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天涯孤独から一転した俺は  作者: 双葉
第二章 ―イギリスからの来訪者―
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19 失った希望






 頭を強く殴られた様な衝撃を受けた俺は、忍が口にした言葉の意味を、上手く飲み込む事が出来ずに居た、今まで片時も離れずに居た唯一の存在が、俺に何も言わずに目の前から去って行った。身体中の震えが止まらず、どうにかしなければと身体を動かそうにも、足が言うことを聞かない、俺の目の前でずっと忍がニヤっと笑みを浮かべている。


 だがコイツはルリを解雇した訳じゃなく、ルリ本人が辞めると言っていたらしく、本人の意向なら仕方ないとし、それを許可したようだ。俺がコイツを責めても仕方が無い事はわかっている、だが言わずには居られない俺は、忍の胸ぐらを強く掴み睨みつける。




「どうしてルリは辞めたんだ!?」


「理由までは話していない、ただイギリスへ帰るとだけ伝えてきた、だから許可したまでだ。何か悪い事をしたか?」


「貴様……!?」


「暴力か!? 暴力を振ってお前は相手を黙らせるのが手段か!? やはり親も親なら子も子だな!!!」


「殺してやる……貴様を今すぐに殺してやるッッ!!」


「馬鹿っ!? やめなさいってば!! 誰かアアァァ!!!」




 壁に叩きつけてから、俺は拳を振り上げていく。しかし椿が俺を羽交い締めにし、忍から強制的に距離を取らされる、力で無理矢理突き飛ばすことも出来た、でもさっきの忍が発言した『親も親なら』に過剰反応してしまい、椿を跳ね除ける力を一気に失った。


 乱れたスーツを整えながら、忍は俺を見ながらこう言った。




「これだから捨て犬を飼うのはやめろと、総帥に言っていたんだがな。まぁいい、貴様の様な野蛮な腐れ外道は暴力でしか解決できないからな、今回のは見逃してやる」


「んだとゴラぁあ!?」


「だから落ち着いてよ日向!!!」



 完全に我を失った俺は、普段からコントロールしていた理性さえ崩壊し、忍をとにかく殺さずには居られないくらいの、恐怖と怒りで混沌とした黒く渦巻いた何かが、ずっと頭の中で巡り巡っていた。騒ぎを聞き付けた警備員や青田達が走ってくる、今はどいつもこいつも敵にしか見えない、全員を殺せば全てが終わるとさえ思ってしまう。


 空閑に関わる連中はルリを捨てた、例えルリが自ら辞めると言っても許可したのは忍で、空閑の人間であることに何一つ変わりはない。自分でもわかるくらいの暴走に、皆が必死に止めようと俺を床に叩きつけ、押さえ付けてくる。


 明は酷く忍を睨みつけ、椿は半泣きになりながら青田達のそばに居る。警備員は俺を数人がかりで動きを封じた、忍はこれみよがしに俺に近づき、髪を強く引っ張られ頭だけを持ち上げられる。




「貴様は俺に触れていい人間では無い……身の程を知れゴミが」


「くっ……!!」


「忍、アンタももうやめなさいよ!」


「椿……君はこんな奴の肩を持つのかい?」


「そういう訳じゃない、やり過ぎなのよ」


「それもそうか、よかったなゴミ。椿に感謝しろ……よ!!」


「ふぐぁっっ!?」



 持ち上げていた俺の頭を、そのまま強く床に叩きつけた、耳鳴りがするし頭がジンジンとする、焔と赤川は見ていられないとばかりに、手の平で顔を隠すようにしている。焔なんか気を失いそうになっている、どうして俺はこんな目に合わなければならないのか、昔両親にやられたレベルに酷い仕打ちだ、やはりアイツらは空閑の人間だった訳だ。


 慈悲なんか無い、自分が強い力を持てばそれを武器に、弱いものや無能力な奴を罵倒し、蔑み、逆らう奴は躊躇無く制裁を加える。俺が甘かった、俺がやってきた行動はアイツらがやってきた行為に比べて甘すぎた、もっと貪欲になればよかった、ルリが居ないのなら俺はもう生きている意味がない。


