僕の相棒は女装美少年1
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「ツバメ」
廊下を一人で歩いていると話しかけられた。僕は無言で振り返る。大体分かるのだ、学校内で話す人間は一人しかいない。
「帰っちゃうの? 」
「僕の自由だろう」
傍にいるのは女子学生の制服を着た人間。髪型は俗にいうツーテールとかいうやつだ。元々髪の色素が、薄いので少し目立つ。顔はかなりかわいいと思う。というかわいくなかったらこんな髪型似合わない。名は阿南のぞみ。学内で僕が会話をする数少ない相手。実家は大金持ちだ。父親―婿養子らしい―は有名作家。筆名は確か岩国疾風。五十近い今でも積極的に、新作を発表し続けている。母親は六百年以上続く、名門資産家阿南家の令嬢。阿南の起源は、室町時代くらいまでさかのぼれる。この時点でも十分じゃないかと思うが、のぞみの場合そこで終わらない。二人いるうち片方の姉が音楽プロデューサー、もう一人が有名デザイナーときている。僕も見たことあるが、美人だった。のぞみもよく見れば、目のあたりが彼女たちに似ている。
つまり僕が言いたいことをまとめると、のぞみは絵に描いた様な金持ちなのだ。おまけに家族にも、恵まれていて顔もいい。ちなみに家は和洋折衷構造だったりする。洋風建築部分はある時期に建て増ししたとか。
「えーひどっーい。ボクのこと嫌いなの? 」
「上目遣いをやめろ、そして制服のボタンをきっちり締めろ」
「なんで通じないのかなぁ」
通じるはずがない。僕はそういう色仕掛けには興味がないのだ。特にのぞみが使うものに関してはなおさらだ。絶対に動じるものか。なぜなら。
「ちぇー、ボクが男だってわかってるからか」
そう、男だから。女子制服を着ていて、顔つきもほとんど少女そのものだがれっきとした男性なのだ。実際並ばせると分かるのだが、身長が少しだけ高かったり肩幅が周りの女子たちより広かったりもする。それでも、女子たちに受け入れられてしまっているのは、どういうことなのだろう。七不思議のひとつだな。あとのぞみがこういうふざけた真似をするのは、僕に対してだけだ。他の男にしているのは見たことない。
「スカートの中も女の子と同じだよ。見る? ツバメならいいよ」
「見せるな」
ツバメっていうのは、僕の愛称みたいなもの。なんでツバメっていう愛称が付いたのか、っていうと髪がどこか青色を帯びているからだ、とかって聞いたことがある。名付け親にね。よっぽどひどい名前でもなければ、僕は気にしないよ。名前なんて結局は記号だ。そこにある程度の愛着があるかどうかでしかない。だから本来の名前で呼ばれようと、ツバメと呼ばれようと関係ない。
「もー、つれないにゃあ」
「それで、僕に何の用だ」
「部活しようよ、ね」
「体調が悪いから帰りたい」
「そんなに喋るなら体調が悪そうには見えないよぉ」
歩き始めた僕に歩調を合わせるようにして、のぞみはついてくる。置いていこうと歩くスピードを上げるが、食い下がってきた。よくもまあ僕みたいな人間のために、そこまでやるものだ。
「どうせもう入ってるんだし。帰ったって寝るだけでしょ」
入ってるといっても、籍だけ置いておくつもりだった。この学校は部活をやれない特別な理由がない限りは、どっかに入ることになっている。けれど周りに友達なんかいない僕には、どこも歓迎するような雰囲気じゃない。そんな中で唯一、交流があったのぞみの所属している団体に、籍を置くことができたのだ。
「部活っていったってのぞみと僕しかいないだろ。喋ってるだけじゃないか二人で」
「いーじゃん。語ろうよ一緒に」
「わざわざ学校でする理由が思いつかない。電話ですむ」
「長電話すると怒られちゃう。あ、ツバメの方から掛ければ、いいなんて言うかもしれないけどそれだとツバメが結果的に損しちゃうし、お金のありがたみを知らないと」
「のぞみにその台詞を言われるとはな」
金持ちに金のありがたみを説かれる日が来るとはね。予想だにしていなかった。ただのぞみ以外に言われれば、一蹴するような話ではあると思う。事実今までのぞみが、金を持っているからと見せびらかすようなマネをしているのを見たことなかった。それに持っている物もブランド品の類ではない。クラスにある程度いた成金連中とは違い、金の使い方や物の持ち方を心掛けている。本物の金持ちというのは、やはり格が違うというか、器が違うというか。こんなおかしな恰好をしているが、それ相応の礼儀だって身に着けているのだ。残念なのは趣味だけだ。あと性格については、他のクラスメイトにも笑顔で対応しているところから考えると、優しいし気立てだっていい。
