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その手に幸いを掴んだら  作者: 桐花・改
1章 旅立ちの日まで
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冒頭話 異世界の実感

 月日が経つのは早いもので、僕が転生に成功してタルパ=パーツドと名付けられてから既に五年の月日が経った。

 ぼくが転生したところはそれなりの規模の新興王国の僻地にある小さな村。カコリ村という名で、ひとたび外に出ると危険な魔獣がうじゃうじゃ。都会に出稼ぎに行くのも力が無ければままならない危険地帯だ。あと、いくら探してもこの村では転生した響華ちゃんは見つけられなかった。


「タルパ、そこの鎌を取ってくれ!」

「いいよお父さん、稲は僕が収穫するから、お父さんは根菜を収穫して来て。」


 今の季節は秋。カコリ村の重要産業である農業の掻き入れ時だ。僕もお父さんの手伝いで収穫をしている。米は稲が取れるところが少ないので貴重な作物だ。この後稲こき、脱穀、精米の作業もあるのでその人件費分値段がかかる。売り切ればこれだけで一年金が保つくらい、儲けが出る。それが分かっているから張り切ってしまう。


「ふう………やっと終わった。相変わらず、農作業って大変だなぁ。お父さん、終わったよ!そっちは!?」

「こっちも終わったぞ。それじゃ、休憩だな。タルパは仕事が早くていいな。大助かりだ。」


 この世界には、前世と違うところが沢山ある。化学があんまり発達していないところとか、僕が今異世界にいるんだということを実感させる。

 日本では創作の中だけの存在だった[魔法]も、この世界では確かに実在する。魔力が発現するする頃になると属性を調べて、各仕事への適性を審査されるんだ。

 当然、僕も審査を受けた。結果、僕には魔力の属性が存在しないことが分かった。無属性は身体強化や単純魔法しか使えないので他属性よりも不利な点が多い。だが、()()()生活する分には特に何かあるというわけではないので、特段気にしてはいない。世の中には魔法を使えない人間だっている。魔法を使えるというだけ僕はマシな方なのだ。贅沢は言わない。

 ………それに、特別なものが僕には備わっているようだから。


「ほら、喉乾いただろ?たくさん飲め。遠慮は要らんぞ。」

「そもそも、それ僕の用意したお茶なんだけど?」


 何より違うのが、人間関係だ。人口が少ない村である為皆が助け合い暮らしている。家族や村の人達と僕の関係は前世とは大違いにとても良い。正直、まともな付き合いがこうも心地よいものだとは思っていなかった。ここでの同年代は僕をいじめないし、大人は陰口を叩いたり僕を無視したりしない。家族もとても優しくて、僕はいつもカルチャーショックを受けていた。いくらか慣れた今でも、人間関係の心地よさは変わっていない。友達もできて毎日が前世とは比べ物にならない程幸せだ。


「ふう………なぁ、タルパ。お前は大きくなっても村に残るのか?お前は仕事も家事もうまいし、無属性だが魔力量も多いので婿にも困らない。どうするんだ?」

「前にも言ったでしょ。僕は成人したらすぐにカコリ村を出る。だからここで婿はとらないって。それに、僕は結婚するつもりはさらさらないよ。」

「………王都に行くのか?」

「そのつもり。」

「………そうか。」


 なんだか、声が寂しそうだ。魂もなんだか揺らいでいるし、本当に僕の村を出る意志が固いことが残念なんだろう。だが仕方ない。この村での生活は幸せなものだ。でも、約束を忘れたわけじゃない。僕はあの子と再会しなければならない。だから、ずっとここでの楽しい生活に浸っているわけにはいかないんだ。

 …ごめんよ、お父さん。心の中で父に謝る。


「じゃあ、お父さんが稽古をつけてやる!外は危険がいっぱいだ!魔獣だけじゃないぞ、更に危険性の高い神獣、地形、気温湿度、同じ人間!カコリ村の中にいては永遠に知ることのない悪意を、殺意を、お前知る事になる。」

「え、ちょ、お父さん?」


 急に立ち上がって箒を逆手に持ったと思えば、そんなことを言い出した。困惑する。なんでいきなりこんな真剣になったんだ、この人は?


「いいかタルパ。お前はハンターズギルドに加入してハンターになるんだ。今のお前は正直に言って、とても弱い。成人して村を出たところで、町にたどり着く前に何処かで野垂れ死ぬのがオチだろう。だから、そうならないように俺がお前を鍛えてやる。安心しろ、お父さんは元冒険者だ。」

「元冒険者!?そんな話知らないよ!というか、僕が死ぬってどういうことだよ!?」


 聞き捨てならない。今の僕はこの村の誰よりも命に対して気を使っていると自負している。そもそも旅に出るときは最初に準備を万端にするというのに何故そんなことを言われなくてはならないのか。


「お前が自分の命を極端な程に守っていることは知っている。実際、お前の体は妙に頑丈だし、強い。それに眼も変なんだったか?でもな、タルパ。外はそれだけじゃ足りないんだ。」

「………?」

「おーっす!おじさん、タルパ、こんにちは!なんの話してたの!?」

「「「こんにちは!」」」

「おはようみんな。タルパはね、大人になったら外に出たいと言ってるんだ。だから、そのための注意をしてたんだよ。」


 やめて、余計なこと言わないでくれ。そんなことを言ったら、好奇心旺盛なこいつらが調子に乗ってくるんだから


「えー!タルパ出て行っちゃうの!?嘘だ!タルパは俺の嫁にするんだ!」

「違う!俺の嫁だ!」

「俺の!」

「タルパ、どうして出て行っちゃうの…?」


 ほら、こうなる。お父さんが稽古をつけるとか言ってたけど、これじゃままならないや。

 お父さんに視線を向けると、騒ぐみんなを無視して僕に話の続きを始めた。


「続きだが、お前の魔力は無属性。戦いには向いていない。だから、生き残る為にお前は力をつける必要があるんだ。その一つが、お父さんの教える剣術というわけだ。親として、子供の夢は応援してやりたい。でも、死んでほしくはない。だからこうして稽古をつけようとするんだ。分かってくれたか?」

「………分かったよ。あ、そうだ!せっかくだしさ、みんなも一緒に稽古を受けようよ!僕が出て行くまでの思い出づくりにはいいんじゃない!」

「「「「やる!」」」」


 ちょろい。何はともあれ、これでしばらくはこいつらも静かだな。お父さんの子を想う親心、しっかりと受け取ろう。

 ………稽古がこんなに過酷なものだったなんて、この時の僕は何も知らなかったんだ。本当だよ。

 稽古は始まった。準備運動として流派の基本的な動作から素振りに始まり、筋トレ、柔軟、打ち込み、魔力の扱いと続いていく。そのどれもが過酷で、投げ出したいと毎日思うほどの苦しみを味わった。


「筋肉のそれぞれの動きを合わせて!はい、はい、はい、はいぃ!どうした、動きが鈍くなっているぞ!お前達、もうへばってしまったのか!?」

「げほ……きつ…、」

「タルパ!動きが悪い!そんな屁っ放り腰では鶏一羽すら殺せんぞ!お前のための稽古なのだから、もう少し頑張りなさい!」

「あいぃ………!」


 稽古が終われば魔力操作の自主練である。垂直な岩壁を素足でよじ登る。道具なしで。足の裏に魔力を維持しきれなければすぐさま垂直落下という高い位置での失敗がめちゃくちゃ危険な修行だ。

 毎日毎日死ぬような思いをするようになったが、確実に自分の中に成果は根付いているのが分かる。響華ちゃんの為。僕は一心不乱に稽古を続けた。

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