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その手に幸いを掴んだら  作者: 桐花・改
序章 一緒に行こう
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冒頭話 死してまた、君と出会う

 暗い独房の扉が開き、看守がやって来る。僕は目を閉じ、激しく鼓動する心臓を落ち着けるため大きく深呼吸をした。とうとう、()()()()がやって来たか。……結局、間に合わなかったか。

 目隠しをされ連れ歩かれる。行き先が分かっているのでとても憂鬱だ。

 目的地にはすぐに着いた。所定の位置に立たされ、その時が来るのを待つばかりとなった。恐怖が止まらない。今からでも逃げ出したい。死にたくない。そんな思いが僕の心を支配する。


「最期に何か言い残すことは?」


 警察官のような服装をした男が問う。彼は死刑執行官。少年法の庇護すら貫通して死刑宣告を受け、今まさに処されようとしている。執行官は末期の言葉を尋ねた。少年もギロリと彼を睨み、答える。もっとも、目隠しをされているので睨みつけたことは執行官には分からないのだが。


「…………僕は、誰も殺してない。この刑は不当だ。僕は、無実だ。僕は死ぬ必要なんか」


 最期の言葉を無視して執行官は少年を送り出す。顔に更に包みがかぶせられ、首に縄が括られる。執行官が定位置に着く。


「…………何で、僕が死ぬんだ?」


 小さく、そう呟く。生まれて一度も、天に恥じるような行いはして来なかったという自信がある。なのに何故、僕はこうして死刑囚として死のうとしているんだ?


 過去の出来事が脳裏をよぎる。これが走馬灯というやつなのだろうか。


 家族。虐げられた記憶しかない。美形ばかりの家族の中で、醜い顔の僕の存在はとても浮いていた。お陰で一族の恥と言わんばかりに虐げられ、無視されてたっけ。家族らしいこと、一切出来なかったな。あの裁判の時も、検察に味方して僕の死刑を望んでたし。


 友達。いたっけ?泥や虫を投げつけてきたり、トイレに顔を鎮めようとしてきたり、身体中が膨れ上がるぐらい殴ってくる同年代とかならいたなぁ。新聞で『あんなことをするやつだとは思わなかった』とか、『真面目で優しい子だったのに』とか言ってる。反吐がでる。


 ご近所。家族や同年代と一緒になって僕を虐めた。通りがかれば僕の悪口。ほんと、ウンザリだった。


 学校。通えなかった。戸籍も無くて、親の支援も望めない僕は、学校に通う子供達を羨ましそうに眺めてたっけ。その度に『気持ち悪い、見るな!』って、石を投げられたり、殴られたりしたなぁ。普通に通えてたら、楽しいところだったのかな?


 こうして思い返してみるとさ、僕の人生ってほんと傷だらけだね。よく今まで生きてこれ………


『私の分まで、生きて、幸せになってね。』

「あ……………!」


 この一言が脳裏をよぎった。何故僕は今までこの子を忘れていたのだ!

 ごめんね、響華ちゃん。僕、約束守れなかった。これから死ぬし、幸せにもなれなかったや。

 けど、ここまで頑張ったんだぜ?図書館に通い詰めて死に物狂いで勉強して、商店街で「お手伝い」してお金を貯めて、四年前にやっと戸籍を手に入れて、その時、僕ようやく「人間」になれたんだ。

 けど、幸せになろうとした矢先にこれだ。殺人事件の冤罪。ただその時現場の近くにいたってだけで、ほかの容疑者や証言全て無視して、僕に決めうちされたんだ。弁護士さんの尽力も無駄だった。一審で死刑が決まって控訴は棄却。判決は確定。僕は死刑になることになった。

 泣き腫らしたよ。何で僕が、ってね。一審で判決が下された時、裁判所の中で泣き喚いちゃって。その時裁判長にグーで思いっきり殴られたんだよ。痛かったなぁ、あれ。


 ………はぁ、もう何も考えられないや。響華ちゃん、僕死んだら君のところに行けるかな?君は、僕の事、受け




 そこで、彼の意識は消えた。死刑が執行され、絶命したのだ。

 山下巽。享年21歳。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「今日午後4時46分、山下巽死刑囚の死刑が執行されました。山下死刑囚は、最後まで容疑を否認していたとのことです。」


『ホント、往生際の悪い奴でしたね!さっさと認めてさっさと死ねばよかったのに!』


『あぁ、あの女子高生が沢山殺されたやつね。痛ましい事件だったけど、ようやく終わったんだねぇ。』


『何で絞首刑だったんすかね?あんな屑、もっと苦しめてから殺せばよかったのに!』


『いい歳こいて自分の罪を認められないとか、ホントふざけてる!』


「など、様々なコメントがネット上で集められており、このニュースの世間の関心の高さを物語っています。」






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「おう兄ちゃん、お裁きうけるんだろ?ならさっさと乗りなよ。こっちだって暇じゃねぇんだからさ。」