「さー、どうするのツバメ。帰るの」
「わかったよ、行けばいいんだろ」
おとなしくついていくことにした。このペースで行くと、振り払うことなんてできる気がしない。全く僕の言うことやることに、指図したりしないのにこういうところだけは強情なんだ。
「ふふふ、最初からそうすればよかったのに」
のぞみが笑うが僕は聞こえないふりをして廊下を歩くき続けた。
廊下の先には部室棟がある。敷地の南側にあることから、南館と呼ばれていた。特定の活動教室を持たない文系の部活が、活動拠点としている。少人数しかいない部活が多いことや、体育会系の厳しい雰囲気がないことで全体的にゆるい空気が、支配しているような場所だった。上下関係にうるさくないこの関係が僕は、嫌いじゃない。嫌いじゃないけど積極的にも行こうという気も、起き辛い。
「鍵開けっ放しにしておいても、いい気がたまにするよね」
「そんなわけないだろ」
中に入るとコの字型に机が配置されている。教室で使っているような個人用の、小さい机ではなく会議で使う長机。その上に荷物を置き、腰かける。脚がしっかりしているので、バランスを崩して倒れたり、なんてことは有り得ない。そしてのぞみも机の上に腰かける。この部屋の中で、椅子を使うものはいなかった。
「で、何するんだ今日は」
「一緒におしゃべりしよ。時間も気にせず。今よりツバメと仲良くなりたいもん」
「のぞみは、まさか本当に僕と喋るためだけに部活をしに来たのか」
「ボクはそのつもりだったよ?でもツバメは何かしたいんだよね」
「そりゃな。わざわざ部活に来たんだし」
というか帰って寝るつもりだった。
「んー。それじゃちゃんと活動しようか」
何がいいかな、と言いながらあたりを見渡し始めた。やがて何かを思いついたらしく、スクールバッグの中から新聞を取り出して僕に手渡してきた。
「そーだ、ツバメこのニュース知ってる? 」
「山田大臣の献金の話か」
「違うよ」
日付を確認すると今朝のモノであったが、うちでとっているのとは会社が違う。のぞみの家ならば、全ての新聞を取ることも可能に感じるけど、どうなんだろう。
「四面見てね」
言われたとおりページをめくっていく。ちなみに一面のトップ記事は僕の言った通り、山田大臣の違法献金に関することだった。連日ニュースで騒いでるけどあそこまで、問題が大きくなったらもう辞任しかない。ここで逃げ切っても近いうちに行われる予定の、内閣改造では確実に冷遇されるはずだ。
「いっぱいあるけど」
「右下だよ」
「んーと」
そこには。
『行方不明者続出 今日までに二十名確認。原因は依然不明』
という見出しが載っていた。写真はついていないが中身は次の通り。
『昨日未明、市内に住む高校生が失踪した。警察では行方を追っているが足取りをつかめてはいない。なお先月から同様の事件が関東南部で発生しており、これで合計して十六件目となる』
まだ続いているが大体の内容は、こんな感じだ。僕もニュースとかで時々見ていたから知ってる。知っていた理由は、それ以外にもあるんだけどね。
「何組だったか忘れたけど。ある生徒が不登校になったんじゃなくて、行方不明になったっていう噂が、出ているから知ってる。けど、それがどうしたんだ。宇宙人がやったとかいうんだろう」
「ツバメは察しがいいね。この事件は裏で宇宙人みたいな存在が、幕を引いているんじゃないかと思うんだ。で今回の活動内容はこの事件の真相を追いかけること。どうかな? 」
僕とツバメは文芸部に所属している。というか文芸部っていうのは表向きの看板みたいなものであって、実際の活動はそれだけではない。実際の活動。それは人類外の存在が、起こしている可能性のある出来事を調べること。僕たちは構成員の一部で、もっと大規模な組織が上に存在しているらしい。
「この事件に巻き込まれた人ってさ。こことは別の世界に連れて行かれた可能性があるらしいんだよね」
「根拠があるの? 」
「うん」
