2 移り変わり
部屋のカーテンを開け放ち、太陽の光を部屋へ迎え入れる。あの日から数年経った今は、身体も心も成長し16歳になった。高級マンションから巨大な屋敷へと住処を変えたことで、俺の生活や俺自身に様々な変化が起きた。
数年前、メイドに拾われた俺は空閑と言う苗字に変更され、今までに無いくらいに大事に育てられてきた。最初こそ信じられずに居た俺は、部屋に引きこもりがちだったが、拾い主であるメイドにだけは心を開いていた。俺から話しかけない限り向こうも口を開かない、ご飯とお風呂の時くらいしか話し掛けてこなかった。
彼女は部屋から出ずに毎日俺が何をやっているのか、どんな物に興味を持っているのか、まるで監視をしているような視線で俺を見続けてきた。この部屋に初めて来た時に彼女はこう話してきた、
―――欲しいものがあれば遠慮なく申してください
そう、このデカい屋敷に居れば欲しいものは何だって手に入る。今だからこそ理解できる話だが、あの両親はこの空閑家の分家に当る人間だった。当時の暴力や教育とは程遠い躾、過度な暴言はこの本家に居る総帥に認めてもらう為だったようだ。
本当の事かどうかわからないが、アイツらは俺を本家の跡取り候補にしたいが為に、あのようなやり方になったのではと今は思っている。『三流家庭』とか言われていたのも恐らく総帥の口から出たモノだろう、メイドから聞いた話や俺の推測を交えた自論になるが。
それらを上手く繋ぎ合わせて考えた結果、俺はただの成り上がりへの道具として育てられ、しかしそれらは全て失敗に終わったという事だ。何て滑稽な話だろうか、たかだか金の為に身体を痛め付けられ、認められたいが一心に道具にされ、無様にもアイツらは事故によって死んだ。
あの日葬式に参列していた分家の人間共や関係者も、俺が不幸を持っているだとか、産まれてくる場所を間違えてるだとか、まるで人を悪の化身の様な事まで聞こえるように話していた。所詮アイツらも金の事ばかりなんだろう、自分より立場が上の人間には媚を売り、自分より下の人間にはまるで豚を見ている様な視線で話す。
俺は、俺はあんな連中に見返してやりたい。あんな愚かな連中を俺の目の前から消してやる、必ず俺は全ての権力を手にしてアイツらクソゴミ共をぶっ潰してやる。
そう心に決めてから俺は中学に入り、全ての成績をトップにし、先生やクラスメイトから認められ俺は学内最優秀者として名を広げた。あとは空閑と言う苗字に敏感になった学園長や貴族の連中、企業の御曹司や令嬢がこの俺にペコペコして来たのを覚えている。
あぁ、滑稽だったよ。
今まで俺は人間として見られていなかった、むしろ何故生きている? と言った目でしか見られなかったからか。ようやく復讐の一歩を踏み出せた気分に浸れた、全てはメイドが俺を空閑へ養子として引き入れてくれたおかげだった。
「今日からは高校生か」
中学は華々しく全てを手に入れ卒業し、新たな世界へと踏み出す為に高校生活がスタートする。その為に早起きをして、その学校のパンフレットを見ながら着替えを開始する。
今回入学する場所は空閑が出資しているお金持ち学園、空閑の出資金額は相当なもので理事会も頭が上がらないほどだ、つまり権力を行使する事も可能な訳だが、それだと俺もあの連中と同じになるし面白くない。
ここはゆっくり考えながら、ジワジワと、染め上げていく他は無い。だが空閑の名は上手く利用させてもらう、これは便利な武器になるし牽制できる。
「よし、もう入っていい」
ずっと俺の準備を廊下で待っていたメイドに声を掛けた、静かに扉を開き中へ入ってきたメイドこそ、俺を救ってくれた本人であり恩人だ。彼女があの時手を差し伸べていなければ、俺は間違いなく飢え死にしているか犯罪に手を染めていた事だろう。
深く頭を下げた後、彼女は少し表情を緩めながら話し掛けてくる。
「日向様、この度はご入学おめでとうございます」
「あぁ、ありがとう。君のおかげだよ」
「いえ、日向様の努力の成果でございます。私は何も」
この空閑に来て一番信頼できるのが彼女だ。この屋敷には他に空閑の血が入った兄弟も住んでいる、もちろん夫婦達も。皆空閑の権力を狙いこの屋敷へ住み着いている、醜い奴らが金と権力を手に入れて、とにかく目立つために必死こいて総帥にペコペコしている。
俺は権力なんてどうでもいい、復讐さえ出来れば何だって利用するだけだ。その時までは猫でもなんでも被って過ごしてやる、いつか必ずあの両親に関係している奴らを根絶やしにしてやる。
「日向様? 怖い顔をなされています、ご気分でも……」
「いや、何でもない。それよりルリ」
「はい」
新しい制服に身を包んだ俺は、彼女より先に歩き出し部屋を出ていく。食堂に行けばアイツらが居る、正直顔なんて合わせたくないが、住んでいる以上は合わさないと何を言われるかわからない。
それに、もしかしたら利用価値があるかもしれない。向こうもそんな感じで顔を合わせたりしているんだろうか、今までは適当に顔を出してさっさと食べて部屋へ戻る、そんな事を繰り返していたから。
「おはようございます」
食堂の扉を開けまずは挨拶、身分的に俺はかなり下の人間だ。空閑の血なんか一滴も流れていない、だからか見てくる視線は『余所者』が来た、見たいな感じになる。
空閑の姉妹に兄弟、そしてそいつらの両親。揃いも揃って仲良しごっこ遊びだ、お互いに褒め合っているがその裏はただの貶し合い。気分が悪い、あの両親と何ら変わらない。
入り口に近い席に誘導してくれるルリ、俺はそこに座りながら学園での過ごし方を考え始めた。