4話 姫様、動き出す。
「はぁ………」
「…………」
最近、というか、ずっと前から私のご主人様は様子がおかしい。
フィオナの従者フランキスカ=ノベルは、心ここに在らずな自分の主人を見て、またその思いを膨らませた。あんな姿を見ていると、相手が誰だろうと少なからず苛立つものだ。
いつもこうだ。もう特に何もすることが無い1日の終わりはずっと虚空を見つめてため息をついたり、顔を赤らめたり、妄想が度を過ぎたのか、何が原因かわからぬ羞恥に身悶えしている。今もベッドに横たわってため息をついている。
あぁ、気になる。フィオナ様はいつも問いただしても「なんでもない」とか、「心配かけてごめんね?」とか、そんな返事ばかりでお茶を濁される。いったい何を考えているのか、検討もつかなかった。
(けど、それは昨日までの話。私はあの仕草の意味を調べ、答えと思しき資料にたどり着いた!もう私相手に隠し事などさせませんよ、姫様!)
「姫様」
私は腹をくくり、姫様の本心を明らかにする為声をかける。さて、姫は何を考えているのか。姫は私が何を言おうとしているのかが分からず、きょとんとした顔をしている。
「?どうしたの、フラン?」
「姫様。つかぬ事をお聞きしますが、もしや恋をなされてはいませんか?」
ガダンッ
豪快な音をたてて、姫様が椅子から転げ落ちた。あの体勢、頭を打ってなければいいのだが。
「…………大丈夫ですか?お怪我は?」
「け、け、け、怪我はっ、無いけど!!!な、なっ、いきなりなんてこと言い出すの!?」
「姫様、態度でバレバレですよ。たとえ他の者が気がつかなかったとしても、長年姫様と共に過ごした私には分かります。どんな感情の機微だって、姫様のものなら察知して見せましょう。」
「…………じゃあ、最初からずっと分かってたの?」
「勿論、そのくらい当然ですよ。(まぁ、嘘ですが。流石にそんなのすぐに分かるわけないじゃないですか。)」
むー、と姫様は恨めしそうにしばらくこちらを見ていたが、観念したのかぽつぽつとではあるが、話してくれた。
「私ね、前世の記憶があるの。今の、フィオナ=ゲルバーグとして生きる前の、記憶が。」
「…………はい?」
なんだ、それは。人が心配して意を決して声をかけたというのに、まさか出てきたのがこんな与太話だったとは。なんだ、心配して損した。
「信じてないよね?その目、絶対私の言ったこと信じてないよね?」
「流石に前世とか言われましても………ねぇ流石にそう簡単に信じられるものではありませんよ。」
「ふんだ。フランにだって転生した時に記憶を消されただけで、前世がちゃんとあるんだよ?私はただそれをしっかりと覚えてるだけ。」
私は姫様の顔を確かめた。声も表情も、嘘を言っているとは思えないほど真剣だ。つまり、この話は真実と信じきっている妄想か、または本当にそんなことがあったかのどちらかだろう。立場上、私は後者の意味と取ることにした。
「で、前世というものがあるとして、それが姫様の恋となんの関係があるんですか?」
「…………そうだよ、私は確かに恋をしてる。その相手は、私が転載するときに一緒に転生したの。だから今の私が前世と姿が違うように、姿形は違えどこの世界のどこかにいるはずなの。」
「成る程。」
「けど、私は王国の姫として生まれた。生まれてしまった。高い立場の人間として、周りから妙に映る行動はできないじゃない?」
「あぁ。それで、探しに行くことも誰かに人探しを依頼することもできず、一人で悶々としていた、と。そういうことだったんですね。」
そう言うと、顔を赤らめながらゆっくりコクリと頷いた。全く、分かりやすいお方だ。素直で可愛いから別段指摘はしないけど。
「確かに、姫様は立場上自ら動くことができません。ならば、他のものに任せれば良いのです。」
「…え?けど、そんなことしたら私が頭おかしいって思われちゃうよ!?フランですらそう思ったのに!」