頷くと、また鞄の中をあさり始めた。これだけだと、突飛な会話に見える。だがのぞみの背後関係や、僕の経験した自称をもとに考えるとあながちそうとも言えない。
でも宇宙人ね。宇宙人。僕も一回見たとはいっても、そんなすぐに慣れるようなものではない。そんな僕の姿を楽しそうにのぞみは見ている。人差し指を唇にあてているしぐさが妙に色っぽい。
「でも、確かにこれだけのことができるんであれば、宇宙人の方が自然だろうな。地球外生命体ともいうんだろうが」
「ボクは異世界人とかでもいいよ」
僕は口に出して肯定も否定もしなかった。宇宙人、異世界人、幽霊。アニメじゃあるまいしって、言いたいけどそういう人ならざる者の存在がはっきりしてるんだよね。実際に僕は宇宙人と、何回か遭遇しているから。一見すれば、普通の地球人の姿をしている人ばかりだから見分けがつきにくいんだこれが。
「一番の根拠はさっき言ったみたいにある日、急に消息がつかなくなったことなんだよね。はいこれ」
のぞみが自分が持っている紙束を、僕に手渡してきた。今、話していた内容の詳細事項が書かれているものだ。どこで起きたか、事件に巻き込まれた人間の詳細についてとか。載っているのは、一昨日消えた人の分までだった。
「そこに載ってる情報、報道機関に渡してるもの一切ないからね」
「だろうね」
宇宙人がいます。なんて言って世間の人間は、見たことない限り信じないだろう。というか下手に何か情報を、ばらすと世間が大騒ぎになる。
「あんたたち、もう活動しているのね」
向かい合って、例の事件についての資料を読んでいると、ドアが開いて誰かが入ってくる。白衣を着ていて、タイトスカートの女性。髪型は肩くらいまで伸ばした、セミロングのストレート。顔は整ってて涼しげな瞳が印象的な美人。そのプロポーションの良さから、一部の生徒からひそかに人気があるらしい。
「響ちゃん、何しに来たんだよ」
「顧問に向かっていうセリフがそれ? あと学校内で響ちゃんはよせ」
「そーだよ、ツバメ」
「だっていてもいなくても変わらないし」
「本人の前で言うとは言い度胸してるわね。うん? 」
この人は養護教諭の宇和島響先生。同時に文芸部の顧問を務めなおかつ僕の従姉。年はいくつ離れていたか、覚えていない。でも医師免許も持っていたとか言ってたから、色々計算したら三十歳に近いんじゃないかな。一回それとなく探ってみたら、氷みたいに冷たい視線を向けられて睨まれた。それ以降、この話題には触れていない。そして僕のことを、ツバメという愛称で呼び始めた張本人。あと従姉っていう事実は、ここにいるのぞみとあと数人しか知らない。
「それにお前の保護者よ、ツバメ」
「違うだろ、僕には母さんがちゃんといるし。っていうかどっちかでいえば響ちゃんのほうが、保護される側じゃないの。一緒に暮らしているから」
「そんなはずはない、私が保護される側だなんて」
僕の言葉を、きっちり否定してから 隣座るよ とだけ言って、僕の隣に腰かけてきた。心なしか距離が、近いような気がする。
「っていうかさ、校内でタバコ吸ったりしていいの」
僕の指摘に対して響ちゃんは、口に咥えていたものを僕の唇に、無言で押し付けてきた。少し力が強いので、思わず口を開いてしまった。その隙を彼女は見逃さず、僕の口へと放り込んでく。吐きだそうとしたが少し変だ。味がする。しかも甘い。これって。
「美味しいでしょ」
「紛らわしいんだよ、やることが」
「ハマるほうもハマるほう、でもいいでしょ。美味しい? 」
「まあそれは」
「限定版なんだから、ありがたく食べてね。手に入れるの大変なの」
笑いながら、外箱を振ってみせる。タイアップ商品なのかアニメのキャラクターが、描かれていた。限定品ってそっちの意味かよ。
何か子供っぽいっていうかなんていうか。
「阿南、キミもいる? 」
「んーいらない」
そうかい、とだけいうと一本だけ、取り出して箱を白衣に仕舞う。おそらく僕に食べさせてしまったので、自分が食べるようのものが無くなったな。
「それでさ、聞いてよ宇和島先生」
「どうしたの」
「最近話題になっている、行方不明事件知ってるよね」
「ああ宇宙人の起こしてるとかいう事件のことでしょ。職員会議でもなんか言ってたな。2-Aの若梨なんかは、大したことしてないくせにこういうときばっかり、張り切るからだるいんだよ」
