3話 魂貫く魔の弾丸
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『なんでそんな簡単に………生きることを諦められるんだよ………!君には心配して、その身を案じてくれる家族も友達もいるだろ………!?なのになんで、死にたいだなんて言えるんだよ……!?』
『何が天使に憧れてるだ!君は人間だろ!人間なら人間らしく、最後まで生きる為に足掻いてみろよ!いじらしくても、みっともなくても、命あるうちは希望に縋り付いてみせろよ!僕よりも遥かに恵まれてるくせに、僕より先に死のうだなんて絶対許さないからな!』
『逃げるな!生きてるうちは………命あるうちは、自分の人生から逃げるな!』
『やだよ………!私、死にたくないよ…!!初めて恋をしたのに………やっと、死にたくないって…生きたいって思えるようになったのに………!』
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「ん………、夢?」
どうやら夢を見ていたようだ。前世の夢。白血病で若くして命を落としたかつての自分。
「はぁ………たっくん、元気にしてるかな…今どこで何してるのかな…早く会いたいな…」
願うのはあの少年との再会。前世で愛を共に誓い、転生した醜い少年。
せめてもの気晴らしに、自身の初恋の相手を思い浮かべる。愛する男の顔が鮮明に浮かぶ。
毎日受け続けたストレスに耐えかね、禿げ上がった頭。手術跡が痛々しく残り、殴られ続けたのかパンパンに腫れ上がった顔。同じく手術の跡が残る腕に、爪が剥がされ二度と生えてこないようにひしゃげさせられた指。足首は鈍角に曲がり、全身は骨ばり生傷が絶えない。初めて見た時の第一印象は「汚い」だったが、今では自分の一番となったあの子。
想像はできても結局会えることはない。彼女は大きくため息をついた。
「姫様?おやつの用意ができましたよ。お勉強は少し休んで、お茶の時間にしましょう。」
「分かったわ。ありがとう、フラン。」
声をかけたのは転生してからずっと一緒に過ごしてきた私付きのメイドだ。すぐに返事をして今まで座っていた席から移動する。
「待ってるだけじゃ………ダメだよね」
「?姫様、どうかなさいましたか?」
小さく呟く。しかし、耳聡いメイドはそれを聞き逃してはくれなかった。適当にごまかして何とかしておく。
「ううん、何でもない。ほら、早くおやつにしましょうよ!お茶を淹れてちょうだい。」
「そうですか、なら良いのですが。今日のおやつはマカロンですよ。」
(私もちゃんと、動かなきゃね。まったく、女の子の方から動かなきゃ会えないだなんて、たっくんは意地悪なんだから。)
こうして、姫こと葛城響華の転成体、ゲルバーグ王国第三王女フィオナ=ゲルバーグは、密かに決意を固めた。
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その頃。
山下巽の転成体タルパはベニカイナ相手に大いに苦戦を強いられていた。それまではほぼ一方的な戦闘内容だった。木々を簡単に薙ぎ倒す剛腕をヒラリとかわし、一撃、また一撃と着実にダメージを与えていた。今やベニカイナは虫の息。なのに何故、ここまで苦戦することとなったのか。
理由は簡単。トドメを躊躇ったからだ。致命の一撃を加えるチャンスは幾度となくあった。だがそのたびに躊躇し、無駄にした。お陰で無駄に魔力を使ったせいで薄くなった防御を割られ、大きな一撃を食らってしまった。腹をやられて吐血する。頭も打った。耳鳴りが止まらない。このままでは確実にやられる。
「お父さんが言ってたのって………こういう事だったのかな………?」
青息吐息でそう呟く。さっき食らった攻撃で肺をやられた。回復は可能だが、それをするにはただでさえ薄くなった防御を回復に魔力を割くためさらに薄くする必要がある。
「覚悟………」
考える。刀の切っ先を前にしてベニカイナが警戒している間の僅かな時間で思考する。『戦い』とはいったい何か。一体何故、父はこんな試練を自身に課したのか。
(僕にとって、死とは何だ?……………恐れるもの。この世で最も忌むべきもの。生物である以上、必ず訪れるゴール。…ゴール、か………あぁ、そうだ。僕のゴールは此処じゃない。こんな所で人生をリタイアする訳にはいかない!)
