、剣を握る手に力が入る。魔弾を飛ばし、奴らをもう一度貫かんとする。
「ジャマ………!」
「ニン……ゲ、ン…………!!」
しかし、あのオーラによる強化は相当なもののようで、放たれた魔弾はいとも簡単に弾かれてしまった。弾かれた魔弾は地面に当たって霧散する。
(やっぱダメか。けど、あれで終わったと思うなよ、化け物。」
魔弾は不発に終わった。確かに、あれで倒せたのならそれでよかった。けど、あの魔弾は本命の為の捨て石だ。
「マーキングは済んだ。あとは誘導するだけ………なんだけ、どね………」
「頼むぜ。この魔弾の成否はお前に懸かってるんだからな。頼りにしてるよ、相棒。」
刀を強く握りなおしてそう呟く。本命の魔弾の為の布石は打てたが、誘導するには奴らを怒らせてマーキングの内部に突っ込ませる必要がある。だが、貫通力に長けた[血塗れの指先]すら弾いて見せたあの甲殻にこの刀が通用するかは怪しい。
けど、やるしかないのだ。魔力温存のため、もう本命以外の魔弾は使えない。だから、刀に全幅の信頼を寄せるのだ。
「………!!成る程、期待には答えてくれるみたいだね、流石、僕の刀だ!」
刀を神獣の前に向けた。その瞬間、刀から強い光が発生。光が収まった時、刀はその造形を変えていた。
灰色に染まった刀身は、タルパの魂の色と全く同じだった。
『魂具化』
主人の期待に応えるべく、刀は進化したのだった。この状態で使うのは当然初めてだかが、それでもまるでずっと使ってきたかのようによく手に馴染む。
「魔力を足に集中………受けることより、当たらないことを重視しろ………」
魔力によって強化された脚部は、驚異的なスピードを生み出す。これまで通らなかった刀による攻撃も、『魂具』となったことで通るようになった。時折避けられはするが、当たるだけましだ。
「あと……少し……………!!」
「グゥアアアアア!!!」
一匹は範囲に入った!あと一匹、奴を引き込めれば僕の勝ちだ!
もう一匹もこっちに向かって突進してきている、アレを、よ、け、て………!
「はぁっ!」
ごちぃん!と、硬いものがぶつかる音がした。先にマーキングされたエリアに入った神獣と、タルパを狙って突進してきた魔獣が、標的であるタルパが宙に跳んで回避したことで激突したのだ。
衝撃に流石の神獣も怯む。その隙を、タルパは見逃さなかった。
「やっと、ここまで来たか。これで、終わりだ!」
刀が月明かりを反射してよく映える。宙を舞うタルパを二匹の神獣が見つめた時、先程弾かれて地に落ちた魔弾が線を結んだ。結ばれた線は神獣を取り囲むように伸びている。
「食いやがれ、月夜限定、僕の全力を!」
刀から反射する月の光が、タルパの魔力を受けて超増幅させる。ターゲットは、先の結ばれた魔力の線が逃げることを許さない。こうして場は整った。絶対必中の奥義が放たれる。
「魔弾」
「『狂気と深淵の光明』」
バァァァァァァ!と、光が降りる。その魔弾の余波はこの深夜の森全体に昼間の如き光を届けた。
そして、この魔弾を殺意を以って真っ先に受けた二匹は、まさしく跡形もなく、この世から消え去った。魂のかけらも残さない、完璧な「消滅」だ。
「はぁ…はぁ………やぁっと、おわったぁ〜〜〜!」
深夜の死闘は、タルパの勝利で終わった。力の限りを尽くした勝者は、その場にへたり込んですぐに気絶するように寝てしまった。
お陰で翌日凍死しかけたのは、また別の話だ。