「…………」

「渡し賃、持ってるかい?無けりゃ………おっと、兄ちゃん今日誕生日じゃねぇか!こりゃめでたい、特別にタダで送ってやらぁ!」

「…………」


 巽にもうなんの気力もなかった。約束を果たせず、冤罪も晴らせず、自分の人生はただ、人から痛めつけられるだけで終わった。そんな事実は、巽から全ての気力を奪っていた。今はもう、ただ誰かの言葉に弱々しく反応して動くだけの抜け殻のようなものだ。


「おう、着いたぜ。あとは案内の鬼がいるさ。そいつに任せときな!んじゃ、極楽に行けるよう、祈っといてやるよ!」

「…………」


 こうして、三途の渡し人は去っていった。

 巽はまた歩いた。途中で鬼とぶつかったため吹き飛ばされてしまったが、その鬼に連れ去られるような形で裁きの間へ辿り着くことはできた。



 裁きの時間だ。如何にもといった姿の閻魔大王がこっちを睨む。無気力になっていた僕も一瞬ひるむ。


「判決。山下巽。冤罪によって執行官に精神的苦痛を与えた罪。世間を騒がせ、混乱させ、脅かした罪。その醜さによって血を分けた家族を煩わせた罪。存在によって周りの者達に精神的に大きな苦痛を与えた罪。全て許しがたし。よって、無間に1000000年の幽閉後、存在の消滅とする!」

「…………何で、だよ」

「何だ?」

「何で僕がこんな目に合わなくちゃいけないんだよ!僕がブサイクだからか!?戸籍がなかったからか!?虐められてたからか!?何で、なんでなんだよ!全部、全部僕にはどうにもならないことじゃないか!!!何でこんなことで僕は消えなきゃいけないんだよ!理不尽だ!理不尽だよ……!こんなのって、こんなのって……ないよ…………!」


 遂に、感情が噴き出した。死刑の執行を告げられた日も、判決が言い渡された時もこうだった。世界は理不尽だ。何故僕だけがこんな目に合わなくちゃいけないんだ。顔は涙と鼻水で汚れ、元から醜い顔はさらに歪んでしまっている。

 閻魔大王は、そんな泣き噦る巽に冷静に告げた。


「言いたいことはそれだけか?ならばもうこいつは連れて行け。次がつかえている。」

「…………いやだ」

「?」


 閻魔が首を傾げた、その瞬間、巽は全速力で走り去って行った。逃げたのだ。自分の運命から。破滅しか待っていない運命から。


「逃げたぞ!追え!絶対に逃がすな!」

「死者の園の方に行ったぞ!」


 鬼が閻魔大王の命の元、巽を捕まえるため動き出す。しかし、呆気にとられ初動が遅れたことですでに巽は見えなくなっていた。これでは探し出すのは至難だろう。


「いやだ………!死にたく、ないよ………!消えたくないよ!何で僕だけがこんな間に合わなくちゃいけないんだよ!?僕は、ただ幸せになりたかっただけなのに………!」


 走っているうちに体力も限界を迎え、巽は適当な木の下に座り込んでいた。こんなことをしていたら見つかってしまうのはわかっているが、元々、罰を受けるのを遅らせるためのただの時間稼ぎだ。だいぶ遠くまで逃げたため見つかるまでは少しかかるだろうが、本当に逃げきれるとは思っていなかった。

 一人恨み言を言っているうちに、また涙が流れてきた。泣くと幸せが逃げていくというけど、何故なのだろうか。理不尽を受けて涙を流して、そのためにまた幸せが逃げていくなんて、それ以上に理不尽だ。


「くそっ、くそう!」

「たっくん、泣かないで。せっかくの可愛いお顔が台無しよ?ほら、笑顔笑顔。」


 ………え?誰、だ。僕のことを可愛いという人間なんて一人しかいない。それに、僕のことをあだ名で呼ぶ人間も。そしてその人はもう、死んでしまってこの世に居ない。

 だが、ここは死者の世界。もしかしたら、こんな所にもいるのかもしれない。なら僕は、その希望に縋り付いてもいいのだろうかーーーーー?

 顔を上げて相手が誰かを確かめた。正体はすぐにわかった。体液でぐしょ濡れになった顔を、安堵で漏れた新たな涙や鼻水が濡らした。


「響華………ちゃん?」

「たっくん、久し振り。見ない間にすっかり瘦せこけちゃって!何があったの!?また虐められたの!?大丈夫だった!?いつもみたいにおまじないする?」


 あぁ、この子は生前と全く変わっていないない。少し見た目が大人っぽくなってるような気がするけど、それだけだ。葛城響華。僕のくそくらえな人生の中でのただ一人の味方。信用し、信頼し、愛せる人。

 また会えたんだ。僕の希望に。


「たっくん!?どこか痛いところあるの!?」


 安堵して少しは落ち着いたはずなのに。また僕の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。


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