「あれの現場を、これから見に行きたいんだけどさ。校外活動許可って今から出せる? 」
「出せなくもないけどー。疲れるからなー。うーん」
響ちゃんがけだるげな感じを演出する。こんなんでいいのか教師って。ちなみにだけど校外学習の許可を出す場合、近場であれば別に同伴する必要はない。
「じゃあ寝てたら」
「そうはいかないよ。目撃証言とか現場は、ちゃんと自分の耳で聞いたり目で見なければ」
「変なところで律儀だね」
「業務熱心って言ってちょーだい。ま、書類出しに行くから先に行ってて」
机から降りて白衣を翻すと、響ちゃんが部屋を後にする。扉が閉まるのと同じくらいのタイミングで、のぞみも机から降りた。
「それじゃボクたちも行こうか」
「荷物はどうする」
「財布以外は、置いて行ってもいいんじゃない。また戻ってくるんだし」
「じゃあそうするか」
時間が押してるわけでもない。ていうかまだ3時半すぎたくらいかな。響ちゃんがもう活動しているって言った通り、文芸部の活動時間は早い。というか、ほぼのぞみの匙加減なんだけど。クラスによっては、まだ掃除とかしている時間だし、委員会もこれから始まるはず。
玄関を出て運動部に配慮しながら、校庭を通る。校門から外に出ると、急いでいるわけでもないのでゆっくり歩くことにした。
「それで活動時間は、何時までだっけ」
「うーんと夕方の6時」
「長いなあ。もっと短くできないかな。5時とか」
「でも雅さんがお迎えに来るのが、その時間だしなあー」
雅さんというのは、のぞみの家―つまり阿南家―が雇っている、使用人の一人だ。何でものぞみの身辺整理とかを、引き受けているらしい。掃除、食事、経理、教育の管理など。さっき少し触れたが、送り迎えも仕事に入っていた。黒髪ロングヘアーの美人で、よその人間である僕にも優しい。
「そんなの連絡して、早く来てもらえばいいだけだ」
「ダメダメ。雅さんこの時間帯って、ドラマとかアニメの再放送見てるから連絡取れないし、絶対迎えに来ないよ」
「だったら事後報告で、黙って帰るか」
「それもダメ。雅さん過保護なうえに、厳しいから。そんなことしたら説教ものだよ」
「別に私は、何時でもいいよ。でもそういう事情があるなら6時にしようか」
響ちゃんが僕たちに追いついて、会話に乱入してきた。息を切らしていないから、走ってきてはいない。白衣のポケットに、手を突っ込んで時々あくびを、していることからも分かる。放課後だからって、完全にオフモードになってるよ。仕事中みたいな扱いなのに、これって気を抜きすぎ。
「ツバメは何で帰りたいの。先生に話してみて」
「電車混むじゃん、夕方も遅くなると」
「たかだか数駅で、しかも各駅停車だよ。快速よりはすいてるし」
「それでもやだ。朝よりはずっとマシなのかもしれないけど」
「こらえ性がないなあ」
「それは響ちゃんが、僕より早い時間に出勤してるからでしょ。あの混雑を知らないから、そんなことが言えるんだ」
僕たちが住んでいるのは、学校があるところよりも都心寄り。なのでラッシュは、逆方向へ起こるはずなんだけど、時間が時間だから両方とも混んでいる。避けるには、それより遅くするか時間を繰り上げて、早めに帰るしかない。
「送ってあげよっか」
先頭を歩くのぞみが、僕らの方を向いた。そして後ろを向きながら、歩き続ける。しかも僕たちが歩くのと、同じようなスピードで。
「雅さんに悪いから遠慮しておく」
「大丈夫だって、そんなこと気にしないから。雅さんツバメのこと、結構気に入ってるんだよ」
会話も同時並行で行えるって、結構器用なことやってるんだよな、のぞみ。普通こうやって後ろ向きで、歩く時ってどうしても遅くなるのに。ていうか、雅さんって、僕のことそう思っていたんだ。あんまり、意識したことないから分からなかった。僕は人の評価とか、どう思ってるかなんて気にしない。
「そうは言っても僕の家と、のぞみの家は方向が反対だから、遠回りになるし。響ちゃんが、送ってくれたりはしないの」
「絶対やだ。それこそ、さっきの言葉を少し借りるんならね。運転することの大変さを、ツバメは知らないから、そんなことがいえるんだ」
きっぱりと否定してきた。取りつく島もない。
「結構面倒なんだよ。今出ている、通勤手当の申請取り下げとかそういうの。そしてお前が、私のことを響ちゃんと呼ぶ限り」
「その呼び方はやめられないよ、もう」
