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私は、カレン・アークシャー。
アークシャー伯爵の一人娘で、ミーアシーダ王国の第一王子アンディ様の婚約者、でした。コーン子爵令嬢チナ嬢が現れるまでは。
チナ嬢はアンディ様とお近づきになろうとしていたので……私はそれを、それとなく窘めていました。それを見た友人たちも気を回してくれたのでしょうか、チナ嬢に対する嫌がらせもあったと言います。黙認し、否定の一つもしなかったのがいけなかったのでしょう、全ての嫌がらせは私が指示をしたということになり、家は取り潰し、私は獄中死しました。そのはずでした。
「あかしや かれんさーん?」
「はぁい!げんきです!」
わたしは明石屋かれん。です。ほんとです。
異世界転生ってやつですねわかります。
───初めて気付いた時には、公園を駆け回っていました。
ふと世界が開けるように、昨日のことのように獄中のくらしを思い出し、泣き叫び、今世の母に心配をかけてしまいました。
その後も前世の記憶と現実が混ざってしまうのか、「かれんはむかしつかまっちゃったの……かれんわるいことしたの?」だの、「あんでぃさまは……?」だのと、この世界ではおよそおかしいと思われそうなことを口走っては、母に「大丈夫よーかれんは夢見がちさんだねー」「かれんはママにはみえないお友達さんがいるんだねー」などと心配をかけていました。
そんなわたしも今や小学1年生、今では過去の記憶と折り合いをつけて、うまく新しい人生を送れるようになってきました。今日からさんすうは20よりも大きな数を扱います。知ってることばかり習いますが、周りの友人に教えることもまた楽しく───
「じゃあきょうはみんなに新しいお友達を紹介するよ!はい、どうぞこちらへ」
「みよしだあんじです!よろしくおねがいします!」
ちょっとまって????
───記憶の奔流に意識を全て持ってかれたわたしは、その場で卒倒したらしく。
目が覚めたら保健室にいました。
あと30秒目が覚めなければ119だったそうです。危なかった。お医者さんに包み隠さず伝えられる自信もうまくオブラートに包んで伝える自信もないんですけど。
「大丈夫?」
「あたまがふわふわするけど大じょぶです」
保健室のたまおき先生はふわふわした優しそうなお姉さん先生です。
こんなに優しくて素敵な先生なので、みんなこまってることを包み隠さず相談しちゃうそうです。それで解決したこまりごとも沢山あるのだとか。
でもまさか「前世の記憶が溢れて気を失いました」とか言われても、きっと流石の先生も困ってしまうでしょう。ナイショにしておかなければ。
「どうして倒れちゃったの?」
「あの、わたし、ぜんせのきおくがあるんです」
ウッソでしょわたしの口。何してんですか。
「あんじくんは、ぜんせで、ぜんせのわたしの、こんやくしゃだったんです」
「ふんふん」
「あんじくんの、あんでぃさまのことをみたら、おもいだしちゃって、きょうしつにいるのかおしろにいるのかわからなくなって」
「うん」
「それで、たおれちゃったんです」
「そっか、大変だったね。頭は痛くない?」
「大じょぶです」
ウッソでしょ……マジで包み隠さず喋ってしまったんですけど……?
完全に口が勝手に喋ってたんですけど……?何が起こったんです?
「うーん、前世か……今まではどうしてたの?」
「……ようちえんにはいるまえに、はじめておもい出したときは……おしろのろうごくの中のことをおもい出して、まっくらで、すごくこわかったのを、おかあさんがだっこしてたすけてくれました」
「なるほど。今も怖い?」
「いまはこわくないんです、あんでぃさまとなかよしだったときのことばかりおもい出したので」
「そっか、よかった」
チャイムが鳴り響きました。終業のチャイムでしょうか。時計を見たら、つぎは中休みの時間のようでした。ああ、これは多分……
「かれんちゃん!だいじょーぶ?!」
「かれんちゃーん!」
「こぉら!保健室では騒がない!」
「ふぁい」
「すぃません、きよつけます」
…….やっぱり。
友人がどやどや入り込んできます。特に仲の良い、席班の仲間たち…きーちゃんとみっちゃん、よっくん、けんくん。さらに後ろからもう一人。
「……大じょうぶですか」
アンディ様。違った。あんじくんでした。
労ってくれるきーちゃんとみっちゃん。わたしの元気そうな顔を確認したのちに背比べっこを始めたよっくんとけんくん。それを尻目に、たまおき先生はあんじくんを捕まえて質問をしはじめたようでした。
「安治くん、ちょっと聞いてみたいことがあるんだけど」
「はい?」
「生まれるより前のことって覚えてる?」
うぉい!先生!信じたの?!
