2話 危険な森でサバイバル
冬。秋の頃は忙しかった農作業もひと段落して、稽古に集中できるようになった。
いつものように二人は手合わせをしていた。いつもなら防戦一歩なタルパだが、今回は珍しく攻めたてることができている。
攻撃の際の一瞬の隙に父が反撃の上段斬りを仕掛けるが、タルパはそれを読んでいた。剣刃で攻撃を受け止め、体を捻って受け流す。そして、返す刀で防御の薄い脇腹に一閃。惜しくも防がれたが、刃の無い木剣とは思えないほど綺麗な断面で父の剣をへし折ることに成功した。
「腕を上げたな、タルパ!これならどこでだって通用するぞ!」
「そう!?あ、り、が、と!」
これまではただ追いつくことだけに必死だった父との稽古も、自分のスタイルを編み出したことでより有意義な時間にすることができるようになった。
今ではかつては全く敵わなかった父相手でも、あと一歩のところまで食い下がれるようにまでなった。しかし、このあと一歩が遠いのだ。どうしても、決定打だけが打ち込めない。
「ふんっ!まだまだ甘いわ!」
「チッ!あと一歩だったのに!」
脳天めがけて木剣を振り下ろしたが、父は体をひる返して避け、そのまま見事なバク転で距離をとってみせた。しかも、私への反撃を忘れずに。でも、変な体勢で全く力がこもっていない。だから簡単に威力を殺せたけど、全く、なんて気持ち悪い動きをする人だ。
勝負は睨み合いの膠着状態になる。互いに構えを見極め、少しでも隙を見せればそこに致命の一撃を入れるように。と、そこに。
「………雪だな。このまま積もられると困るし、今日はこれで切り上げるか。」
「…ふう。やぁっと終わったよ。」
緊張から解き放たれ、安堵のため息を漏らす。そこに父は近づき、僕に問いかけてきた。
「タルパ、お前の剣技はもう俺にも匹敵する程に上達している。なのに、俺に今日まで一撃も入れられていない。それが何故だか分かるか?」
「え?僕はいつも真面目にやってるよ?当たらないのは単純な実力差じゃないの?」
「あぁ。確かにお前は真面目に稽古をやっている。でもな、お前は俺に攻撃を当てることをためらっている。徒手や足技では問題ないのに、剣での攻撃の時だけだ。お前もしかして、『この攻撃のせいで父さんが死んだらどうしよう』とか考えてないよな?魔力による防御もあるんだし、木剣で叩かれた程度で人は死なない。」
「………!!!」
「やはりか。全く、これでは駄目じゃないか。せっかくの剣技が台無しだぞ!」
確かにそうだ。魔力による防御は攻撃を防ぎ致命傷を和らげてくれる。けど、僕にはその常識は少しだけ通じないんだよ、お父さん。
「う〜ん………けどやっぱり、人に僕が攻撃するのはちょっと…なんかねぇ………父さん、僕の攻撃めちゃくちゃ痛いでしょ?」
「……………!」
今度は父が黙った。やっぱり思い当たるところがあったんだろう。
僕の目には正規の処理を経ずに転生した影響か知らないけど、『魂の造形』が映って見えるんだ。この眼で見た相手の人格や弱点を看破する。攻撃する時、闇雲に体を狙うのではなくこの魂の形を崩すように意識してやる事で、大した威力じゃなくても絶大なダメージを与えられるようになっている。その凄まじさは、父が身をもって証明してくれているはずだ。
軽い一撃でも大きなダメージ。木剣を使えば人だって簡単に殺しかねないくらいの威力が出せるだろう。
訓練で………いや、訓練じゃなくても、そんな力を僕が使ってもいいのだろうか?
「よし分かった。お前はこれから、戦いについて学んでこい。林でサバイバルだ!俺が納得するような答えを出せるまで、帰ってくることは許さんからな!」
「………それって、僕が納得してもお父さんが納得しなきゃダメってこと?」
「当たり前だ!それじゃテストにはならんだろう!」
くっそ、このクソ親父め。いきなりサバイバルとか何考えてやがんだ。僕が虫一匹殺すのすら躊躇うことを知ってる癖に。
「持ち込めるものの詳細は明日指示する!それ以外はくれぐれも持ち込まないように!」
「はぁ〜〜〜〜い」
「何だ、そのやる気のない返事は!あの林を舐めているとすぐに魔獣の餌と化すぞ!」
「はいはい、やる気ならありまーす!」
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翌日。
父から支給された道具を持って、タルパは山に入った。今回のサバイバルの舞台となる雑木林は、村だけでなく、国の中でも生粋の危険地帯として知られている。そんな所に娘を送り込むとか、ほんとうに、何考えてんだろうねあのクソ親父は。
「さて、と。持ち物確認しとかなくちゃ。」
少し歩いているうちに、いつかに山に入ったハンターが使ったであろうキャンプの跡地が見つかった。そこを拠点に定め、必要なことを行う。
父が支給してくれたものは以下の通り。
回復薬。そこそこ量はある。
携帯食料。こちらはあまり多くない。まぁサバイバルさせるんだから当然か。そしてこれ、すごく不味い。できるだけ世話にはなりたくないものだ。
ロープ。三十メートルくらいか。これでもう崖も怖くない。
刀。僕の武器だ。元日本人としてしっくりきたので使っている。まぁ、僕にとって日本人っていい思い出1つもないけどね。………あ、響華ちゃんとの思い出は例外よ?
バックパック。僕の背中と同じくらいの大きさだ。僕はあまり体格が良くないから、このバックパックもちょっと小さい。
「う〜ん…これで僕は生き延びれるのかなぁ…ていうか、期限の指定もないし、お父さんの気にいる答えって何だよ………」
いろいろ悩んだが、答えは出なかった。まぁ、ずっと座り込んで考えたっていい答えは出ない。サバイバルなんだ、地理の確認がてら歩いて考えよう。
「『戦い』かぁ…僕にとってはいじめに耐えてた時とか、冤罪晴らす為に弁護士と協力した時とか、前世で死刑になった時とか………」
考えながらも、周りを見回すことは忘れない。歩いてだいぶ経つと、なんだかいろんな気配がするようになった。きっと、この林に住まう魔獣のものだろう。
相手にしたところで、僕は勝てるのだろうか?そんなことを考えると、のそり、のそりと緩慢な仕草で奴は目の前に現れた。
自身の身長をゆうに7、8倍は超える、巨大な熊型の魔獣が。
「うっわ、出たよ………確かこいつはベニカイナだったっけ?」
ベニカイナ。
大きいもので身長12メートル、体重2トンにも及ぶ巨大な熊。腕を包む堅い甲殻は獲物の血で赤黒く染まり、毛には貪る際にこぼれて毛に絡まった肉がこびり付いている。熟練のハンターでも老齢な個体は苦戦必至の強敵。
だが、毛並みを見るにこいつはまだ若い個体だ。これなら僕にも勝てるチャンスはある。
「報告とかはお父さんがやるから気にする必要無し、と。さて、お前は今日の夕食にしてやる、覚悟しやがれ!」
本来狩った魔物はハンターズギルドに報告しないといけないのだが、僕はまだプロじゃないので本職の父さんに報告は任せられる。こいつを殺すこと以外は考える必要はない。
………殺せ。目の前のこいつを殺さなければ、自分が死ぬのだから。
刀を抜き、目の前の巨体に突きつける。ベニカイナもそれに呼応して雄叫びを上げた。陽も既に沈みかけた夕方、互いの生存をかけた真剣勝負が始まった。