 しばらくすると、俺自身落ち着きを取り戻し警備員から解放された、頭を強く打ち付けられたせいで自力で立ち上がれず、青田達がゆっくりと立ち上がらせてくれた。ようやく忍と同じ目線に立てた、それでもコイツの表情は変わらず気持ち悪い、もう勝ち誇っている顔をしている。




「さて、俺は帰るよ。まぁさっきの事は無かった事にしてやるが、週末までには去れ」


「…………」


「あと、一つだけ思い出したぞ? あのメイドは今日のイギリス行きの便、20時の奴に乗るそうだ。それと明、貴様は任務を遂行出来なかったとして、処遇を受けてもらうからな、後日通達する」



 忍は明にそう言い放つと俺達の前から消えた、アイツが去ってから数分間は誰も口を開かず、しばらくの間は廊下にあるベンチに座り、頭の思考がまともになるまで黙っていた。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 本当に落ち着きを取り戻した俺は、忍が最後に言っていた事を思い出し、口を開く。




「赤川、今何時だ」


「え、あ、はい! 19時50分です!」


「あの男が言っていた事が本当なら、ルリは今日の20時イギリス行きの便に乗るはずだ」


「お兄様……その、怪我をなされていますし……」


「この程度、昔と比べたらまだマシだよ」



 実は今にでも吐きそうなくらい目眩がする、頭を強くこめかみから打ち付けられたせいで、焦点が合いにくいしクラクラする、だがそんな事は言ってられない、ルリを追いかけないとアイツが本当に居なくなってしまう。理由も言わずに出ていくアホを、俺は絶対に許したりしない、必ずルリを掴まえて取り戻さなくてはならない。


 俺は壁についている手すりを支えに立ち上がる、すると黄島と青田が肩を支えてくれた、この2人は俺の辛さをわかっているようだが、何も言わずに助けてくれた。ルリを取り戻したら感謝しなければならない、とにかく今は一刻を争っている、どうするか考えなければ……



「日向……」


「何だ椿」


「もういいじゃない……」

 

「良くない」


「どうしてそこまでしてルリを取り戻したいのよ!?」



 コイツらにはちゃんと話していなかった、あの葬式の後に屋敷へ来たまでは知っているだろう、だがその後の生活や俺が分からないことは、全てルリが教えてくれた。俺が必要だと思ったものを彼女は用意してくれた、俺が持っていなかった感情を与えてくれたのは、紛れも無いルリのおかげだった。


 あの時ルリが救ってくれなければ、俺は死んでいたかもしれない、ルリが俺の気持ちに気づいていなければ、生きようだなんて考えなかったかもしれない。憎かった空閑に一歩も近づけずに終わっていたはずだ、それを叶えてくれたのも、復讐に行き着いたのもルリが居たからだ。


 俺に取っては、




「俺に取っては、女神様なんだよ……希望をくれた大切な人なんだよ……失いたくないんだよ」


「日向……アンタ……」


「養子くん、いや日向。車だと間に合わない、ボクのバイクならまだ間に合うかもしれない」


「明、お前……」


「ボクは君に協力する、兄のやり方はやはり気に入らないからね、さぁ急ごう……大切な人を取り戻しに」



 俺に手を差し出してきた、コイツも色々と覚悟を決めた目をしている、全てを失うかもしれない、俺と一緒に居るだけで底辺の烙印を押されてしまうかもしれない、それでもコイツは俺に力を貸すと言っている。すると、青田達も俺に手を差し出してくる、焔も優しい表情で両手を差し出してきた。


 いつの間にか、ルリ以外のたくさんの手が俺に伸びていた、俺にはこんなにも味方が居る。照れた顔をしながらも椿は手を出してきた、ツンとしているがコイツらしいし、本当に昔の自分から生まれ変わった事を、今この場で証明しているのだろう。




「そんなに手があると、誰を掴めばいいか迷うな……」


「お兄様には、私達が居ますから!」


「私は焔だけなのが心配だし?」


「我々日向メイド隊は、全てを日向様に託していますので」


「青田が纏めちゃったね赤川?」


「あ、あはは」



 全員の手を借りて、俺は明と病院の廊下を走り抜けた、時間は正直ギリギリだがまだ諦めていない、ダメならダメでいくらでも考えてやる、これだけの頭が揃っているならどうにでもなりそうだった。








 ―――俺は天涯孤独から一転したんだ








 

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