いえ、信じたかどうかというより、むしろ真偽を確かめようとしているようにも見えます。こんな子供の戯言簡単に信じちゃダメですよ先生。子供は妄想と現実の区別がつかない子沢山いるんですから。
「……どこでききましたか」
「参考程度に聞きたいだけよ、ほらその」
「どこのさしがねですか」
「さ、さしがね?」
「ぼくはやっとかれんをみつけたんです。もう、にがしたりしません。じゃまはしないでくださいね」
不穏な言葉が聞こえた気がしましたが、聞かなかったことにしました。真実はいつも二つか三つちょい!
その後、あんじくんはよっくんの隣の席(わたしの後ろの席)になり、わたしたちの席班に入りました。
科目を問わない優秀な成績と、王子様みたいな立ち振る舞いで、あっという間にクラスの、いや学年の人気者になったあんじくんでしたが、遊ぶときは決まってわたし達とともに遊んでいました。
今日は校内図書館でご本を読んでいます。きーちゃんとみっちゃんは絵本を、よっくんは恐竜図鑑、けんくんは列車図鑑を広げています。わたしは長めの物語絵本を読もうと物語の棚をうろちょろしていたところで、あんじくんがひょっこり現れました。
「かれんちゃん、こっちこっち」
「……?どうしたの?」
ひょいひょいと手招きするあんじくん。でも、そっちは高学年向けのお話の棚です。前世で漢字を学んでいないわたしには、そこはできるチートではないのです。
「これ見て」
差し出された文庫小説には、「小説版 ミーアシーダ恋愛記 〜まさかわたしがお妃に?!編〜 」と記載されていました。ふりがなのおかげで読めました。
「このくにの名まえに見おぼえは?」
「……えっと、」
「……ない、か」
「あ、ある!あるよ!」
「おーい!図書館では静かに!」
「はぁい」
図書館のとみおか先生に叱られちゃいましたが、たしかに見覚えのある国名です。知らないはずはありません。
「じゃあ、その……アークシャーはくしゃくけ、は?」
「……まえの、わたしのおうち……?」
「あのね、びっくりしないできいてほしいんだ」
「うん、」
「ぼくはね、この、ここにのってる、ミーアシーダの王子さまだったんだ」
「……うん、」
「どうやってせつめいしようか、かんがえてたんだ」
「うん」
「やっとあえた、やっといえた。ぼくのたいせつなおよめさん」
「……うん」
「まえは、およめさんにさせてもらえなかったけど」
「うん」
「こんどこそ、ぼくのおよめさんになってください」
「……うん!」
目に涙がにじむ。ああ、彼は、ずっとわたしを想ってくれていたんですね。「逆ハールート」がどうとか騒いでいたチナ嬢になびく事なく。嬉しい。涙が止まらな───
「やっといった!」
「おめでとう!!」
「おめでとー!!」
「こーら、図書館では静かに!」
「はぁい」
───引っ込んだ。そりゃー引っ込むわ。
きーちゃんもみっちゃんもよっくんもけんくんも耳をそばだててらっしゃった。とみおか先生も怒るわそりゃ。
「ひみつにしてくれる?ぼく、なるべくながくかれんちゃんと一しょにいたいんだ、もちろんただでとはいわないよ」
「さすが、わかっていらさる」
「ちょこぱいひとつでてをうとー」
「おれはいかちゃんでわんばとるな」
「おれはおせんべがいい」
よっくんのチョイスが渋いところはさておいて。
こうしてわたし達は、班公認のひみつのカップルになったのでした。