プロローグ
人生って何が起こるか分かりませんね。ほんと。
私は隠れていたバスの後部座席から、そっと窓の外へと視線を向けました。
………阿鼻叫喚です。これは酷い。とても酷い。
窓ガラスの外側には血しぶきがかかり、だくだくと垂直に滑り落ちているのでもうデロッデロです。窓ガラスが真っ赤な液体でデロッデロです。
そのデロッデロの真っ赤なガラスの無事な部分、つまりは奇跡的に透明なガラスの機能を保っていてくれている箇所から覗く光景に言葉もありません。
こりゃあもうお手上げですねえとぼんやり『それ』を眺めていると、背後にのっそりと人の立つ気配がしました。
「血湧き肉躍る……現代の若者達?」
「いや、違うと思います」
低めの声で中々に下らない事を言うのでついつい反射で返してしまっていました。
思考停止していた私ですがその何ともデリカシーの無い発言に、やっとの事でもう一人バスの車内に人が居たのを思い出したのでした。
振り返るともっさりとした前髪を持つこれまたもっさりとした雰囲気の黒縁眼鏡男子がおりました。いえ、眼鏡男子などと言ったら世の眼鏡男子に失礼かもしれません。
眼鏡おっさん。そう、眼鏡おっさんがおりました。
オプションは無精髭と幽霊のような青白い肌、突き飛ばすだけで風に吹かれて遠くへ飛んで行きそうな程のひょろさでしょうか。嬉しくないオプションですね。
「藤堂君、君も重々知っての通り、そんなに見つめられたとしても先生は全く当てに出来ない存在ですよ」
眼鏡おっさん…いえ、鷹嘴先生は自らを指差してのっそりと宣いました。
全くもって当てにする為に見ていた訳でも無いのにこの仕打ち、とても自身の生徒にかける言葉では無いと思いますがそれも仕方がないのかもしれません。
窓ガラスの外に視線を戻して私は漏れ出る溜息を抑える事が出来ませんでした。
なにせ眼前に広がる地獄絵図から脱するヒントなんて、ここに居る誰に分かると言うのでしょうか。
なんかこう、いわゆる……そう、
有り体に言うとゾンビだらけなのです。一面。