17 最初で最後の
その日の夜、俺と焔は屋敷を出て街へと向かう。夕方に計画した作戦を必ず成功させる為に、練習がてら撮影スポットへ行く事にした。椿はもちろん屋敷にはまだ帰っておらず、両親達も会社で残業の為不在。このタイミングを使わないと、焔が怪しまれる事になる。
それはさて置き、今回の目的は、撮影場所と焔の変装技術を改めて知る事。練習無しで一発で成功とかまず無理だ、それにこの作戦はミスすれば一撃で終わる。俺の復讐への道のりも無くなる、そんな事はさせてたまるか。
ルリが運転する車に揺られながら、俺達はデートスポットでも有名な場所へやって来た。街に一度入ってからしばらく走れば、海浜公園に行くことが出来る。平日なのに複数のカップルが、手を繋いだり組んだりして歩いている。俺は車から降りて、焔が変装完了するまで海を眺めている事にした。
4月だがまだ肌寒い、少し薄着だったのが悪かったかもしれん。……そして、
「お待たせしました、お兄様」
「あぁ……!?」
やはり、よく似ている。今はなりきっていないからか、雰囲気は焔のままだが、外見だけなら誰が見ても『椿』その者だ。化粧で誤魔化すだけでここまで似るとは、本当に驚かされる。ただの撮影なら外見だけでいいが、いざと言う時の為に何から何まで完璧に仕上げる必要がある。
しばらく変装した焔を見てから、俺はルリから渡されたジャケットと帽子を身に付けて、椿のニセモノと手を繋ぎ歩き出した。
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海浜公園を歩きながら、作戦の内容をもう一度焔に説明していく。綺麗な星空の下で手を繋いで、傍から見ればカップルの様だが、話す内容が内容なだけにムードもへったくれも無かった。焔もしばらく椿の様な仕草をしながら歩いてみたり、キリッとした表情で星に指をさしたりと、練習どころか本番さながらだった。
よく耳をすまさないとわからないが、カメラのシャッター音が聞こえてくる。誰かに撮られているとわかっていた、ルリ達はどこかに隠れて俺達の様子を見ている。アイツらも練習とは言え、本番と同じ様に行動しているようだ。
「お兄様」
「なんだ」
「ありがとうございます」
「何故礼を言うんだ?」
「私の事を『無能』なんかじゃないと、仰ってくださいました」
あの時の会話を、焔は思い出しながら口にする。コイツはどこか俺と似た境遇を受けていた、ただそれだけで別に傷の舐め合いをしたい訳じゃない。それに俺はコイツを利用し終われば、切り捨てるつもりでいる、そんな奴から礼を言われても嬉しくはない。
それがわかっていて話しているのか、わからないからこそ言えるのか、女ってのはどこまでもわからない生き物だ。俺は横目で焔を見てみる、表情は柔らかく少し赤くなっている。そんな奴にこんな話をすればどうなるか、俺は試したくなってしまった。
「焔、もし俺が空閑を滅ぼすと言ったらどうする?」
「え? 空閑を滅ぼす……?」
「そうだ、自分を責め立てた相手を全員潰すと言ったら、お前はどうする?」
「それは……」
コイツが悩んでいたのは、ただ親や姉から言われていた『無能』と言う言葉、酷い暴力などはあまり行使されていないなら、コイツは『空閑』自体に恨みなんか無い、むしろ誰かを恨んだりしていないはずだ。自分を貶す姉でも血は繋がっているし、嫌いという訳でもない。
それは以前の話でもあった、『嫌いではない』と。だがこうも話していた、『変わらないのなら壊したい』と、だからこそ今後焔は、どういう風に生きていくのか、俺と一緒に空閑を潰す覚悟があるのか、聞いておく必要があった。
もし俺の想像する答えと違った場合、俺は焔すら潰すつもりだ。コイツも空閑の血が入っている、俺の復讐対象に変わりはない。気がつけば、お互い歩くのをやめて立ち止まる、俺の質問にかなり頭を悩ませている焔は、俯いたまま顔を上げない。
だが手は繋いだままで、時々強く握ってくる。焔の手の平は凄く汗ばんでいる、全てを捨てて俺と来るか、姉だけに見返してそれで終わりにするか。
「わ……わたしは」
「焔は、どうしたい?」
「わたし……わたしは……」
良い目をしている、まるで昔の自分を見ているようだ。ルリがどんな気持ちで俺を見ていたのか、今になってわかった気がする。連れて帰られるあの日、俺はそんな目をして迷いながらも決心した。
自分が受けてきた暴力、罵倒、まともに人間として扱われなかった数年間。頭の中でグルグルとやられてきた記憶が、思い出したくないのに浮かび上がるあの感覚。今焔は同じ状況に落ちている、助けようとは思わない、これはコイツが決める事だ。
痛いくらいに強く手を握られた時だった、うつむいた顔をゆっくりと持ち上げながら、焔は口を動かした。
―――私はお兄様と行きたい
震えながらも出てきた言葉は、自分なりの覚悟と決別を誓った台詞だった。焔は迷いの無い瞳をしていた、手も震えているが、俺が握り返すと少しずつ落ち着いていくのがわかった。
自分が誰かに必要とされている、自分が居なきゃこの人が困る。そんな思いが伝わってきたような気がした、例えそんな風には考えていないとしても、今のコイツに必要なのは『居場所』と『支え』だ、それを確保する為には邪魔なものを消すしかない。
だからこそ、全てを否定し全てを壊した空閑を許せない。俺は繋いだ手をやんわり解いて、焔の頭を撫でながら、
「なら、俺の手伝いをしてくれ。できるか?」
「お兄様……はい、どんな事でもお手伝い致します」
「わかった、今日は帰ろう。もうじゅうぶんだ」
撫でられたのが嬉しかったのか、強ばった表情か一気に緩くなる。隠れたルリ達も、こちらに向かって歩いてくる、焔は俺の協力者から仲間へと切り替わった。今日撮影した分で実行できるとルリ達が話していた、明日の放課後にいよいよ椿を潰し、俺が受けた痛みと同じ痛みを受けてもらう。
その帰りの車の中で、ルリから一枚の写真を焔が受け取りニヤニヤしていたが、俺は見ていないフリをした。なんの写真かわからないが、気にするような事でも無さそうだから。




