─3─
目が覚めたら、天蓋付きのベットに寝ていた。
「やっと目が覚めたかな、僕の妃」
見覚えのある作りの部屋。見覚えのある髪の色。見覚えのある、いや、忘れたことなどなかった、その人。
つまり───今まで異世界で暮らした人生全てが、夢、だった。
優しかったお母さんも。
小学校からの親友のきーちゃん、みっちゃん、よっくん、けんくんも。小学校卒業担任の富岡先生も。
高校で会えて、やっと仲良くなれた千夏ちゃんも。
いつも頼らせてくれた玉置先生も。
ただ、優しそうな笑顔を浮かべるアンディ様がそこにいた。
「ごめんね。牢に長く繋がせてしまって。やっと秘密裏の手続きが終わったよ。新しい王妃にも、僕らの間に生まれた子を嫡子にしていいって約束ができた。君は今日からベネトナシュ子爵家の娘、僕に側室として嫁いできたカレン・ベネトナシュだ」
「これ、は」
「君が見たのは全てが夢というわけじゃないよ。夢の中で異世界体験をしただけなんだ。君が離れた後も、あの世界の僕達はきっとうまく幸せにやっていくことだろう」
「その、」
「君は1年間まるまる眠り続けていたんだよ。初めは誰もが死んだと思ったさ。僕が生存を確認して、子に恵まれなかったベネトナシュ家に掛け合ってそっくりの養子を拾ってきたことにして、ベネトナシュ家の子としてだけど、君を迎え入れることができた」
「……えっと、」
「アークシャー家が心配?大丈夫、君の家族たちは国外追放としたけど、属国のバルベセルでの子爵位を与えさせた。名は違うけど、みんな無事だとも」
「……そうじゃ、なくて」
「ああ、言い忘れていたね。───おはよう」
何故だろう。
耳に入ってくる言葉では、たしかにあの状況での最善、だから、何もかもうまくいっているはずなのに。素直に喜べない。
お母さんは。みっちゃんは。きーちゃんは。ちなっちゃんは。
「……夢の中に長く居すぎてしまったね。16年か。今、君はどっちが現実かわからなくなっている。いいかいカレン。君は、明石屋かれんという名前の、ほぼ同じ形の魂を持つ少女の体に16年間もの間相乗りさせてもらっていたんだ。このままこちらのことを忘れてしまえば、こちらとの繋がりが消え失せ、そのまま眠るように死んでしまうところだった。僕がそれをつなぎとめた───同じく夢の中で僕とほぼ同じ形の魂を見つけて、君に繰り返しこちらの記憶を呼び起こさせて、君を、こちらの世界と繋ぎ続けた。大変だったけどね、やりがいはあったよ。君の為ならなんでもするっていうなによりの証明になると思ったからね」
「……」
「紀以嬢も満嬢も夢なんかじゃないとも。ただ、君の、ではなく、君と同じ形の魂をした別人の、友人だっただけなんだ」
もう、何もわからなくなっていた。
理解はできる。頭に入ってこないだけだ。
鏡に映ったわたしの顔は、見覚えのある豊かな金髪に囲まれて、いつもよりも、ひどく白く見えた。
「わたしは、ひとりぼっちですか」
「もちろん違うとも。これからは僕がずっと一緒だ」
「きーちゃんに会えますか」
「それは残念ながらできない」
「みっちゃんは、」
「それも無理だ」
「ちなっちゃんは、ちなじょうは」
「───それは、許さない」
「……わたし、は」
「何も怖くないとも。僕がずっと一緒だよ」
───千夏ちゃんが言った、「キャー!ヤンデレですよ!」だけが、頭の中をぐるぐる回っていた。