「宇和島先生とか有るじゃない」
「変えられないってだから」
癖なんだよね。これ。小さい頃から響ちゃん、って呼んでいたわけ。宇和島先生、って呼ぶ方が変な感じがするっていうか。ただ例外的に、誰かに紹介するときだけ、先生って呼ぶようにはしてる。
「あ、着いたよ」
「そんなに遠くはなかったな」
事件の現場になったのは坂道。辺りは大木から、生えている葉っぱのせいで光が差さず、日当たりが悪かった。だから日中でも、あまり来たいとか通りたいとは思わない。まだ明るい時間で、こんな具合なのだから、日没後はもっと悲惨なんだろう。
「薄暗い場所ね」
「見た感じだと、特に変わったところはなさそうだけど」
「近くを通った人の意見だと、一瞬だけ光ったとか。消えた人を最後に見たのは、この坂になる道の手前とか、いろいろ情報はあるんだよね。だからここが怪しいって、上の組織も考えたわけ」
「それを抜きにしても、何か起きそうな場所に感じるな」
強めの風が吹いた。葉っぱが揺れたこともあって、不気味な音がする。響ちゃんは、壁に寄りかかってまだ読んでなかったのか資料に目を通し始めた。のぞみはといえば、家の方へと歩いて行ってしまった。
僕も何か探すか。坂を下まで降りてみる。そのまま歩いていくと別の大通りに行きつくみたい。気が生い茂っているわけではないけど道がカーブしていて先が見通せない。ゆったりだけどハッキリと傾斜が続いてるのが分かるし。
「ん? 」
道には葉っぱが散らばっている。真っ黒なアスファルトと、対照的に鮮やかな緑の葉。葉桜の時期特有の風景。その中に一つ異彩を放つものがある。緑でも黒でもない、第三の色を持つ存在。白い何か。葉っぱをかき分け、それを手に取る。
真っ白だと思っていたのは、縁だけだ。中央にはなんか絵が描いてある。豪華そうな、扉が開いた風景。扉の奥は闇を思わせるくらい、黒く塗りこまれていた。
「どー? ツバメ。そっちはなんかあったかしら」
資料を読み終えた、響ちゃんが坂を下りてきた。風のせいで、髪が揺れる。ブラウンカラーの髪を、抑える仕草がすごい絵になるんだよね。響ちゃん結構美人だし。ほかの学生が時々噂をしてる、っていうのぞみの話も納得。
「こんなのあった」
拾ったカードを、響ちゃんの手に乗せる。彼女が懐から、虫眼鏡を取り出して、覗きこんだ。一応傷を見る時とかに、必要だからって持ち歩いているみたい。あとはペンライトも、常備してる言ってた。なんでも喉を覗くときで使うとか。
「カードね。絵柄を見る限りタロットとかじゃなさそう。とりあえず、阿南を呼んだほうがいいから電話貸して」
「電話持ってないの? 」
「阿南の番号を知らないのよ。生徒の番号は、簡単には知れないの」
「僕のは知ってるんだ」
「ツバメは身内だから。ほらいいから早く」
せかして僕の携帯電話を、カードと引き換えに受け取る。慣れた手つきで液晶画面の操作を行い、電話をかけ始めた。のぞみが来るまで、することもないからカードの材質調べでもしよう。手触りはプラスチック製。曲げてもすぐ元の形に戻る。いたって普通の物質で、作られたものだ。となると、カギを握っているのは、この絵か。開かれた扉の絵が、描いてあるけどこれが何を意味しているのか。
うーん、わからない。とりあえずカードから、離れるべきなんだろうな。こういう時は少しだけ、違うことをするといいのかもしれない。とりあえず上を見よう。
当然のことながら僕の上には、空がある。夕方だから。少しだけオレンジ色に染まってきていた。でも夕方の空って。時々青いままの時があるんだよね。思い込みで。違う色になってるって感じるというか。あと夕焼けがきれいだと、次の日晴れるんだって。今日はそこまででもないから明日は、そうでもない天気になるな。
その空には、蝶が飛んでいる。空といっても、遠く離れているわけじゃない。蝶は青い。海のように透き通っていて、宝石と呼んだっていいくらい綺麗。けど模様は不気味。巨大な目玉みたいな、模様が羽の両方についてる。こっちを見てるみたいで、ずっと目にしてると不安になりそうだな。
とりあえず捕まえようと思ったが、虫かごを持っていない。どうしようかと考えているうちに、見慣れたツーテールの人間の姿が見えた。とりあえずのぞみの話を聞いてからどうするか考えるとしよう。それまでに蝶々が逃げたりしませんように。