4 もうひとつの顔
クラスに入ってからの事、皆企業が開催したパーティーの場で面識があったのか、口々に『先日はお世話になりました』『次は私共のパーティーへ』『貴方はあの企業の?』等と、親が建てた会社を自らが建てたような口振りで物を語っている。
生まれが名家で、生まれてからの生き方が決められていて、最初から敷かれたレールに、用意された車両に乗り込み、それを自動で操作されて進んでいく。そんな生き方しかできない哀れで愚かな連中が、教室の至る所で表向きは楽しく、しかし裏では、相手を牽制し自分の下へ付かせようと必死。
こんな奴らがこの世の中を引っ張ると思うと、正直反吐が出る。口から出る言葉はほとんどが『我社、我社、我社』と、コイツらは自分の手柄のような言い方ばかりで、聞いているこっちは気分が悪い。だが、そんなヤツらを上手く俺に振り向かせて、破滅へ追いやらねばならない、それが俺の宿命であり復讐だ。
コイツらは、のうのうと流れる時間の中を生き、言われた事に従い、親に褒められて甘く育てられ、こんな不穏分子が生まれた。俺は死ぬほど、いや、死ぬかもしれない状況の中で必死に生きてきた。褒められることも無く、甘えさせてくれず、拘束された空間で残飯を食わされてきた。
自分の誕生日は教えられず、ただ年齢だけは知ることが出来た。もちろん誕生日プレゼントも貰ったことがない、人間として育てられた記憶が自分の中には無かった。だがあの日、ルリが俺を救ってくれた日を、復讐すると誓った日を、俺の心が動いた日を誕生日と決めた。
「日向様、ご気分が優れませんか?」
「あぁ、この腐れ切った空気のせいでな」
「では窓を開けましょう」
ルリは教室の窓に手をかけて左へ引く、その時強い風が外から中へ流れ込んでくる。その風のおかげで雑音は掻き消され、バッチリ髪を決めていた男子や女子が『きゃ! なにをしてますの!?』『俺様のヘアーが!!』と叫んでいる。
く、ふふふっ。口に出して大笑いしてやりたい気分だ、表面は隠せても、隠しきれない性格が露呈する瞬間だ。名家のご子息とご息女は、基本的に悪い所を見せたがらない、それが弱点になりうるからな。だが、怒りの矛先が『他人の従者』にならそんな事を隠す必要が無い、従者はあくまで従者だ、雇われている人間だから強く罵倒しても自分には影響が無い、従者がクビになるくらいだ。
ルリは開けた窓を閉める、ゆっくりと。閉め切るとこちらへ振り向き戻ろうとすると、
「お待ちなさい、貴女どういうつもりかしら?」
「何か?」
「何かではありません!! 今の風で髪が乱れたではありませんの!」
いかにもな超お嬢様がルリに近寄り怒っている、金髪縦巻きロールとかいつの時代だよ、と、突っ込みたくなる。怒りの声がクラスに響き渡ると、縦巻きロールの取り巻きがルリを囲み、一緒になって文句を言いつける。
それでもルリは一切怯むことなく、表情を変えることなく、ただただ彼女たちの罵声を受け入れていた。
「咲子様の前よ! 身の程を知りなさいよ!」
「貴女のご主人様はどれ?!」
聞いているだけで頭痛がする、咲子とやらがどれだけ偉いかだなんて興味は無い。しょせんこの取り巻きも金髪ロールの金と権力に屈しているだけだ、その力が無くなれば立場なんて簡単にひっくり返る、それだけ縦社会がこいつらには重要なんだろう。
俺は席をゆっくり立ち上がり、彼女たちに近づく。香水かわからないが鼻につく、ババアじゃないか? 若いうちにそんなに香りを強めていたら男も逃げるだろうな。
「うちのがご迷惑を掛けたみたいで」
「貴方、どこの家なの?」
これだ、とりあえず自分との身分を計る為に、必ず最初に聞いてくる。ヤンキーが年齢を聞いて、自分より上だと知ったら、急に萎縮するのと同じセリフ。惨めなもんだな、自分より上の立場には逆らえないんだから、ヤンキーの方がまだ楯突いて殴り合いまでいくだろうが、ここはそうもいかない場所。
下手すれば自分の家を破滅しかねない上に、最悪路頭に迷わされる、そうならない為にあらかじめ予防線を張り、わざわざ家柄を聞いてくるんだ。
「失礼、僕は空閑日向。君は?」
「く、空閑って……あの空閑?」
「多分君が想像している通りの空閑だろうね」
面白いな、突然顔色が変わったじゃないか。それほど『空閑』の名は強力で強固な物なんだろう、尚更俺は気に食わない。こんな名前だけで相手をビビらせたところで、俺の力で黙らせた事にはならないだろう。
コイツらはただ『空閑』と言う名前にビビっているのか、それとも関係しているからビビっているのか、親から逆らうなと言われているからか。関係しているのなら徹底的に調べあげてから―――
―――潰してやる。
ルリを囲っていた取り巻きはすぐさま離れ、申し訳なさそうな顔をしながら目を逸らす。ルリはゆっくりと俺の半歩後ろへ下がり、様子を伺う。
「く、空閑日向さんでしたのね、先程のはあの……」
「いや、良いですよ。それより空閑の名前を聞いてソワソワしてますが、何か?」
「い、いえ。そこに居る"メイドさん"が誰かに似ていて……」
逃げたか。何か隠している感じもしない、ただ親から注意を受けていて。逆らわないようにしているだけみたいだ、そう簡単に関係している人間は見つからないか。
つまらん。俺は心で残念がりながらルリと席へ戻る、つもりだったが、
―――ニセモノが何を口にしてるの
強気な声と共に近づいてくる、あんな金髪ロールに構ってしまったせいか、空閑の長女であり純血が流れるアイツが来てしまった。
同じクラスになるとは思わなかったが、姉妹揃ってこちらのクラスだとやりづらい。まぁいい、俺は空閑の血なんかに興味は無い。なんと言われようと関係ない、
「へぇ『椿お姉様』と『焔』も同じクラスだったんですね」
猫被りのスマイルをしながら、俺は強く目だけで睨みつけていた。