3 今日から俺は
今週もよろしくお願いします
エーリカのとんでも発言により、すぐさまヴァンデミール邸に向かう事になった俺達は、タクシーに乗り込むと助手席に座るエーリカへ声が聞こえないように、ヒソヒソとこれからの事を話し合う。漫画喫茶もとい、カフェでエーリカはどストレートに家族になれと言ってきた、また養子の身分で居なければならないとは、俺はそういう星の下に生まれてしまったようだ。
しかし、エーリカの両親がそう簡単には許さないだろう、エーリカと出会ったのも少し前だし、両親も俺の事をまず知らない訳だ。しかも男となれば追い返されるのが目に見えている、前を座るエーリカは不安そうな表情なんかしていない、と言うかスマホのゲームに夢中になっているくらいだ。
それにエーリカは『両親が喜ぶ』とか言っていた、どうして喜ぶんだろうか、見ず知らずの男を家族にしてくれと娘に言われても、親は賛成する訳が無い、面識がまず無いし『空閑』を恨んでる企業の1人だった場合は、イリーナと同じ態度を取るはずだ。でもエーリカはイリーナの様な悪意を感じない、と言うかイリーナを知っているんだろうか、その辺もまだ聞いていない気がする、これは落ち着いてからでいいが、まずは目の前の課題が先だ。
「日向様、このまま向かってよろしいのでしょうか」
「もし養子になれるのならそれがいい、面倒な事にならないからな」
「反対された場合はどうします?」
「その時考えるしかないな」
本来は1日泊めてもらう計画だったが、永住に切り替わる可能性がある、まぁ永住する気は無いが、ルリを連れ帰るまではお世話になるのも悪くない、イギリスの街をちゃんと見ていないからな、何かあって迷子とか笑えないし、話が決まれば街を案内してもらうのもアリだろう。
車はイギリスの中心部を走り抜け、さらに奥へ走ると丘へ入っていく、街とは違ってチラチラと大きな家が立っているくらいだが、その一軒一軒の敷地がデカい。この辺りはかなりの高級土地っぽいが、実際はどうなんだろうか、その辺は疎いし青田達に聞いてもさっぱりのようだ。
そして車は大きな正門を入っていき、ヴァンデミール邸の玄関前に停車した。
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俺達はここで唯一働くメイドに案内され、応接間に向かった、床は赤い絨毯で覆われていて、壁紙は真っ白で汚れひとつ無い。青田は『見事な仕事ぶりです、感服致します』と呟いていた、赤川と黄島はソファーがフカフカなのが気に入ったらしい。
空閑にもそういうのは沢山あったが、人の屋敷となればまた違う感覚になるのだろう。エーリカは俺達と別れて両親を呼びに行った、本当に引きこもりに見えない行動力だ、何にも考えず深く悩まない、決めた事は直ぐ行動に移すのは容易な事じゃない。
急にお邪魔したのもあるが、少し緊張している。ダメならダメで色々考え直すしかないが、宛があるわけじゃない、この国ではエーリカを頼るしかほか無い。最悪の事も想定しているが、あの調子の彼女を見ると悩むのもバカバカしくなってくる、今はとにかくエーリカを信じるしかないか。
「お待たせー」
木製の大きな扉が開くと、エーリカを先頭に父上と女性が一緒に入って来た、俺達は直ぐに立ち上がり頭を下げる。エーリカの父上は『そんなに畏まらないでくれ、さっ、座りたまえ』と優しく話しかけてくれた。言葉に甘えて俺達はソファーに浅く腰掛ける、父上はかなりガタイの良い男性で母上はまだなのだろうか、エーリカのお姉さん? が優しく微笑んでいる。
エーリカは姉妹だったのだろうか、そんな話は聞いていないが……
「突然お邪魔した事をお許しください、僕は空閑日向です、もっとも今は空閑ではありませんが」
「軽くだが娘から話を聞いている、大変だったね?」
「いえ、自分が選んだ道なので後悔はしていません」
「そうか、おっと、紹介がまだだったね。私は当主……堅苦しいのもあれか、エーリカの父の『モーガン·ヴァンデミール』だ、よろしく」
握手を求めてくれたのなら、答えない訳にはいかない。俺はモーガンさんと熱い握手を交わす、エーリカはどこまで話をしたのかわからないが、反応は悪くない、むしろかなり好感を持ってくれているイメージがある。
「私は『シア·ヴァンデミール』よ、よろしくね日向くん? ふふっ」
「は、はい、よろしくお願いします」
エーリカのお姉さん? のシアさんとも握手をする。手を離そうとするがまだ握られたまま……なんだ、なんなんだ、すっっごい視線をシアさんから感じる、だが拒絶もできないし困った、エーリカは一体何を話したんだ。俺はエーリカに視線を移すと、ニッコリスマイルで『めっちゃ気に入られてるね、よかった!』と口パクで言ってる気がする。
モーガンさんが『シア、もう良いだろ?』とやんわりシアさんに手を離すよう伝える、離れてもずっと熱い視線を浴びてるのは変わらない、嫌われたりするよりマシだが何だかむず痒い。
「空閑を追い出されて、行く宛もない、戸籍も無いとなれば辛いだろう?」
「ここには人探しをしに来たのですが、確かにこのままではあまり良くないです」
「エリとはどういうご関係かしら?」
「日本で―――」
と、俺はエーリカとの出会いを真面目に話すつもりが、急に席を立ち俺の隣に座るなり、ガシッと腕に抱きついてくるエーリカ、そして開いた口から出た言葉は……
―――私のお兄ちゃんだぜえ!!!
指をピースにするしドヤ顔になるし、挙句の果てには『イエエエェェイ!!』とか意味不明なテンションになっている。まず話す順番がおかしい、先に養子になれるのかを聞かなければならない所を、コイツは何もかもすっ飛ばして『自分の兄』とか言い出す始末。
エーリカとの関係を話す予定だったのに、コイツは人の話を遮ってまだ兄じゃないのに兄とか言うし、本当になんなんだよコイツは!!
「あ、いえ! 違います友達なんです」
「ひなにぃ私と日本で出会った時に、『生き別れた妹!』とか言っていたじゃなーい」
「言ってないわ! ゲームのやりすぎだお前は! しかも呼び方変えるな!」
「ぶーぶー!」
「ゴホン!! 日向君」
ガタイの良いモーガンさんは、咳払いをしてこの空気を吹き飛ばしてくれた、そりゃそうだ、真面目な話をしてるのに、見ず知らずの男に抱きついてる娘を見ればどうなるか、これは酷い事になるかもしれない、エーリカの奴余計な事をしなければ……
「君は、ヴァンデミールの名前とかどうだい?」
「……は?」
「日向·ヴァンデミール……中々良くないかシアよ」
「そうねっ、ふふっ。エリ? ひー君に迷惑が掛かるわよ?」
…………わかった、エーリカの性格は両親からの遺伝だ。そしてシアさんに関してはもう弟扱い、モーガンさんとかスマホを取り出して何かし始めるし、青田達はソファーから立ち上がり、気がつけばヴァンデミールのメイドの様に仕事を始めるし。
俺がおかしいのだろうか、郷に入っては郷に従えを実行しろと言うのか。
「あの、俺は……」
「ひなにぃ」
「なんだ……」
「ようこそヴァンデミールへ!」
「今言うのかそれッッ!?」
本当に調子が狂う家族と出会ってしまった。
「あのエーリカのお姉さん……」
「あ、ひなくん。この人私のお母さんね」
「もう訳がわからん……」