「僕の答えは………決まった。もう、躊躇わない!」
口を一文字に結んで大きく吠え、魔法で体を簡単に治癒して体力を確保し、剣を構えてベニカイナに向かって突進する。ベニカイナも迎え撃つ為に爪を振るうが、その直前で大きく飛び、後頭部に刀を振る。
「くっそ、やっぱり固いな。やっぱり魔獣は骨まで特別なのかな?」
頭蓋骨が固くて頭は狙えない。なら狙うべきはどこか。弱点ならまだある。腹だ。あそこなら皮膚と筋肉以外には守られていない。肉なら骨よりは容易く斬れるだろうし、腹には内臓が詰まっている。それが傷つけばいくら屈強な魔獣とはいえひとたまりもないだろう。でも、幾分かの問題がある。
「………実行するにはあの甲殻が邪魔だな。」
腹を斬るにはあの長い前足に纏わり付いている頑強な甲殻がとても邪魔だ。あれをどうにかしなければ。
(魔力で防御壁を作ってそれで自分を守りながら戦うのは、接近戦となる剣を使う時。これから使う技に防御なんて必要無い。魔力の無駄だ、消せ。今はあの甲殻を、消し飛ばすことだけ考えろ!)
「ふぅ………いくぜ、熊公。受けられるもんなら受けてみやがれ。」
魔力を練り上げ、指先にそれぞれ一つづつの透明な球体を作る。それら全てが魔力を練り上げ作られた『魔弾』。奴を殺すための殺意の弾丸。
「食らいやがれ、魔弾『BtoB』!」
詠唱と同時にベニカイナに魔弾が向かう。先程から交戦している目の前の敵の未知なる攻撃を、自慢の腕甲で弾こうとする。しかし、
「!!!?」
「9連鎖。最高記録だな。」
着弾と同時に弾けた弾幕は、その爆発に反応してさらなる爆発を繰り返した。9度起きた爆発は着弾地である腕甲を弾き飛ばし、その衝撃でベニカイナを大きく仰け反らせた。しかも腕甲だけでなく、腕までちぎり落とせた。大成功だ。
魔弾『BtoB』は、堅牢な防御を連鎖爆発で無理やりこじ開け、突破口を開く為の技。魔弾はその力をベニカイナの腕甲を引き剥がし、弾き飛ばすことで証明してみせた。
突然の事態と襲い来る激痛、腕の喪失に、ベニカイナが苦悶の唸り声を上げる。さらに、露わになった腹部を何かが通り抜ける感触がした。あの刀だ。
「グゥオオオオ!!!??」
「ごめんな、ベニカイナ。僕のゴールはここじゃないんだ。ここで人生リタイアする訳にはいかないんだ。」
腹部を貫く刀が横薙ぎに流れ滑らかに内臓を引き裂いてゆく。ブチ、ブチ、ブチィ!と、気味悪い音を立てながら骨まで達し、骨をも切り抜けベニカイナの身体の外にようやく解放された。
斬り裂かれた内臓をぶちまけ、鮮血を散らし、ベニカイナが地に倒れ臥す。表情に乏しい魔獣の顔でももう生気がないことが分かる。これでベニカイナは完全に絶命した。生涯で初めて、自分の手で生物の命を奪った。
「…もっと気持ち悪くなると思ったんだけどな。まさかここまでハッキリと死体を見てもなんとも思わないとは自分でも思わなかったよ。」
「まぁ、君には宣言通り、今日の僕の晩飯になってもらおうかな。」
そういう言って、タルパはベニカイナの解体を始めた。慣れているわけではないが、動作に迷いはない。少し時間はかかったが、無事に解体は済んだ。見上げた空には既に月が出ていた。
「……これが、僕の生き方。もう、迷わない。」
これからも、何度も今日のようなことが起こるのだろう。シチュエーションを考えるとより残酷な事態もあるはずだ。けど、もう戦いを躊躇したりはしない。僕は決意を固めた。僕の中に戦うことの答えはできた。これでお父さんは認めてくれるかな?
葛城響華/フィオナ=ゲルバーグ
葛城響華時代
白血病で入院していた少女。富豪の娘だったことで惜しみない治療受け広い個室をあてがわれていた為、他の主な年下の患者からは「お嬢」と呼ばれていた。
屋上から眺めを見るのが好きだったが、ある時先客として屋上にいた山下巽に出会う。山下巽という名は彼女がつけた。