「そんな事、関係ありませんよ。いるでしょう?依頼に対しては私情を一切挟まず、淡々とやり遂げる者達が。」
「あ、ハンター!わかった、ハンターズギルドに人探しを依頼すればいいのね!」
ろくなヒントも出さなかったのに、すぐに答えを導き出した。間抜けであっても聡明なお方だ。
「まぁ、そうですね。姫様、というか何故今まで気がつかなかったのですか?ハンターズギルドは匿名での依頼も受け付けておりますのに。」
「だって………やっぱり恥ずかしいじゃない………恋の相談なんて………」
「はぁ。まだそんなことを言うのですか。次隠し事なんてしたら、今日のことは王妃様にバラしてやりますからね。」
「やめて!お母様にだけは言わないで!」
「まぁ、そんなことはどうでもいいんです。もう夜も遅いんですから、寝ましょう。姫様の思い人も、睡眠不足で美を失った姿を見たら幻滅するかもしれませんよ?」
「そ、それはやだ!じゃあ寝る!」
「はい、おやすみなさいませ、姫様。よい夢を。」
明日には姉さんに報告して協力してもらおう。姫様のやりたい事は最大限叶えるのが、従者である私の仕事だ。もう少し詳しく情報を貰おう。
そう考えると、寝かせる前に聞いておいた方が良かったかな?私はそっと部屋を出てこれからの予定を立てた。私の「お仕事」は姫様が生きている限り終わらないのだ。
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雑木林 深層
その頃、タルパは森の中で焚き火をして暖をとっていた。もともと雪が降るほどに寒い冬。火がなければ夜のサバイバルなど出来はしない。火属性の魔力があれば良かったのだが、そんな贅沢なものはないので自力で火を起こすしかない。とても大変だった。
パチパチパチとなる火を前に、少しだけ安心感を得ていた。前世の自分に、一人だけでこうも安心できる時があっただろうか?
「うぅ〜〜〜しっかし寒いなぁ。こうも寒いと動きたくなくなるや。魔獣も寝静まってるのが幸いだね。」
父から与えられた課題『戦い』について自分なりの答えを出すことは出来た。ならもうサバイバルをする必要はない。夜をしのいで夜が明けたらさっさと帰ろう。もうその気持ちだけでいっぱいだった。
「お母さんの使ってた空間転移能力。あれがあればすぐに帰れたのになぁ。地図もないしあとどれだけかかるんだろ…早く帰って温泉に浸かりたい………」
帰り道のあまりの険しさに、思わずそうぼやいた。実際、ベニカイナと戦闘した事でだいぶ深くに進んでしまった。道の険しさを考えると、村に帰るまでに五日はかかるかもしれない。道のりは長い。
すると、近くの茂みからガサッと音がした。昼にベニカイナと遭遇した時とシチュエーションが似ている。
また魔獣か。夜行性の奴が僕を獲物と見定めたのかな?火のそばによって立ち上がり、刀を抜く。殺しを躊躇わなくなった今の自分なら対処は出来るはず。警戒さえ怠らなければーーーーーーーーーー
「…………はは、マジかよ。なーんでよりにもよって『神獣』に当たるかねぇ…」
目の前に現れたのはヒョーガイと呼ばれる無翼の龍型の『神獣』。神獣とは、かつてこの世界で滅んだ神の怨念にあてられ、破壊のみに命の限りを尽くすようになった哀れな魔獣のことを指す。ハンターの間では見つけたら逃げるかその場で即座に殺すのが鉄則だそう。火を始末して構えを取る。しかし、状況は厳しい。一体目の奥から、より体躯の大きいもう一体が現れた。
「しかも二体かよ………ホント、ふざけてやがんな。」
流石に、二体相手に逃げることは出来んだろう。ならば、できることは1つ。幸いベニカイナとの戦闘で負ったダメージは回復している。体温が下がって動きにくい事以外は万全の状態だ。
「かかってきな、相手してやる。」
剣を構え、啖呵を切る。
刀が満月光を反射し、二体の神獣を照らす。それが、この深夜の戦いの開始を告げた。




