13 避けられない道
今週もよろしくお願いします
イギリスで暮らし始めてから10日が過ぎた。暇があれば青田達を連れて街を歩いたり、この街で一番大きな図書館に行って、イギリスの過去に関する資料を調べたり、現在この国はどうなっているのか等を、入念に調査をしたりして時間を潰していた。
この2日前に俺達はモーガンさんに呼ばれ、部屋へ行くと複数の書類を手渡してくれた、内容は『イギリス国籍の取得』や『聖アリスシア学園転入許可』等重要書類だった。俺達はこれでイギリスの人間として認められ、さらに俺は学園に転入する事も出来た、国籍取得の部分については、ヴァンデミール家に来た日から、モーガンさんが直ぐに行動してくれていたようで、早い段階で取得する事が出来た。
これでまた一歩先へ進む事が出来た、次はやはりルリの所在を知る事だ、アイツの居場所がわからないと、連れて帰る事なんて出来ない、ヴァーミリオン家の屋敷は何処にあるのか、その辺はまださっぱりな部分だし、モーガンさんなら詳しい事を知っているかもしれない。
そう思った俺はすぐさま行動に移る、今日はモーガンさんが屋敷に居ることをルーナから聞いている、1日でも早く彼女の顔が見たい、あの優しい表情を見て安心したい。そう考えると歩くスピードも自然と早くなる、彼女はイリーナに騙されてイギリスへ戻った、騙さなければいけないほどルリが必要になった理由はなんだ?
「ふぅ……我ながら緊張しているのか」
モーガンさんの部屋の前までやって来た、一度深呼吸をしてからドアをノックした。
『誰だい?』
「日向です、お時間宜しいでしょうか」
『入りたまえ』
「失礼します」
入室許可を貰うと直ぐにドアを開けて中へ入る、モーガンさんはデスクに座り、書類を見ながらパソコンのキーボードを弾いていた。仕事中だったのは知らなかった、ちょっと迂闊だっただろうか、俺は『一度出直しますが』と話し掛けたが、『構わないよ、息子との会話なんだから』と、椅子から立つとソファーへ移動した。
本当に良い人だ、たかが養子をちゃんと息子として見てくれている、空閑とは大違いだらけでビックリしている、あの屋敷では俺を邪険に扱われていたからな、ここまで待遇が良いと変に勘繰ってしまうが、それは失礼だろうし思わないようにしたい。
俺もソファーに座る、するとモーガンさんはスマホを弄る、誰かにメッセージを送ったのか? そんな事を考えていると、
「失礼します、こちら麦茶です」
「悪いねルーナ、ありがとう」
「いえ、旦那様のご命令ですので」
ドアが開いたと思えば、ルーナが麦茶を入れたコップを2つ持ってきてくれた、さっきのメッセージはルーナに送ったものだったようだ。俺は冷たく冷えた麦茶を手に取り、ゴク、ゴク、と麦茶を飲んだ、少し日本の麦茶より味が薄い気がする。
こっちの麦茶は割とあっさりしていて飲みやすい、若干物足りなさがあるものの、飲めないわけじゃないしむしろこっちの方が好みかもしれない。一息ついてからモーガンさんを見ると、
「君は今、麦茶の味がどうのと考えなかったかい?」
「え? あ、はい。確かに薄いかな……と思いましたが」
「日向君は物事を一つ一つよく考えたり、疑ったりできる人間なんだね」
「そんな大層な人間じゃありません、この位は誰でも―――」
そう、誰でもわかる事だ。普段飲んでいる麦茶の味と、友達の家で飲む麦茶の味が少し違う位は、誰だって気がつくはずだ、ただそれだけの事をモーガンさんは『凄い』事のように発言した。
疑うまではしていないが、モーガンさんは何かを俺に伝えようとしている、表情も真面目なままだし、いつもより雰囲気が少し重いような感じだ。
「今のイギリスは……いや、富裕層の人間は疑う事はしても、考えたりはしない」
「どういう事でしょうか」
「例えば……その麦茶に毒が入っていたらどうする?」
「っ!?」
「例えばだよ」
いきなりの言葉に一瞬寒気がした、もし今飲んだ麦茶に毒が仕込まれていれば、間違いなく俺は死んでいる。そうならなくても、かなりの重病に犯されて、今のような生活が出来なくなる。
しかし何故そんな話をしたんだろうか、毒でも仕込まれた経験があるのか? そんな事をされるような人には到底思えないし、思いたくもないのだが、この話をするという事は何かあるのだろうか。
「今飲んだ時点で死んでる……という事になりますが」
「そうなるだろうね、今この国の企業は潰し合いになっている。毒殺をしてでも手に入れたい物がある、何かわかるかい?」
少しだけ考える。毒殺をしてでも手に入れたい物……それも企業同士が潰し合う程の物、俺はおそらく身近でよく聞いていたり、見ていたりしたはずだ。なんだ? もう少し奥の方まで考えてみるか、例えば空閑に居た時はどうだった? 金欲しさで姉妹を利用し、総帥から気に入られようとしていた空閑両親。
当主の座を欲しいが為に、空閑の人間ですら陥れようとした空閑忍。俺は色んな奴を見てきた、その中で一番凄い物ってのは…………まさか!?
「権力……ですか?」
「そうだ。権力は全てを支配出来る云わば王、その椅子に座る為に邪魔な者はどんな手を使っても消す、イギリスでは最近になって殺人事件関係が増加している」
「ですが、企業のトップが自ら殺人をするにはリスクが高い気がします」
「だから雇うんだよ、殺し屋にね」
日本ではあまり聞かない単語だ、実際に殺人事件が起きても、時間は掛かるが犯人を逮捕している場面が多い。もちろん昔は捕まえられず時効を迎え、逃げ仰せた奴らも居る訳だが、現代に至ってはほとんどそんな事は起きたりしない。
俺は色々と考えている内に、一つだけ気になった事が浮かんだ、イギリスへ飛び立つ前の病院での事だ。総帥が病に倒れ、空閑幹部と忍達は悲しむ事無く、次の当主選びの話をしていた。あの時は何も深く考えていなかったが、よくよく考えれば不自然な気がする、総帥は昔から持病を持っていて度々通院を繰り返していた、しかし今回はそれが酷くなり死に至った。
年齢の事もあり自然な感じがするが、モーガンさんの話を聞いた後だと妙にシコリが残る、これは1人で考えるより誰かと話し合って答えを導くしかないか。
「殺し屋ですか……」
「なんだかすまないね、この話は胸の中に仕舞っておいてくれ。それより話があったのだろ?」
「あ、はい。実は―――」
気になる事がまた一つ増えてしまったが、今は先にやるべき事をやろう。




